第14話 金髪エルフは偽名しか名乗れない。
仕事帰り。
今日も今日とて、俺――成川正人は、できるだけ早く家へ帰ろうとしていた。
理由は簡単だ。
家には、あの篝月刹那がいる。
夕飯を作り、笑顔で迎え、そして俺の人生の主導権を少しずつ奪っていく、黒髪セーラー服の危険人物が。
なので寄り道はしたくない。
面倒ごとはもっと嫌だ。
……のだが。
「ねえ、あなた名前は?」
気づけば、俺の隣には金髪美人が歩いていた。
整いすぎた顔立ち。人間離れしたスタイル。
明らかに普通ではない。
しかも、さっき道に迷ったフリをして俺に絡んできた外国人風の女性である。
「う、うん。山田太郎だよ」
とっさに嘘をつく俺。
胡散臭い相手には、個人情報を渡さない。社会人の基本である。
「えっ!!」
女は露骨に顔をしかめた。
「なんでだよ!!」
「銀行口座の記載例に使われるやつじゃない!!」
ツッコミの切れ味が鋭い。
「いや、そこ知ってるんだ……」
「ほんとの名前言いなさい」
「えー……ほら、俺たち今日会ったばかりだし……」
「いきなりそんな深い話は……もう少しお互い知り合ってから」
少しもじもじしながら言ってみる。
「何付き合いたてのカップルみたいなこと言ってんのよ」
即座に一蹴された。
「そもそも名前知らないと会話が成立しないでしょ」
「じゃあ君の名前、教えてよ」
「いいわ。私の名前は――」
そこで女が止まる。
視線が泳ぐ。
考えている。
(……今、偽名を考えてるな)
「私の名前は……」
数秒の沈黙。
「エリュアー……じゃなくて、エリャー……そう、ドエリャー・ベッピンニャーよ」
「うわっ、めちゃくちゃ胡散臭い」
思わず本音が漏れた。
「胡散臭いとは失礼よ!」
即ギレである。
「それ偽名だよね?」
「いいから、あんたの名前教えなさいよ」
「……成川正人」
根負けした。
なんだこの会話。
「成川正人ね」
女は口角を吊り上げる。
「正人って呼ぶわ」
「うん、よろしくね。ドエリャーさん」
沈黙。
「……えっ」
女が固まる。
「ドエリャーさんじゃないの?」
「あっ」
拳で手のひらをぽんと叩いた。
「そうだった……」
「もう絶対偽名じゃん」
俺は呆れて空を見上げた。
なんで仕事終わりにこんなコントしてるんだ。
「立ち話もなんだから、そこの喫茶店に入りましょ」
女――ドエリャー(仮)は、すぐ近くの喫茶店を指差した。
「ごめん。早く帰らないと……」
帰らないと刹那が待っている。
帰宅が遅れた理由を説明しなければならない。
しかも隣に金髪美女を連れていたと知れたら、俺の命運は尽きる。
「いいから行くわよ」
「えっ、ちょ――」
ぐいっ、と手首を掴まれる。
細い腕なのに、信じられないほど力が強い。
「ちょっと待っ――!」
「待たない」
「人権は!?」
「知らない」
そのまま俺は、喫茶店へ引きずられていった。
店のドアベルが、からん、と鳴る。
まるで不吉な鐘の音みたいに。
この時の俺は、まだ知らなかった。
この強引な金髪女とのお茶が――
俺の平穏な日常と、
刹那の嫉妬ゲージを、
地獄みたいな速度で加速させることになると。
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