第1話 安住ではない地
何故、こんな目にばかり遭ってしまうのか。
ワーズに連れられ訪れたのは、変わった作りの劇場。
そこで遭った袴姿の偉そうな女から、挨拶もそこそこに肉を渡された。
ただ一言、「喰え」と。
舞台上の、作り物ではない炭火焼きコンロへは、舞台の経験もある身として色々言いたいことはあったが、この妙な街で自分の常識が通じるとも思えない。何より勝る空腹で食せば、今まで食べた肉が古新聞に思えるような味わいが広がった。
その後、無我夢中で喰らったモノだが、ひょいと追加される肉の軌跡を追えば……。
解体されつつある、人間に似た形の生白い肉体を目撃する。
当然沸き起こる吐き気。
しかしそれは気分だけで、身体は勝手に食した肉を呑み込んでしまった。
変わらぬ美味さだが……食欲は確実に減退した。
眠気を理由に芥屋へ行くため、黒一色の姿を探せど見当たらず。
置いていかれたと察し、途方に暮れれば、偉そうな女が芥屋まで送ると言ってくれた。
素直に礼を述べたなら、微笑まれ、つい赤くなってしまう。
美人だとは思っていたが、纏う雰囲気の荒々しさで何の意識もしていなかったのに。
(フラれたばかりなのに、俺って元気ね……)
投げやりにそんなことを思っている内に、いつの間にか着いていた芥屋。
礼を言おうと振り返るが女の姿はすでになかった。竹平に負けず劣らずの食欲を見せていたから、また食事をしに戻ったのだろう。
色気より食い気の女に、少しでもときめいた自分にガッカリした。
落とした肩のまま、居間へ続く踏み台へ。
履いていた靴がするりと脱げて、コレをぶん取った相手を浮かべては、走る怖気。自分にナニをしようとしていたんだと考えることすら放棄し、閉まっていた磨りガラスの戸を開ける。
そのまま入って後ろ手に閉めた途端、急に重くなる瞼。
ソファを目指すべく顔を上げ――引き攣った驚きは、後ろの戸を求めて仰け反った。
固く目を瞑り、ソファに倒れる血色の悪い子ども。それを見下ろす位置で立っていた白衣の中年が、こちらに気づくなりいやらしい笑みを浮かべて言う。
「……お帰り、ヨ」
「っ……」
まるで殺人現場に居合わせたような光景を前にして、竹平の喉が大きく鳴った。
奇人街では犯罪の類いが一晩で揃うという。
そんな場所で辛うじて身を寄せられるはずの場所が、まさか……。
眠気も吹っ飛ぶ不吉な考えに囚われる竹平。
対し、心底愉しそうな光で黒い瞳を輝かせる白衣は、おののく竹平の身体を舐めるように眺め、
「で、どうだったかね、ワシの発明は? 反応はいかがだったかな?」
「うっ」
その一言で急速に記憶が思い起こされる。許容範囲を超えるショックで飛んでいたが、この白衣のせいで、自分は男としての自尊心を大いに傷つけられたのだ。
「っざけんな! は、反応って、アレのどこが普通の女だっ!?」
怒りやら何やらで真っ赤になる顔。
白衣はこれに驚くでもなく片眉を上げて、空いていた手で顎を撫でた。
「ふむ。やはり改良が必要ネ。ま、次はもうちっとマシになるヨ」
「つ、次だ!? 冗談じゃねぇ! 誰が――ひっ!?」
沸点を超える怒りに任せて叫べば、ソファの子どもが突然上半身を起こした。
一度死体と思ったせいで、(今度はゾンビかよ!?)とパニックに陥りかける竹平だが、寝惚け眼の夜色の瞳と交わせば、そもそも死んでいないことに気づく。
「……むぅ? 泉の、お姉ちゃんは…………?」
次いで知った名を聞き、子どもの頬に涙跡を見つけたなら、意味を察して頷いた。
「ああ……大丈夫、無事だ」
姿を見たわけではないが不思議と確信が持てた。ここに一切馴染めない竹平がこうして無事に生きているのだから、誰相手にも臆せず立ち回れるあの少女も無事であるはずだ、と。
竹平の言葉に、子どもも何か感じ取るモノがあったのだろう。
泉の姿を探すことなく胸を撫で下ろした。
「そうですか。良かったです…………でも」
きらり、光のような金髪の先にある、夜色の目が輝いた。
錯覚かと目を瞬かせたなら、子どもが白衣へと身体の向きを変え、
「良かったと思ったらお腹が空いたのです、スエのおいちゃん、おはようと共にいただきます!!」
「いぃっ!?」
突然、白衣に襲いかかる子ども。
豹変っぷりに驚く竹平を余所に、標的の白衣は身を翻して強襲を避ける。
「寝起きからそれかネ!? 死人の食欲はもっと慎ましやかだろうに!」
「なにをぅっ! 好物は別腹だと、昔からよく言うではありませんかっ!」
言い合いながら、どたばた暴れまわる二人。
竹平は、茫然とした面持ちでこれを眺め、しばらくして、後。
「あ、あれはなんヨ!」
「ふふふふふ、そんな萎びた手にシイが引っ掛かるわけ――」
「お、娘御、帰りかネ」
「えっ!? 泉のお姉ちゃん!?」
磨りガラスが開いた音なぞしなかったのに、こちらを見た子ども。急な動きにビクつく竹平だけしかいないと知っては、まんまと引っかかってしまったと顔を真っ赤にして白衣を睨みつけようとし、
「スエの……って、逃げましたね!?」
勝手口と思しき扉が開かれ揺れるのを見て、そちらへ走って行ってしまう。
「あ」
拍子で手を伸ばせば、ぱたりと閉まる勝手口。
閉めたのは風でもなんでもなく、扉の陰に潜んでいた白衣だ。
「ふん。やはり子どもヨ。簡単に騙されるネ」
ひひひひひ……と勝利の笑いがくすんだ金の髭の下から漏れた。
「さぁて……そろそろワシは寝るかネ」
尻をぼりぼりと掻いた白衣は大あくびをしつつ、階段を上がっていく。その頭にはすでに竹平のことなぞ、存在自体、綺麗さっぱりなくなっているようだ。
「……何なんだよ」
一瞥すらされず、完全に置いてけぼりを喰らった竹平は、怒涛の展開にぼやいた。
すると、白衣の残したあくびが移ったらしく、竹平の眠気を呼び起こす。
あんな妙ちくりんなヤツにつられたのは癪だったが。
「……眠ぃ。いいや、寝よう」
誰に言うでもなくそう言って、ソファに寝転ぶ竹平。
うとうとしては眠りに入り――かけ。
「ぎゃあああああっ!! どっから入ってくるよ、主!」
「ふっふっふ……あの程度でシイから逃れられるとは思わないことです、スエのおいちゃん!」
どたばたした動きが降りてくる音に、竹平は耳を塞ぎ、自らの不運を嘆いた。




