第27話 カップ麺と年齢詐称の女
夜。
燃えたビルのニュースがまだテレビで騒がれている頃。
成川正人のマンションでは、妙に静かな食卓が広がっていた。
テーブルに座る三人。
正人。
刹那。
そしてエリュアール。
つい数時間前まで銃撃戦と爆発のど真ん中にいたとは思えない光景だ。
ただし――
テーブルの上に並んでいるのは、カップ麺三つだけだった。
「あのさ……」
エリュアールが箸を持ったまま、じっとこちらを見る。
「わたし、今日かなり頑張ったよね?」
「そうね」
刹那は耳にかかった黒髪をかき上げながら、興味なさそうに答える。
「潜入して、護符貼って、戦って、逃げて……」
「そうね」
「じゃあ、せめて出前くらい取ってもよくない?」
「我慢しなさい」
即答だった。
「冷蔵庫に何もないし、今は警察が犯人探しで街じゅう騒がしいの」
ずるる、と刹那はカップラーメンをすすった。
「人目につかない方がいいわ」
「くっ……正論……!」
エリュアールが悔しそうに唇を噛む。
しかし、彼女は自分のカップ麺に手をつけない。
じっと見つめている。
正人が不思議そうに聞いた。
「食べないの?」
「はっ、知らないの?」
エリュアールは鼻で笑った。
「カップうどんは、十分以上待つ方が美味しいのよ」
異世界エルフとは思えない、妙に生活感ある知識だった。
(わかる)
正人は心の中で深く頷く。
(できれば十五分。麺がふやけて汁を吸ってからが本番なんだよな……)
黙って自分のカップうどんを待つ。
刹那がラーメンをすすりながら首を傾げた。
「ふーん。そういうものなの」
そして、ふと止まる。
視線が、うどんを待つ二人へ向いた。
「……気になるのだけど」
部屋の温度が少し下がる。
「なんで、あんたたち二人そろって待ってるの?」
「え?」
「食の好みが合うって、カップルみたいじゃない」
目が暗い。
「しかも私はラーメン」
ずる、と麺をすすってから続ける。
「カップ麺だけに、ってこと?」
ハイライトが消えていた。
こういう時の刹那は、非常に面倒くさい。
それをよく知っている正人は、即座に汗をかく。
「ぐ、偶然だよ! 本当に偶然!」
「ふーん……」
疑いの目。
そこへ、空気を読まない女が口を開いた。
「でもさ、意外と正人と相性いいかもね」
エリュアールだった。
沈黙。
コンマ数秒後。
ギラリ。
いつの間にか、エリュアールの喉元にククリナイフが突きつけられていた。
禍々しい刃。
しかも刃には口がついている。
「グルルルル……」
唸っている。
「今、なんて?」
刹那が笑う。
目だけ笑っていない。
「な、何怒ってんのよ」
エリュアールは肩をすくめた。
「私、ヒューマンなんて興味ないわよ」
(いや、俺の方が無理だから……)
正人は心の中だけで呟いた。
言ったら死ぬ。
たぶん両方に。
だが、エリュアールは懲りない。
「でもさ、刹那」
「なに?」
「あんたとは、かなり昔から縁があるけど……」
嫌な予感がした。
正人は本能で身を引く。
「本当は何歳なの?」
空気が凍った。
刹那は一切の間を置かず、言い切った。
「十六歳よ」
「えっ。でも、ほんとなら五――」
そこまでだった。
再びククリナイフが喉元に食い込む。
ぴたり。
赤い線が走る。
ぽたり、と血が一滴落ちた。
「死にたいの?」
刹那の目は血走っていた。
笑顔のまま。
まったく笑っていない。
エリュアールは両手を上げた。
「ごめんなさい」
「最初からそう言いなさい」
ナイフが消える。
正人は震えながら考えた。
(五ってなんだ……)
(五十以上?)
(いや、まさか五百……?)
そこまで考えて、やめた。
知ってはいけないことも、この世にはある。
「それより」
刹那が箸を置く。
「正人」
「は、はい」
「うどん、そろそろ食べ頃じゃない?」
「……はい」
「私にも一口ちょうだい」
「えっ」
「嫌なの?」
「い、いいえ喜んで!」
結局その夜。
爆発事件の犯人候補三人は、狭い食卓でカップ麺を分け合っていた。
世界は物騒だった。
でも、この部屋だけは妙に平和だった。
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