第20話 復讐者たちはケーキを食べる。
刹那の低い声が、静かな部屋に落ちた。
「――で、どこ?」
ここは、正人と刹那が暮らすマンションの一室。
テーブルには白いクロス。湯気の立つ紅茶。
甘い焼き菓子の香りが、どこか優雅な午後を演出している。
……ただし、座っている三人の顔ぶれだけが、まったく優雅ではなかった。
黒髪セーラー服の美少女にして危険人物・刹那。
巻き込まれ体質の一般人・正人。
そして、敵だったはずなのに当然のように居座っている金髪美人エルフ・エリュアール。
そのエリュアールは、いちごのショートケーキを大口で頬張りながら、呑気に言った。
「うーん……まあまあね。これ。その先のケーキ屋のやつでしょ」
「評価してる場合?」と正人が呆れる。
「うるさいわね。情報屋には糖分が必要なの」
もぐもぐと咀嚼しながら、さらに紅茶を飲む。
態度だけは完全に常連客だった。
一方、刹那はチーズケーキを小さく切り分け、静かに口へ運ぶ。
「……スレッジハンマーの居所」
その名を口にした瞬間、空気がわずかに冷えた。
しかし次の瞬間。
「……うん。これ、美味しいじゃない」
ぱっと顔が明るくなる。
「そこ! 感情の切り替え早すぎない!?」と正人が突っ込む。
正人の前にはモンブラン。
大粒の栗だけは最後の楽しみにと、皿の端へ丁寧によけてある。
「ここ初めて買ったけど、結構並んでたんだよなぁ……」
「へえ。庶民は大変ね」
「お前も食ってるだろ!」
エリュアールは気にもせず、口いっぱいにスポンジを詰め込んだまま話し始めた。
「で、本題だけど。スレッジハンマーは今、表向きは会社経営者」
「表向き?」と正人。
「裏では手広いわよ。裏カジノ、風俗、押し込み強盗、放火、殺し……まあ、だいたい悪いこと全部」
「情報雑っ!!」
「場所はこれ」
メモ用紙がテーブルに置かれる。
刹那はそれを一瞥し、満足げに頷いた。
「……協力してくれるわよね?」
その口元には笑み。
だが目が笑っていない。
さらにチーズケーキを食べながら、何気なく続ける。
「次はバスク風も試してみようかしら」
「聞いてる!?」と正人。
エリュアールは即座に首を振った。
「嫌よ。巻き込まれたくないわ」
「協力しなさい!!」
「なんで私が!!」
勢いよく叫んだ拍子に、生クリームの飛沫が正人の顔へ飛ぶ。
「うわっ!! 汚っ!!」
「ありがたく思いなさい。金髪美女の白い飛沫よ」
「言い方が最低なんだよ!!」
「卑猥!! めちゃくちゃ残念美人!!」
「あんたたち、静かに食べられないの?」
刹那が本気で疲れた目をした。
そして深く息を吐く。
「……いい。代わりに説明してあげる」
指先で紅茶カップをなぞりながら、刹那はエリュアールを見た。
「血の鍵は、一回に一度しか使えない」
「しかも発動内容はランダム」
「どれも強力。でも相性次第では自滅もある」
「つまり――頭の悪い奴が使う道具じゃないの」
「しかも今、まともに扱えるのは私だけ」
そこで身を乗り出す。
「意味、わかる?」
エリュアールは何度も頷いた。
「よくわかったわ」
その返事があまりに軽い。
((絶対わかってない……))
正人と刹那の心が一致した。
刹那は額を押さえ、肩をすくめる。
「……まあ、いいわ」
そして次の話題へ移った。
「骨の鍵は?」
「ナリカワの一族が持ってる」
「それは知ってる!!」
即答。圧が強い。
つまり“その程度は既知情報よ”という意味だった。
「今は、新しい持ち主に渡ったわ。鬼人の女」
「へえ……今度は鬼人」
刹那の目が細まる。
「その女、新しい当主の妻候補ってところかしら」
「たぶんね」
「情報源は?」
「…………」
エリュアールが露骨に視線を逸らした。
顔に“言いたくない”と書いてある。
「私の姉から」
「その女に会ったらしいわ」
「殺しそこねたって」
「たぶん今ごろ、鬼人の国にいる」
正人は完全に思考停止していた。
(鬼人の国って何……?)
(日本国内の話だよな……?)
(なんで俺の部屋で異世界情勢会議してんの……?)
現実感が消えていく。
その時だった。
「これ、もらい」
エリュアールのフォークが、正人の皿へ伸びた。
最後まで取っておいた大粒の栗が、突き刺される。
「あーーーーーーっ!!」
一口で食べられた。
「ふぇ? これ苦手なんじゃないの?」
「栗が苦手でモンブラン頼むわけないだろ!!」
「最後の楽しみにしてたのに……」
肩を落とす正人。
その瞬間。
刹那の瞳から、光が消えた。
「あんたたち……なんか仲いいわよね?」
フォークの先が、二人へ向けられる。
「「いやいやいや!!」」
声が綺麗にハモった。
刹那はまず正人を見る。
「正人。浮気とか……しないわよね?」
正人、無言で高速頷き。
次にエリュアールを見る。
「あんたもよ」
「正人に色目使ったら――」
一拍置いて、にっこり笑う。
「その耳、削ぎ落とすから」
エリュアールもまた、無言で高速頷きした。
こうして午後の優雅なティータイムは、いつも通り物騒に幕を閉じた。
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