第15話 夜明け間近
目を瞑れば克明に返る、自身の炎の揺らめき。
時折、どこかの鬼火が放った知らぬ炎が交わり、広がりの範囲を報せる。
人魚への恨みつらみを吐き出すように踊り狂う炎の宴は、反してクァンの気分をどんどん下降させていった。炎の巡りが広大な奇人街全域に広がり、憎き人魚が全て燃えたとなれば、昂ぶっていた気力は消え去るのみ。
肩の力を抜いたなら、クァン自身を包む炎は消え去った。
「……ふぅ。こんなもんかねぇ」
面倒臭そうに、長い白髪をかき上げる。
眼前、広がる炎は、クァンという火種を失ってもなお猛々しく、奇人街の路という路を燃やしていた。
これが劣り始めるのは、陽が完全に昇ってからだろう。
あの太陽は実に様々なものを奪う。
体力も気力も。
分け隔てなく平等に。
人魚のニオイまで燃やせる鬼火の炎も、徐々に威力を削がれていく。
でなければ、雨量の少ない奇人街は燃えっぱなし――どころか、場合によっては焼け野原になるまで焼き尽くされてしまうだろう。
これだけの大火を生み出した後では、自力で消すのも一苦労。
得体の知れない他人の炎を掌握したばかりのクァンにとっては、正直、やってられない話だ。
(世の中って、そこそこ上手く回ってんのねー)
なんともなしに見上げた空は、炎に照らされて赤く色づく夜空。
一方で、緩やかに白んできているのも分かった。
「夜明け……間近ってか。んー……さて、と」
軽く伸びをし、気だるげに息をついては、ズタボロの服をぱたぱた叩く。
そうしてジャケットのボタンを外し、内側から取り出したのは、愛用はしていなくとも愛着はある煙管。
「煤払いはちょちょいっと……んで、肝心のアレはー……ない、か」
竹管へ細い炎を通しつつ、また服を探るが、今度は何も見つからなかった様子。
クァンの肩が残念そうに落ちた。
空色の瞳も、いじましく地面を這う。
「仕方ない。一回、店に戻って……でも、上等なモンでなけりゃ――ややっ!」
空色の目が一点に止まれば、大袈裟なくらい仰け反った、
視線の先に転がっていたのは、どこかで見た煙管と小さな丸薬。
クァンは必要もないのに辺りを見渡すと、素早い動きでこれらを拾っては、その場から数歩離れた。
「コイツは、シウォンのだね……煙管は、まあ、誰かに売りつけても高値で引き取ってくれそうなモンだけど」
言って浮べたのは、店の娘たち。
シウォンのモノというだけで、殺気混じりの争奪戦が繰り広げられそうだ。
持って行けば、そりゃあもう、喜ぶだろう――が。
「欲張りは大敵さね。こっちは大人しく届けてやるから……コレ、貰っても文句はないよねぇ? 駄賃として」
言う相手もなく、一人ごつクァン。
勝手に納得し、シウォンの煙管を仕舞ってから、自分の煙管へ丸薬を仕込んだ。
落ち着かない、嬉しそうな素振りで火を入れる。
程なく、ぷかり、クァンの口元から煙が上がった。
「ふ……さすがはシウォン・フーリ。イイ品じゃないか……」
咥えつつ、ぼやく瞳は濁りのない空色。
ただし、その色はいつもより一際冷め切っており。
「……行くか」
ともすれば、炎の爆ぜる音に掻き消されそうな声量で、クァンは呟く。
感情の一切が抜け落ちた音色で。
淀みなく歩を進めては、己の炎を背に、場を後にした。




