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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第22話 投げられた選択肢

 泉を立ち上がらせたワーズは、手を離すと歩けるかどうかを問う。

 頷いたなら、へらり笑い、銃を持ち替えた。

 不思議な顔で見ていると、ふらふらした足取りでシウォンへ近づき襟首を掴む。

「ぐっ」

 途端上がる声に気がついたのではと身構える泉。だが、気にせずズルズル引きずり始めたワーズと、為すがままのシウォンの姿に、拍子で息が漏れただけと察しては緊張を緩め、次いであることに気づいたなら目を丸くした。

 人間好きを豪語し、それ以外を蔑ろにする店主の、まるで助けるかのような行動。

 いつもならば、間違いなく置き去りにしていくはずなのに。

 呆然とただ見ていれば、黒い背が止まり、混沌の瞳がこちらへ向けられる。

 待つ素振りに、泉は慌てて開いた距離を詰めた。

「ワ、ワーズさん……シウォンさん、どうするつもりですか?」

「んー……どうしよっかなー?」

 近づき尋ねる泉へ、赤い口が妖しく笑いかけ、黒一色の歩みが再開される。

 光差す出口に象られた黒い影は、楽しそうにふらふら揺れるだけで、肝心の答えをいつまで経っても語らない。食材店・芥屋の店主が無抵抗の人狼を引きずる様は、はっきり言って怖かった。

 首元に妙な感触を残されはしたが、泉はシウォンのことをそこまで嫌悪していない。

 それなのに、もしも彼が芥屋まで連れていかれたなら……。

 従業員という立場の泉、想像すらしたくなかった。

 かといって、店主へ意見する気力もない。

 泉は人を、人間ではなくとも、殺めてしまったから。

 黙々と歩く黒い背。

 時折、混沌の瞳が見えたなら、混じる赤に連想した。

(ワーズさんは……どう思うかしら)

 喜ぶだろうか?

 褒めるだろうか?

 彼は、人間以外の者に対して、容赦ない言葉を吐くから……。

 唇をきゅっと結ぶ。

 肯定を想定しては、凍る心と安堵する心があった。

 否定を想定しても、凍る心と安堵する心があって。

 聞けない――しかし。

 奇人街では殺めた相手に、放置された骸が渡されるという。

 ならば、いつかは芥屋に来てしまうはずだ。

 彼の、焼け爛れた遺骸が。

 思ったなら、弾かれたように口にした。

「ワーズさん、私……人を…………人を、殺しました」

 言い切れば、背中の血が引いた。

 それまでは、己のやったことと理解していても、珠玉という不可思議な力に由る所業ゆえ、実感はほとんどなかったのに。

 頭が締めつけられて、手が震え出す。

 空回る舌を納め、乾いた喉が鳴る。

 胸が苦しくなり、痛む右手をその前で強く握った。

 痛みで霞む視界には、ただ、黒い背中だけが在り――

「そう」

 相槌。

 続く言葉は――――何もない。

「…………」

 乱雑な思いが巡る中、しばらく沈黙を保ってみるが、ワーズの足取りに変化は現れなかった。

 急に不安に襲われる。

 告げた言葉は覚悟を決めて口にしたのに。

 素気無く扱われた気がした。

 ぴたり、足が止まる。

 すると店主がこちらを振り返り、首を傾げた。

「泉嬢?」

「……ワーズさんは」

 どう、思いましたか?

