第19話 ヤンデレ彼女、黒炎を解き放つ――そして復讐は再起動する。
張り詰めた空気の中。
篝月刹那は、日本刀を肩口へと構え、口元をゆっくり吊り上げた。
「……遊んであげるわ」
その笑みは甘く、そして冷たい。
蛇が獲物を見つけた時のような、粘つく捕食者の笑みだった。
対するエリュアールもまた、紅い双剣をくるりと回し、不敵に笑う。
「ふん。あんた相手に、何の対策もしてないと思った?」
次の瞬間――
彼女の周囲に、淡い魔力陣が幾重にも展開した。
《身体強化》
《高速移動》
《超回復》
空気が変わる。
圧が、増す。
ただ立っているだけなのに、エリュアールの存在感が一段階上へ跳ね上がった。
床の埃が舞い、窓ガラスが微かに震える。
正人は思わず一歩後ずさった。
(な、なんだこれ……さっきまでポンコツ外国人だったよな!?)
刹那だけが、退屈そうに肩をすくめる。
「ふーん……いいじゃない」
その声音には、余裕しかなかった。
先に動いたのはエリュアールだった。
床が爆ぜる。
一瞬で間合いを詰め、紅蓮の双剣が閃く。
一閃。
二閃。
三閃――!
火花を散らしながら振るわれる灼熱の斬撃。
だが。
刹那は紙一重でかわしていく。
頬をかすめる炎。
髪先だけを焼く熱。
それでも彼女は笑っていた。
「速いわね。でも――浅い」
「っ!」
エリュアールが舌打ちする。
その刹那。
刹那は刀を水平に構え、低く告げた。
「じゃあ……こっちも見せてあげる」
空気が沈む。
「魔刀――宵闇」
刀身が脈打つように震えた。
「第一術式。限定解除」
《漆黒の炎》
ごうっ――!
日本刀が、黒い炎に包まれた。
それは燃えているのに光を放たない。
むしろ周囲の光を喰らい、空間そのものを暗く染めていく。
正人の背筋に悪寒が走った。
(……これ、ダメなやつだ)
紅蓮と漆黒。
二つの炎刃が激突する。
轟音。
衝撃波。
窓ガラスが砕け散り、壁紙が剥がれた。
エリュアールは双剣で受け続ける。
だが押されていた。
「くっ……!」
黒炎が紅蓮を呑み込んでいく。
炎の格が違う。
刹那の一太刀ごとに、エリュアールの体勢が崩される。
「どうしたの?」
刹那は楽しそうに笑う。
「その程度で私を殺すつもりだったの?」
「黙れッ!」
エリュアールは身体強化を限界まで引き上げ、後方へ飛ぶ。
残像が走る。
高速移動。
だが刹那は追わない。
ただ、刀をくるりと回し――
「避けられるもんなら、避けてみなさい」
そう囁いた。
《空間歪曲》
世界がねじれた。
視界が揺らぐ。
エリュアールの目の前から、刹那が消えた。
「な――」
背後。
気づいた時には遅い。
首筋へ、漆黒の刃。
紅蓮の炎ごと断ち切り、黒炎がエリュアールを包み込もうとした、その瞬間――
「やめるんだーーーーーッ!!」
正人の叫びが、フロアに響いた。
ぱきん、と。
何かが壊れる音がした。
次の瞬間。
黒炎が消えた。
紅蓮も消えた。
魔力が霧散する。
エリュアールの強化も解除される。
刹那の刀は、ただの鉄へ戻っていた。
「……は?」
刹那の目が見開かれる。
エリュアールもまた、突然失われた力に耐えきれず膝をついた。
「スキルが……消え……」
そのまま意識を失う。
どさり、と倒れた。
刹那はゆっくり振り返る。
「はっ……はっ……正人」
信じられないものを見る顔で。
「あんた、何したの?」
「えっ……な、なにって……」
そこで正人の意識も暗転した。
数十分後。
正人が目を覚ますと、戦闘は終わっていた。
エリュアールは縄でぐるぐる巻きにされ、床に転がされている。
刹那はその喉元へ刀を突きつけていた。
「殺すの?」
拘束されたまま、エリュアールは強がって笑う。
「そうね」
刹那は静かに答える。
「でも、条件次第では逃がしてもいいわ」
「条件?」
「一つ。私たちを今後狙わないこと」
「二つ。誰から“血の鍵”の情報を聞いたのか話すこと」
エリュアールは目を閉じた。
「一つ目はいい」
「でも二つ目は無理ね。誓約してる」
「……そう」
刹那が刀を上段に構える。
「じゃあ、殺るわね」
「待った待った待った!!」
エリュアールが叫んだ。
「あんたの知りたいこと、別で二つ知ってる!」
刹那の刀が止まる。
「内容次第ね」
「一つは――スレッジハンマーの居場所」
空気が凍った。
刹那の髪が逆立つ。
「……もう一つは?」
エリュアールは唇を舐める。
「“骨の鍵”の手がかり」
沈黙。
次の瞬間。
「いいわ」
刹那が笑った。
それは、恋人に見せる笑顔ではなかった。
「誓約してもらうわよ。魂のね」
宙に羊皮紙が現れる。
古びた文字が浮かび上がる。
契約の魔術。
そして――
止まりかけていた復讐譚は、再び動き出す。
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