第10話 フィギュアのままでも、私を愛せる?
深夜。
部屋の灯りは落とされ、窓の外から差し込む街明かりだけが、寝室を淡く照らしていた。
静かなベッドの上。
さっきまで重なっていた熱も、乱れた吐息も、まだシーツの中に残っている。
正人の隣で、刹那は横向きになり、じっと彼の横顔を見つめていた。
その瞳には、眠気など一切なかった。
「ねえ……教えて」
囁くような声。
「あなたの気持ち」
正人はまどろみの中で目を開ける。
「……私のこと、どう思ってるの?」
シーツが擦れる音。
正人は体を少し起こし、暗闇の中で刹那を見た。
長い黒髪。
白い肌。
どこか壊れそうなほど綺麗な横顔。
「……好きだよ」
正人はゆっくり答えた。
「俺には、もったいないくらい」
刹那の睫毛が、かすかに揺れる。
「でも……」
「でも?」
すぐに問い返す声。
逃がさない、とでも言うように。
「正直、怖いんだ」
正人は視線を落とした。
「君は、俺の知らない場所で……俺の知らない世界で生きてる」
「俺の知らない誰かを斬って、俺の知らない敵を追ってる」
「……それが、怖い」
沈黙。
数秒、何も返ってこない。
やがて刹那は、小さく息をついた。
「……そうね」
「全部、知らないほうがいいこともあるわ」
その声は、不思議なくらい穏やかだった。
「自分をフィギュアにした連中に、復讐したいんだろ?」
「そうね」
「でも、それだけじゃないわ」
刹那はそこで言葉を切る。
「……それ以上は、知らないほうがいい」
正人は迷いながらも、口にした。
「ここで、このまま暮らすのは……だめなの?」
刹那の肩がぴくりと震える。
長い沈黙。
そして、彼女は微笑んだ。
「……そうね」
「それも、いいかもしれないわね」
けれど、その笑みはどこか寂しかった。
少し間を置いて、刹那は続ける。
「もし……ある日、あなたの力が消えて」
「私が、もう二度と戻れなくなったら?」
正人の胸がざわつく。
「フィギュアの姿のまま、棚の上に置かれて」
「声も出せず」
「瞬きもできず」
「ただ、そこにいるだけの存在になっても……」
刹那は正人の目を見た。
「今と同じように、話しかけてくれる?」
「朝起きたら、『おはよう』って」
「食卓で、今日あったことを話して」
「夜になったら、『おやすみ』って」
「……言ってくれる?」
正人は言葉を失った。
刹那の声は静かだった。
静かすぎて、胸に刺さる。
「あなたが老いて」
「いつか死ぬ時」
「その時、一緒に火葬してくれる?」
「何も返さない」
「人の形をした、ただの無機質な塊を」
「……今と同じように、愛し抜ける?」
涙が、刹那の頬を伝った。
「もし、そうしてくれるなら」
「私は全部、諦める」
「復讐も」
「怒りも」
「全部、許す」
正人は何も言えなかった。
言葉が出ない。
簡単に「できる」と言うには重すぎて、
「できない」と言うには、彼女が痛々しすぎた。
刹那は涙を拭わずに笑った。
「あなたは、私の希望なの」
「私にとって一番怖いのは、敵じゃない」
「あなたがいなくなること」
「また、一人になることよ」
暗闇の中、正人は拳を握った。
こんなにも近くにいるのに、
彼女の孤独は遠すぎた。
「ごめんね」
刹那は先に目を閉じる。
「あなたを追い詰めたいわけじゃないの」
「ただ……私の気持ちと、事情を知ってほしかっただけ」
「おやすみ」
そう言って背を向ける。
その小さな背中が、たまらなく弱々しく見えた。
「……俺のほうこそ、ごめん」
正人は刹那を後ろから抱き寄せた。
細い体を、強く。
「ごめん」
「君のこと、ちゃんと分かろうとしてなかった」
「怖いとか、自分のことばっかりで……」
震える声。
「ほんとうに、ごめん」
刹那の背中越しに、彼女の手が伸びる。
正人の手を、そっと握った。
そして――
「……ふふ」
啜り泣きの混じった、小さな笑い声。
「あなた、ちょろすぎるわよ」
「こんなお涙頂戴の話で、ここまで絆されるなんて」
「え?」
正人が固まる。
刹那は肩を震わせながら笑った。
「でも……そういうところ、好きよ」
そのまま彼女は正人の腕の中へ収まり、目を閉じた。
正人は呆れながらも、抱きしめる力を緩めなかった。
こうして二人は、嘘と本音を抱えたまま――
朝を迎えた。
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