 詮無いことを尋ねようとした口を噤む。

 未だ自分が何を得たいのか分からない泉は、下唇を噛んで、首を振る。そうして、「すみません」と小さく謝っては、何事もなかったかのように歩こうとし、

「君は……喜んで欲しかったのかな?」

「っ!?」

 突然の問いに息が詰まった。

「ち、違います! 私は、そんなっ」

「じゃあ、怒って欲しいの?」

「そうじゃ!……そうじゃない、です」

「哀しめって?」

「…………」

「奇人街なら当たり前、悔やんだってしょうがない、とでも?」

「…………」

 問いかけに答えられる思いはなく、ただ首をがむしゃらに振り続ければ、ため息が聞こえて来た。一度震え、恐る恐る顔を上げれば、緩く首を傾げて苦笑する美貌がある。

「あのね、泉嬢?」

「…………はい」

「君は、どう思うの?」

「私は…………」

 巡るのは様々な感情。

 内から示される返答は。

「分かりません……どう、思えば良いのか」

 持て余す感傷は、泉にこれといった特別強い思いを抱かせなかった。

 ただ酷い虚脱感だけがあり……。

 だから、尋ねたのかもしれない。

 ワーズならば、何か、明確な結論を出してくれると考えて。

 沈む気持ちに合わせて徐々に俯く視界。

 端でワーズがまた先を行くのを捉えては、慌てて顔を上げた。

 シウォンを引きずりつつ、ふらふら歩く背を追う。

「……どうも、勘違いしているようだけど」

 ぽつりとワーズが言う。

「ワーズ・メイク・ワーズはねぇ? 好きと嫌いの二択しかない場合は、人間だけを好きと取るんだよ。それ以外は全部嫌い。全部、いらない。……でも、ね?」

 へらりと笑う口から細い息が吐かれた。

 至極、面倒臭そうに。

「二択じゃなかった場合は……どうでもいいんだよ、人間以外の存在なんて。居ても居なくても。それに、死んだ者には興味ないし。だから、泉嬢が誰かを傷つけても、たとえそれが人間だったとしても、ボクはどうとも思わない。ただ、事実として受け止めるだけ」

 斜め前を行く表情を覗き見る。

 そこにあったのは、とても穏やかな笑み。

 不意に視線が交わされて、泉の鼓動がとくりと跳ねた。

 不鮮明なのに、全てを見透かすような混沌は、柔らかく紡ぐ。

「泉嬢ってさ、よく表情変わるよね? 辛くても、変わらずに、普段通り」

「…………」

「分かり易いけど、分かりにくい。自分すら誤魔化してしまうほど、完璧に」

「…………」

 謳う様に響く言葉へ返す思いは在らず。

 こちらを見つめながらも歩みを止めないワーズを、泉は黙って見つめ続ける。

「……泣いても、良いんだよ?」

「っ……」

 赤い口にへらりと嗤われて、歪む視界があった。

 立ち止まれば、黒い背が向けられる。

 引きずられる白い衣はコートの影に隠された。

 陽を遮る闇を与えられ、自分の身体を抱き締める。

 大声を上げたいのに、喉がつかえて声が出ない。

「君は……殺したくなかった。でも……赦されたくもなくて。……泣けない」

「…………!」

「泣いてしまうのは……赦しを請うているみたいだから。憐れんで欲しいと、こんな自分を赦して欲しいと……相手なのかも自分なのかも分からない誰かに、そう訴えているようで。そう思う自分が嫌で」

 とつとつと語られる言葉は、喉が音を拒んでいても、否定できない泉。

 まるで自分の心を代弁するようなワーズの語り。

 その一つひとつが、嫌悪する涙を呼び、内に謝罪の言を述べさせる。

「本当は、さぁ? 泉嬢のことなんて、泉嬢にしか分かんないんだよ? 他人ができるのは憶測だけ。それを合っていると君が思うなら、君は元々そう思っていたって話でさ」

 いきなり突き放すようなことを言われ、顔を上げれば、白い面がこちらを向いてへらりと笑う。

「だから、泣いて良いとボクが言って、君が実行するなら、それは最初から君がしたかったことなんだ。もし、そんな自分を卑怯と思うんだったら、やっぱりそれだって、君の思いでしかない。……泉嬢?」

