第18話 ヤンデレ彼女、浮気調査の末に敵を釣り上げる。
次の日――。
仕事を終えた成川正人は、ネクタイを緩めながら、繁華街の外れにある雑居ビル街へと足を踏み入れていた。
薄暗い路地裏。
昼間の喧騒が嘘のように、人影はまばらだ。
そして、その背後には――。
ひとつの影。
中折れ帽。
ベージュのトレンチコート。
襟を立て、壁に身を寄せ、電柱の陰から鋭い眼差しで標的を追う。
まるで古い映画から抜け出してきたような、モダン・フィルムノワール風スタイル。
ただし季節は春先。
どう見ても暑苦しいし、怪しさ全開だった。
(……コントなの?)
正人は前を向いたまま、心の中でつぶやく。
(バレバレなんだけど……)
だが、振り返らない。
あえて気づかないふりで、スタスタと歩き続ける。
すると案の定――
「すみません、ちょっといいですか?」
背後から現れたのは、巡回中の警察官二人組だった。
声をかけられた影――エリュアールは、一瞬だけ顔を引きつらせる。
「ゴ、ゴメンナサイ。ニホンゴ、ワカリマセン」
片言でそう言い切る。
すると若い警官の一人が、にこやかに一歩前へ出た。
「Excuse me. Passport, please.」
流暢な英語だった。
「えっ」
エリュアールの目が丸くなる。
「なに英語なの!? 英語話せないよ!」
思わず完璧な日本語で返してしまった。
警官二人が無言で顔を見合わせる。
年配の警官が静かに言った。
「……じゃあ、ちょっと署で詳しく話を聞こうか」
「しまっ――」
その時だった。
エリュアールの視線の先では、正人がそのまま雑居ビルの中へ消えていくところだった。
「見失っちゃう!!」
焦った彼女は、踵を返して全力疾走した。
「待ちなさい!」
「うわ、マジで追ってくる!?」
警官たちも慌てて追いかける。
春の夕暮れの路地裏を、外国人美女と警察官が全力疾走するという、地獄みたいな光景が展開されていた。
その頃、正人は何事もなかったように雑居ビルのエレベーターへ乗り込んでいた。
チン、と音が鳴る。
三階。
扉が開き、正人は廊下の奥へ進む。
その数十秒後――
階段を全力で駆け上がってきたエリュアールが三階へ飛び出した。
「はっ……はっ……!」
目の前で、奥の部屋のドアがバタンと閉まる。
「いた!」
彼女は迷わず扉を蹴り開けた。
そこは、広い空きフロアだった。
窓から差し込む夕陽。
何も置かれていない空間。
中央に立つ二人の男女。
正人。
そして――黒髪セーラー服の美少女、篝月刹那。
刹那は、口元だけで笑った。
「……久しぶりね」
その瞬間、エリュアールは理解した。
(……誘い込まれた)
だが、彼女も口元を吊り上げる。
「そうね」
帽子を投げ捨てる。
トレンチコートを脱ぎ捨てる。
その下から現れたのは、しなやかな戦闘装束。そして腰に下げた双剣。
空気が変わる。
刹那は一歩前へ出ると、冷えた目で言い放った。
「あんた……私の男に惚れるなんて、死にたいみたいね」
「……は?」
エリュアールは本気で意味がわからず、きょとんとした。
「何言ってるの?」
「喫茶店に誘ったわよね」
刹那の声が低くなる。
「私ですら、正人とまだ行ってないのに」
ギリ、と歯ぎしりする音が聞こえた。
「ふん。でも無理よ」
一歩、また一歩。
「正人は私のものだから」
そして、勝ち誇ったように笑う。
「こいつ、私で童貞捨てたんだから」
(やめてーーーーーーっ!!)
正人は心の中で絶叫した。
社会的に死ぬ。
今すぐ床に埋まりたい。
エリュアールは数秒沈黙し、真顔で首をかしげた。
「……本当に何言ってるかわかんない」
「とぼける気?」
「いや、あんたと一緒に住んでるか確認したくて接触しただけなんだけど」
「……」
今度は刹那が一瞬固まった。
だがすぐに咳払いし、何事もなかったように言う。
「……まあいいわ。そういうことにしといてあげる」
明らかに不満げだった。
「で?」
刹那が刀の柄に手を置く。
「どうしたいの?」
エリュアールは手のひらを突き出した。
「血の鍵を渡しなさい!」
空気が震える。
「あれは持ち主を選ぶ鍵よ。知ってるでしょ」
「だったら――」
双剣を抜く。
瞬間、紅蓮の炎が刃を包んだ。
「……あんたを殺して、認めさせる」
熱気が空間を歪める。
だが刹那は微動だにしなかった。
ただ、背後の正人へ告げる。
「後ろに下がってて」
スッ、と日本刀を抜く。
「すぐ終わる」
銀の刃が夕陽を反射した。
次の瞬間。
炎の双剣と、静かな殺意の日本刀が――同時に動いた。
こうして。
ヤンデレ彼女と、抜けてるエルフの死闘が始まった。
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