第2話 中古ショップで美少女に声をかけられたんだが、距離感がおかしい。
一ヶ月前――某所・リサイクルショップ
仕事帰りに、なんとなく立ち寄った店だった。
駅前から少し離れた古びたリサイクルショップ。
家電、古着、ゲーム、本、雑貨……何でも置いてある雑多な店だが、俺にはひとつだけ目当てがある。
店の隅。
照明の少し暗い場所にある、フィギュアコーナー。
ここ、意外と掘り出し物があるのだ。
アメコミ、特撮、アニメ、美少女系、限定品、箱なし中古。
ジャンルはめちゃくちゃだが、たまに信じられない値段で良品が眠っている。
社会人になってから唯一続いている趣味と言っていい。
いや、趣味と胸を張るほどでもない。
ただ、仕事帰りにこうして眺めている時間が好きなだけだ。
「うーん……ネットで買ったほうが安いんだよなぁ……」
ショーケースの前で腕を組む。
「でも実物見ないと、塗装ムラとか分かんないし……」
成川 正人、二十八歳。
会社では目立たず、営業成績も普通。
彼女なし。華もなし。貯金もそこそこ。
背負っているアウトドア系デイバッグだけが、なぜか少し陽キャっぽいと言われる男である。
ケースの中には、ヒーロー、怪獣、ロボット、美少女。
無言のまま並ぶプラスチックたち。
……やっぱ落ち着く。
そう思っていた、その時だった。
ふと、視線を感じた。
顔を上げる。
――いた。
セーラー服姿の少女が、こちらを見ていた。
長い黒髪。
透き通るような白い肌。
吸い込まれそうな黒い瞳。
鼻筋の通った端正な顔立ち。
儚げで、凛としていて、現実感がない。
日本画から抜け出してきたような美少女。
(……え?)
思わず二度見した。
(最近は、こんな子までフィギュア見に来るのか?)
いや、そんなレベルじゃない。
芸能人か、モデルか、何かだ。
そして彼女と目が合った。
「……えっ!!」
少女が大きく目を見開く。
まるで信じられないものを見たように。
俺は反射的に、ぺこりと会釈した。
(……知り合い?)
なんとなく既視感がある。
でも、こんな綺麗な人、一度会ったら忘れるわけがない。
少女は後ろを振り返る。
誰もいない。
それを確認すると、ゆっくりこちらへ歩いてきた。
心臓が跳ねる。
近くで見ると、さらに綺麗だった。
「こんばんは」
鈴の音みたいに澄んだ声。
「こ、こんばんは」
俺の声だけ、情けなく裏返った。
少女はじっと俺を見つめる。
その瞳が、微かに震えていた。
「あ、あなた……ここには、よく来るの?」
妙に切実な声だった。
「え? ああ……たまに、かな」
肩をすくめる。
すると彼女の唇が、かすかに震えた。
「……そう」
ほっとしたように。
泣きそうなように。
「……よかった」
「え?」
聞き返そうとした瞬間。
「ショーケース、開けましょうか?」
背後から声がした。
振り向くと、店員さんだった。
「あ、いや……見てるだけで」
「そうですか。何かあったら呼んでくださいね」
店員が去る。
そして俺が彼女の方を向くと――
そこには、誰もいなかった。
「……え?」
周囲を見回す。
通路にも、レジ前にも、店の奥にもいない。
消えた。
「なんだったんだ……?」
狐につままれた気分だった。
だが、その夜。
なぜか俺は、彼女の顔ばかり思い出して眠れなかった。
◇
三日後――同じ店
結局また来てしまった。
別に彼女目当てじゃない。
本当に。
たまたま近くを通っただけだ。
……たまたま。
ショーケースの前でフィギュアを眺めていると。
「こんばんは」
背後から、明るい声。
振り向く。
いた。
あのセーラー服の少女が、にこやかに立っていた。
「こ、こんばんは」
少女は一歩、ぐいっと近づいてくる。
「ねえ、あなた。よくここに来るの?」
近い。
近い近い近い。
息がかかりそうな距離だ。
「う、うーん……たまにね」
前回と同じ返事しかできなかった。
「そう。良かったわ」
少女は両手を胸の前で組み、本当に嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が破壊力高すぎて、俺のHPが削られる。
「名前、教えてくれない?」
「えっ」
いきなり距離を詰めてくる彼女に、警戒心も湧く。
(待て。美人局とかじゃないよな?)
(このあと奥から怖い兄ちゃんとか出てこないよな?)
すると彼女は、俺の表情を読んだみたいに少し笑った。
「ごめんなさい。驚かせたわね」
すっと背筋を伸ばす。
「私は、篝月刹那」
綺麗な名前だった。
「あなたと同じで、フィギュアが好きなの」
「ああ……そうなんだ。俺は成川 正人」
「正人」
彼女が、名前を噛みしめるように呟く。
それだけで、なんかドキッとした。
「いい名前ね」
「そ、そう?」
「ええ。好きよ」
「…………え?」
「名前が、ね」
いたずらっぽく笑う。
心臓に悪い。
「じゃあ、友達になってくれない?」
「う、うん。いいよ」
「よかった」
刹那は本当に嬉しそうだった。
「私ね。ここによくいるの。ほぼ毎日」
「そうなんだ」
一拍。
会話が途切れる。
沈黙に耐えられず、俺は口を開いた。
「あ、あのさ……俺、お金ないよ? 他あたったほうが……」
「なにそれ?」
きょとんとする刹那。
「いや、普通さ……君みたいな綺麗な子が、俺みたいなおじさん寄りの男に話しかけるって……」
「ふふっ」
刹那は吹き出した。
「大丈夫よ。そういうのじゃないから」
そして真っ直ぐ俺を見る。
「それにね」
「あなた、自分が思ってるよりずっとカッコいいわよ」
「…………」
「私は好きよ」
沈黙。
俺の脳が停止した。
女子に。
こんな綺麗な女子に。
好きよ。
そんな言葉、この人生で想定していない。
(俺、前世で何した? 世界救った?)
顔が熱い。
たぶん耳まで真っ赤だ。
刹那は少し焦ったように、俺の腕を掴んだ。
華奢で、柔らかい手だった。
「先に言っておくわね」
「毎日、ここにいるから!!」
「必ず来てね!!」
「約束!!」
圧がすごい。
「う、うん……」
「絶対よ?」
「う、うん」
閉店時間が近づき、俺は時計を見る。
「そろそろ帰らなきゃ」
すると刹那の顔が、目に見えて曇った。
「……まだ、いいじゃない」
縋るような声。
「もうすぐ閉店だし」
「そう……残念ね……」
俯く横顔が、胸を締めつけるほど寂しそうだった。
そして顔を上げる。
「いい? 約束よ」
上目遣い。
反則だった。
「……うん」
その日、俺たちは別れた。
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