第23話 篝月刹那は笑って引き金を引く。
薄暗い個室の扉が閉まる音と同時に、空気が変わった。
先ほどまでどこにでもある安っぽい個室だったはずの部屋が、一瞬で“戦場前夜”の匂いを帯びる。
ベッド脇に置かれていた小さなフィギュアが、白い光をまとって輪郭を膨らませ――次の瞬間、そこに立っていたのは黒髪セーラー服の少女、篝月刹那だった。
「……よし。戻れたわね」
制服の裾を整えながら、刹那は冷えた目で部屋を見渡す。
対する金髪のエリュアールは、壁にもたれながら得意げに笑った。
「ここから四階の事務所まで、全部貼っといたわよ。護符」
「監視カメラの死角、換気口の裏、配電盤の下。見えない場所ばっかりにね」
その声には、普段の抜けた調子とは別人のような鋭さがあった。
こういう時だけは、本当に頼りになる。
刹那はふっと口角を上げる。
「使えるじゃない」
「でしょ?」
そして刹那は何のためらいもなくスカートの裾をたくし上げた。
ガタン、と重い金属音。
床へ次々と落ちる黒い塊。
拳銃だった。
整然と並ぶ五丁のベレッタ92FS。
正人は口を半開きにする。
「なんでそこから出てくるの!?」
「乙女の秘密よ」
「秘密の次元がおかしいよ!」
エリュアールが拳銃を拾い上げ、楽しげに回す。
「いいねぇ。こういうの。香港ノワールって感じ」
刹那は一丁を手に取り、スライドを引いた。
乾いた金属音が鳴る。
「男たちの挽歌みたいに、血の海にしてやるわ」
その声音だけで室温が数度下がった気がした。
「植木鉢の中にも仕込んであるわよね?」
「もちろん。サブマシンガンも二挺」
「優秀」
「もっと褒めていいのよ?」
正人だけが完全に置いていかれていた。
「あ、あの……俺は?」
「今から一人で帰る方が危険よ」
刹那は当然のように拳銃を一本押し付ける。
「後ろからついてきなさい」
「え、これ本物!?」
「おもちゃで殴り込みすると思う?」
「しないけどしたくもない!」
個室の扉が開く。
三人は通路へ出た。
ネオンが滲む薄暗い廊下。遠くで流れる安っぽいBGM。笑い声とグラスの音。
その先に、大柄な黒服の男が二人立ちはだかった。
「おい、待て」
低い声が響く。
エリュアールは一歩前に出て、営業スマイルを浮かべた。
「実はぁ、このお客さんが私を指名したんだけど~」
正人の肩を抱き寄せる。
「彼女さんが怒って、個室まで来ちゃってぇ」
刹那は無表情のまま片手を上げる。
「責任者に会わせなさい」
黒服の眉がぴくりと動いた。
「帰んな」
沈黙。
刹那は肩をすくめた。
「……そ。じゃあ仕方ないか」
次の瞬間。
パンッ! パンッ!
乾いた銃声が二連続で廊下を裂いた。
黒服二人が崩れ落ちる。
「ひっ……!」
正人の喉から情けない声が漏れる。
刹那は振り返りもしない。
「行くわよ」
そのまま三人は階段を駆け上がり、四階事務所の扉へ。
エリュアールが蹴り開けた。
ドゴンッ!!
同時に銃撃が始まる。
閃光。
硝煙。
怒号。
飛び散るガラス片。
ソファが裂け、壁が砕け、机が跳ねる。
刹那は両手撃ちで迷いなく進む。
エリュアールは笑いながら横跳びし、連射。
「遅い遅い遅い!」
組員たちも応戦するが、完全に飲まれていた。
正人は即座に受付カウンターの裏へ滑り込む。
「無理無理無理無理!!」
頭上を弾丸が通り過ぎるたび、寿命が削れていく気がする。
やがて刹那の拳銃が空撃ちした。
カチッ。
「弾切れね」
彼女は迷わず観葉植物を蹴り倒す。
中から現れたのは、隠されていたMP5。
「準備がいい女って好きでしょ?」
誰に聞くでもなく呟き、引き金を引いた。
連続する銃声が部屋を制圧する。
数十秒後。
静寂。
煙の向こうで、まだ立っているのは三人だけだった。
刹那は新しいマガジンを差し込み、奥のエレベーターを見る。
「……五階」
その瞳に浮かぶのは、怒りでも憎しみでもない。
もっと冷たい、決意だった。
エリュアールが双剣を抜く。
「いよいよ本番ね」
正人は青ざめた顔で言う。
「俺、今から帰っていい?」
「だめ」
「だめね」
即答だった。
エレベーターの扉が開く。
血と硝煙の匂いをまとった三人は、最上階へ向かう箱の中へ足を踏み入れた。
復讐の幕が、ゆっくりと上がる。
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