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第17話 怪しい女と、もっと怪しい追跡者

食後。


 死闘のような夕飯を終えた俺たちの前には、湯気の立つ湯呑みが置かれていた。


 温かい緑茶の香りが、部屋にゆっくりと広がっていく。


 胃袋は限界。

 精神も限界。


 だが、尋問はまだ終わっていなかった。


「ふーん……で?」


 向かいに座る刹那が、湯呑みを指先で回しながら言う。


「そんな胡散臭いやつの道案内したと」


「……うん」


「信じられないわね」


 呆れを隠そうともしない声音だった。


「いや、ほんとのことなんだって!」


 俺は必死に身を乗り出す。


「困ってそうだったし! しかも日本語ペラペラで!」


「そこじゃないのよ」


 刹那は即座に切り捨てた。


「信じられないってのは、あなたのこと」


「えっ、俺!?」


「チョロいとか、そういう次元の話じゃないわ」


 彼女はこめかみを押さえ、深いため息をつく。


「あなた、『いかのおすし』って知らないの?」


「なにそれ!?」


 刹那の目が、すっと細くなった。


 あ、これは本気で呆れてる顔だ。


「知らない人について『いか』ない」


「知らない人の車に『の』らない」


「危険を感じたら『お』お声を出す」


「その場から『す』ぐ逃げる」


 そこで一拍置いて、俺を真っ直ぐ見る。


「最愛の刹那に『し』らせる」


「最後だけ捏造されてるよね!?」


「基本よ」


「いや最後の一文字で全部変わったよ!?」


「もう子供でも知ってるわよ」


 そう言って、彼女は心底残念そうに首を振った。


 恋人というより、完全に保護者だった。


「で、名前は聞いたの?」


「聞いたよ」


「なんて?」


「ドエリャー・ベッピンニャーって」


「……うん?」


 刹那の思考が止まった。


「だから、ドエリャー・ベッピンニャー」


 沈黙。


 数秒間、部屋の時計の音だけが響く。


 やがて刹那は、そっと目を閉じた。


「正人……あなた、それ……」


「ほんとに信じたの?」


「いや、信じてはないけど一応名乗ってたし……」


「……絶句って、こういう時に使うのね」


 額を押さえる刹那。


「ほんと、いろいろ残念だわ……」


「私がついてないと、あなた駄目なのね」


「そこまで!?」


「そこまでよ」


 断言された。


 しかし次の瞬間。


 刹那の空気が変わった。


 ふっと視線を窓へ向ける。


 カーテンを少し開き、外を見る。


「……まあ、いいわ」


「こんな行き当たりばったりのことをするやつなんて、一人だけ」


「え?」


 彼女が手招きする。


 来い、という合図だ。


 俺もそっと窓際へ寄り、外を見下ろした。


 マンションの向かい側。


 街灯の陰に、一人の女が立っていた。


 金髪。


 だが――


 目出し帽。

 マスク。

 夜なのにサングラス。


「怪しすぎるだろ!?」


「でしょうね」


 刹那は冷静だった。


「でも、顔を隠したい。けど監視したい。けど頭はあまり回ってない」


「つまり本人よ」


「ひどい分析だな」


 その時だった。


 近くを巡回していた警察官が、その女へ近づいていく。


 職務質問だ。


 当然である。


 誰が見ても不審者だ。


 女は大げさなジェスチャーで何かを訴え始めた。


 手をぶんぶん振り回し、肩をすくめ、空を指差し、胸を叩く。


「……日本語わからないフリしてる?」


「してるわね」


「通じてないよね?」


「まったく」


 数秒後。


「――あっ、逃げた!!」


 女は突然ダッシュした。


 警察官が「待ちなさーい!」と追う。


 サングラスを落としながら全力疾走する金髪女。


 カオスだった。


「あいつでしょ」


 刹那が楽しそうに笑う。


「う、うん……」


「安心して、正人」


「な、なにが?」


「彼女はね、戦闘は強いの」


「……戦闘は?」


「それ以外はだいぶ雑」


 言い切った。


 そして、口元を吊り上げる。


「捕獲するとしようかしら」


 その笑みは、美しかった。


 そして、とても悪役だった。


 窓の外では、まだ警官と金髪女が追いかけっこをしている。


 俺だけが知っている。


 あの女にとって、本当に怖いのは警察じゃない。


 今この部屋で笑っている、黒髪セーラー服の彼女だ。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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