第22話 雑居ビルの五階に怪物はいる。
明るすぎる待合室で、正人はひたすら落ち着かなかった。
「俺……こういう場所、初めてなんだけど……」
革張りのソファ。
甘ったるい香水の残り香。
派手な照明。
壁には安っぽい絵画。
モニターではお笑いのDVDが流れている。
周囲を見れば、男ばかりだった。
スマホをいじる者。
漫画を読む者。
妙に堂々としている常連らしき男。
友人同士で来たのか、にやつきながら何か話している二人組。
全員、どこか浮ついていた。
「八番のお客様、どうぞー」
呼ばれた男が立ち上がり、連れに笑う。
「先行くわ。終わったらいつもの店な」
「おう、頑張れよ」
何を頑張るのか。
正人には聞きたくもなかった。
(帰りたい……)
手元の番号札を見る。
十番。
その時だった。
「十番のお客様、ご案内いたします」
蝶ネクタイ姿のボーイが、営業スマイルで一礼する。
正人はぎこちなく立ち上がった。
案内された先の扉が開く。
そこには、チャイナドレス姿の女が三つ指をついて座っていた。
「本日担当します、新人のエリです」
顔を上げる。
金髪。整いすぎた顔立ち。
どう見ても――
エリュアールだった。
「よろしくお願いします♡」
営業用の甘い声。
「よ、よろしく……」
正人の頬が引きつる。
(なんでこいつノリノリなんだよ!?)
エリュアールは微笑みながら、小声で囁いた。
「静かにしなさい。監視カメラがある」
一瞬で顔つきが変わる。
さっきまでの愛想笑いが消え、獲物を狙う戦士の目になる。
「四階に組事務所。五階にスレッジハンマーの私室。警備は想定通り」
「……慣れてるな、お前」
「演技力よ」
「絶対違うだろ」
時は、一週間前に遡る。
正人の部屋のテーブルには、雑居ビルの見取り図が広げられていた。
刹那は腕を組み、冷たい目でそれを見下ろしている。
「ふーん……あいつ、このビルの中にいるの?」
エリュアールが指先で階層をなぞった。
「一階から三階までは風俗店。ソープランドね。四階が組事務所、五階がスレッジハンマーの住処」
正人はごくりと喉を鳴らす。
「住処って……ラスボスの部屋みたいに言うなよ」
「似たようなものでしょ」
エリュアールは肩をすくめた。
「五階は奴しかいない。しかも監視カメラ、警備、非常用の逃走経路まである。正面突破はおすすめしないわ」
刹那は黙っていた。
だが、その瞳の奥には燃えるような執念が宿っている。
――元の身体で戦うには、護符を先に配置する必要がある。
ならば中へ入り込み、準備を整えたうえで五階へ追い込む。
そうすれば、あいつを逃がさずに済む。
正人が、おそるおそる口を開いた。
「なんで……そこまで、その人にこだわるの?」
その瞬間。
刹那の表情から、わずかな温度が消えた。
「あいつは、アルケミスト五人衆の一人」
低く、静かな声。
「私を暗闇の段ボール箱に閉じ込めたやつよ」
部屋の空気が、一気に重くなる。
正人は言葉を失った。
刹那はゆっくりとエリュアールへ視線を向ける。
「でね……あんたに先に潜入してほしいの」
「……へ?」
エリュアールが間抜けな声を漏らした。
「私!?」
刹那の口角が、蛇のように吊り上がる。
「適任でしょう?」
「その笑い方してる時、ろくなこと考えてないわよね!?」
そして現在。
ネオンが瞬く雑居ビル。
正人とエリュアールは並んで歩いていた。
エリュアールはにっこり笑う。
その笑顔の裏に、面倒ごとへ巻き込む気満々の色が見えた。
「お客さん、緊張してる?」
「してるよ!」
「ふふっ、楽しんでってね」
「何をだよ!」
軽口を叩きながら、二人は奥の個室へと消える。
その扉の向こうで――
刹那の復讐劇が、幕を開けようとしていた。
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