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第3話 来なかった罰として、彼女にしなさいと言われました。

 次の日


 店に入った瞬間、彼女はいた。


 ショーケースの前で、ずっと待っていたみたいに。


「来てくれたわね」


 花が咲くような笑顔。


「篝月さん、こんばんは」


「こんばんは。刹那でいいわよ」


「じゃあ……刹那ちゃん」


「私のほうが年下じゃない」


 すっと近づき、囁く。


「呼び捨てでね」


 俺の人生で、女子を呼び捨てにするイベントなど存在しなかった。


 感動で目を閉じ、拳を握りしめる。


「どうしたの?」


 刹那が目を丸くする。


「いや……感動で……」


 目頭が熱い。


 刹那は呆れたように肩をすくめた。



 その後の一時間。


 俺たちはいろんな話をした。


 仕事のこと。


 住んでいる場所。


 家族のこと。


 休日の過ごし方。


 気づけば、かなり踏み込んだ話までしていた。



「ふーん。じゃあ彼女はいないんだ」


 刹那が、あからさまに胸を撫で下ろす。


「まあ、非モテだからね。会社の女の人以外と話すの、刹那くらいだよ」


「へぇ……会社の女の人って、どんな人?」


 笑顔のまま、目だけが暗くなった。


「う、うん……定年間近で、お孫さんいる人だけど……」


「孫の写真見せてくるの?」


「見せてくる」


「早く孫見せろって言うの?」


「言う」


「それセクハラね」


「だよなぁ!」


 刹那は満足げに頷いた。


「……少し安心したわ」


 にこやかだった。


 でも何に安心したのか、俺には分からない。


 やがて閉店時間。


「そろそろ帰るよ」


「うん。また明日ね」


 刹那は当然のように言う。


「待ってるから」


 その言葉に、なぜか胸が熱くなった。


 誰かに“待ってる”なんて言われたこと、あまりなかったから。


 こうして、その日も別れた。




    ◇


 去っていく正人の背中を見つめながら、刹那は小さく拳を握る。


「……いいわ」


「いい感じで詰めてる」


 黒い瞳が細くなる。


「絶対、落とす」


 その声は甘い。


 だが、獲物を狙う獣のようでもあった。


「逃さない」


「これは、私の前に垂らされた一本の糸」


「この地獄で起きた奇跡」


 唇が、恍惚に歪む。


「もう、あんたは私のもの」



 そして彼女は、ショーケースの奥――


 自分そっくりのフィギュアへ、一瞬だけ視線を向けた。


 その瞳に宿るのは、執着。


 飢え。


 そして、救いを見つけた者の狂気だった。




 それから二日後――リサイクルショップ


 結局、また来てしまった。


 いや、違う。


 これは確認だ。


 別に会いに来たわけじゃない。


 たまたま仕事帰りに寄れる場所で、たまたま暇で、たまたま足が向いただけだ。


 ……そういうことにしておく。


 自動ドアをくぐり、店内へ入る。


 胸の奥が、妙に落ち着かない。


 フィギュアコーナーへ向かう足が、少し早い。


 そして。


 ショーケースの前に――いた。


 セーラー服姿の黒髪少女。


 篝月刹那。


 だが。


 今日は笑っていなかった。


 無表情。


 いや、違う。


 感情が凍っている。


 ゆっくりこちらを振り向いた刹那の瞳は、ぞっとするほど暗かった。


「……ねえ」


 静かな声。


「なんで昨日、来てくれなかったの?」


 背筋に冷たいものが走った。


「え」


「私……ずっと待ってたのに」


 怖い。


 目が怖い。


 笑っていない。


 怒鳴ってもいない。


 なのに、めちゃくちゃ怖い。


 俺は反射的に姿勢を正した。


「き、昨日は……残業で!」


 言い訳みたいに声が裏返る。


「終わったのが終電間近でさ……その……」


 刹那はじっと俺を見つめる。


 数秒。


 十秒くらいに感じる沈黙。


 やがて、ふっと表情がほどけた。


「……そ、そう」


「なら、仕方ないわね」


 許された。


 生きた。


 心の底からそう思った。


 だが刹那は次の瞬間、眉を下げる。



「でもね」


 一歩近づく。


「私、あなたに会えなくて……寂しかったの」


「……え」


「もう、会えないんじゃないかって……」


 今にも泣き出しそうな顔だった。


 さっきまでの圧が嘘みたいに消えている。


 そのギャップは反則だった。


 こんな綺麗な女の子が、俺なんかに会えなくて寂しい?


 そんなこと、人生で一度も言われたことがない。


 脳が処理を拒否する。


「……う、嘘だろ」


 思わず口から漏れた。


「俺……もしかして前世で世界救ったんじゃないか……?」


「なにそれ!!」


 刹那がぱちりと目を見開き、次の瞬間には吹き出した。


「ふふっ……なによそれ……!」


 笑った。


 その笑顔を見た瞬間、店内の照明が一段明るくなった気さえした。


「ご、ごめん」


「……許さない」


 即答だった。


「えっ」


 空気が止まる。


(え、なに?)


(俺たちってそんな関係だったっけ!?)


(これ彼氏彼女の修羅場のやつでは!?)


 沈黙。


 正人は慎重に口を開いた。


「……じゃ、じゃあ……どうしたら許してくれる?」



 刹那は待ってましたと言わんばかりに、腰へ手を当てた。


「責任取って――」


 びしっと俺を指差す。


「私を彼女にしなさい!!」


「ええっ!?」


 店内BGMが遠のいた。


 脳内で何かが爆発した。


「い、いやいやいや! いいの!? 俺だよ!?」


「いいの」


 刹那は即答する。


 そして、くるりとショーケースを指差した。


「その代わり、お詫びにあれ買って」


「……へ?」


 指先の先には、一体のフィギュア。


 セーラー服姿の美少女。


 長い黒髪。


 日本刀を構えた凛々しいポーズ。


 ……なんか、刹那に似てる。


 値札には、赤文字でこう書かれていた。


 特価 1,000円


「こんなのでいいの!?」


「こんなの、とは失礼ね」


 刹那の目が細くなる。


「しかも特価って」


「本当ならプレミアがついて、こんな金額じゃないのよ」


「そ、そうなんだ……」


 よく分からないが怒られた。


 とりあえず店員を呼び、購入する。


 箱に入れてもらい、代金を払い、振り向く。


「……あれ?」


 刹那がいない。


 いつの間にか、姿が消えていた。


 さっきまでそこにいたはずなのに。


「またか……」


 ぽつりと呟く。


 あの子はいつもそうだ。


 現れて、掻き回して、消える。


 夢みたいに。






ここまで、読んでくださり、感謝いたします。


読んでいて リアクション、感想等、気軽にお教えいただけるとうれしいです。


 

今後もよろしくお願いします!


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