 傾く首。

 にたり笑う顔が、焼け焦げた鬼火と重なり、喉がひくりと鳴った。

「泣き続けても良いよ? ずっとここで。謝罪し続けても良い。そんなことをすれば、君はいずれ死んでしまうけど、今回に限り、ボクは止めない」

「……ぁず……さ、ん?」

 ぼたぼたと流れる涙の下、回らない舌で名を呼べば、ワーズの笑みがにっこりと明るさを持つ。

 人間の死を、自分では易々語るくせに、人に語らせては動揺する店主。

 その彼が、泉に死を提示した。

「っ……うぅ…………」

 胸が引き裂かれるような痛みに襲われる。

 ワーズにそう言わせてしまったのだと理解して。

 ここまで迎えに来てくれた彼に、そんな選択肢を用意させてしまったと。

 反面、ワーズに赦されたのならば、提示された死を選ぼうとする思いがあった。

 人間から死を遠ざけようとする彼が言うのなら、それも良いと……。

 迷いに泳ぐ目。

 最中。

 白い微笑みは背を向けてまた歩き出し、遅れて白い衣が引きずられる。

 追うかどうかの判断もつかず、遠ざかる光の中の影を見つめ続けたなら、

「んー……でも、泉嬢がここで終わったら、とりあえずシン殿とシウォンは死ぬよね?」

「…………ぁ?」

 掠れた驚きは小さく、しかし捉えたかのようにワーズがゆらゆら揺れた。

「だってさー? 泉嬢、猫のお気に入りだしさ。直接の原因じゃなくたって、要因の一つである相手、ああ見えて情の深い猫が生かしておくはずないでしょ?」

「ぃ? ぁ、っ、ま、待って……わぁず、さん、待って……!」

 不吉な予想を立てられ、涙が止まった。

 変わりに青ざめたなら、ふらりと大きく黒コートの背が傾ぐ。

「いやいや、きっと、ランもクァンも史歩嬢も緋鳥も、全部、殺されちゃうだろうねぇ。ワーズ・メイク・ワーズだって無事じゃ済まない。丈夫だから、丈夫な分、ずっと痛い目見る羽目になるかも」

 ぼやき、大きなため息を一つ。

「あーあ、なんで泉嬢、死んじゃったんだろう?」

「っ!?」

 加えられる人数ととんでもない告白を受け、身体が宙を掻いて動いた。

 右手も一緒に振り回したため痛みを覚えるが、構っていられない。

 ただ今は、泉の死を仮定ではなく決定した、男の背を目指す。

 冗談では、ない!

「わ、たしっ! 生きてます! 死んでません! 勝手に殺さないでください! いないみたいにっ、扱わないで!」

 叫び突っ込んだ頭がワーズの背にぶち当たった。

 固さに星が舞い、大きく仰け反る泉。

 それでも堪え、両手を伸ばし、黒一色の身体にしがみつく。

 挑むような面持ちで顔を上げたなら、何故か迎えた顔は至近。

 背ではなく胸に受け止められたと知っては、顔が熱くなった。

 そんな泉をへらりと笑い、ワーズはこめかみに銃を当てて目を細める。

「んじゃ、けってー。泉嬢は芥屋に帰るってことで」

「……へ?」

「良かったねぇ。これで誰も、猫には殺されないよ。痛い目見る必要もないし、ああ、良かった良かった」

「ちょ……わ、ワーズさん?」

 やんわり泉を引き剥がしたワーズは、また先を行く。

 茫然とその背を見送る泉。

 はっと我を取り戻しては足早に追いかけた。

「も、もしかして……騙されたんですか、私?」

 いぶかしむ問い。

 対するワーズの返答は。

「おや、人聞きの悪い。ボクは言ったはずだよ? ボクが言ったことに対して君が反応したことは、元々君が思っていたことだって。せっかくボクが、今回は死を選んでも止めないって言ったのに、生きてるって訴えたのは君でしょ?」

「で、でも、猫がどうこうって」

「ああ、あれ? あれはただの予想だよ? 実際、君が死んだところで、猫が動くかどうかなんて分かんないし。でも君が生きるっていうなら、予想も無意味だったねー?」

 飄々とした風体のワーズに泉は二の句を継げられない。

 ちらり、混沌の瞳がこちらをにんまり笑った。

「残念、だったねぇ、泉嬢? 今回限りだったのに、死ねなくて。これで次は選べない。たとえ君がボクの目の届かぬ場所へ行ったとしても、君からは絶対に選ばせないから」

 楽しそうな宣言を受けて、泉の唇がため息に震えた。


 そういえばこの人、言ってたっけ。

 君のことなんか考えてらんない、って。


 てい良く遊ばれた気がして、張りつめていた疲労感がどっと押し寄せてきた。

 泣いたせいで軋む痛みと熱を持つ頭。

 声を上げられなかった喉もヒリリと痛む。

 ――ツェンを思えば、心はまだぐらつくけれど。

「あー腹減った。猫のフルコースが食べたいな、ボク」

「フルコースって……」

 前を進む分だけの気力を新たに得、泉はクツクツ笑い出した背に続く。

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