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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第14話 贈り物

 これで捨て置かれたなら良かったのに、泉は今も、シウォンの右腕を背負っては歩みを止めない。木目肌の腕がもたらした怖気は、未だその身を苛んでいるだろうに、一度は同じ行為に走ろうとしていた男を支えている。

 シウォンには、泉の考えが全く分からなかった。

 情けでも、掛けられているのだろうか?

 満身創痍だから、と。

 確かに腕を一本失った事実は痛い。他種の中には失った部分が新たに生えてくる者も在るが、人狼の回復力は現存する身に限られる。

 しかし、人間と比しては、その欠点もないに等しい。

 奇人街の中で人間は、それだけで絶対的な弱者に位置する。

 どれだけ鍛えようとも、見た目がどれだけ優れようとも、一部の例外を除き、最弱であることに変わりはない。触れて壊れる脆さはないにせよ、現在のシウォン相手、奇人街の住人と同じ数の人間を集めても、できて掠り傷を付ける程度だろう。

 弱点となりえるはずの切断面ですら、彼らにとっては凶器でしかない。

 そんな人狼へ、ただでさえ傷ついたままの人間が掛ける情けなど……。

「シウォンさん、もう少しちゃんと乗っけてください。ずり落ちちゃいます」

「ああ……いや、重いだろう? もういい。一人で歩ける」

「そりゃ重いですけど……重症なんですよ? 自覚してください。熱だって、さっきの腕とか炎のせいで、だいぶ上がってるじゃないですか」

 じろりと睨まれて、なんだか酷い気疲れが起こる。

 元々、シウォンは誰かの身になって考える輩ではない。

 それなのに、泉を慮って。

 それなのに、当の彼女からは拒まれるばかりか、逆に慮られて。

 しかも、こっそり離れようと動けば、

「シウォンさんっ、いい加減にしてください! 負担を軽減しようと思ってくださるのはありがたいですけど、そう思うんでしたら余計な動きしないで! 叫ぶのだって、結構体力消耗するんですからっ!」

(……だったら、離せば良いだろうが)

 仕方ない、とため息を吐き出せば、泉の睨みに拍車が掛かる。

 どうも先ほどから、彼女の機嫌が悪い。

 何を怒っているのか、さっぱり分からないため、対処のしようもなかった。

(大体、お前は俺を嫌っているはずだろう?)

 嫌っている相手に密着するこの状態、普通ならば嫌悪すべき、ありえない状況だ。

 彼女を好いている自分にとっては好ましくとも、想われないと知っていては苦痛。

 どちらにも、得はない。

 ――のに。

「あ、ほら、シウォンさん、あの曲がり角、なんだか明るいです。出口が近いのかも」

 投げやりに明るい声は、決してシウォンを諦めない。

 この事実へ、シウォンが抱く思いは、不快なほど生温く、甘い。

 甘味を好む小洒落た舌なぞ持ち合わせていないが、奇妙な高揚感をもたらすそれは、どこまでも心地良く響く。

 だがしかし、彼女は言う。

「あ、そうだ。芥屋に帰る前に、お願いがあるんです」

 分かっていても、突きつけられる自分ではないゴール。

 いつだって泉が真実呼ぶのは、彼の男。

 好意の否定は為されたが、彼女が求める先に相違はない。

「……こういうこと、言うのは気が引けるんですけど。ええと、人狼のクイさんとレンさん、赦して上げて欲しいんです……っていうのも、狙われていたらしい私が言うのも、本当になんなんですが、一応、助けて貰ったっぽい感じだったりするもので」

「クイとレン?……誰だ?」

 知らぬ名に眉を寄せれば、泉の目がぎこちなく泳いだ。

 あるいは、呆れている節の動揺。

「え……と……その、女の人で、クイさんが親でレンさんが子どもで……あ、あと、両手にすごく痛そうな傷があって……それでその、私を殺そうとして人使ったって」

 向けられたのは、別の相手がいるだろうと言わんばかりの言葉。

 細かく提示されて薄っすら思い至った二人の女さえ、泉が関わるからこそ浮べられたというのに。

「……お前がそう言うのなら、構わん」

 それでも初めての頼み、引き受けるのは偏に泉への想いでしかないと、彼女は知っているだろうか?

 知られようとも、嫌われている時点で全て無駄なのだが。

 再び沈黙が訪れる。

 耳につくのは、だるさを押し出すように吐かれる己の呼気ではなく、見出した明かりにやる気を取り戻しながらも、堪る一方の疲労から彼女が震わせる吐息。

 引き摺る足取りで角を曲がった。

 泉の言う通り、坂道となっている上方から、光が差し込んでいる。

 己の身を顧みればありがたいのかもしれないが、あの先で手放さなければならない者を知っては、先の明るさに反して心が暗くなる。

「……かなりの急勾配ですね」

 言いつつ、決して歩みを止めない彼女の姿勢に、シウォンの胸が痛んだ。

 次いで浮かぶのは、昏い思い。


 このまま帰してしまうくらいなら。

 いっそ……この娘も俺の手で贈ってやろうか。


 今までの女はどれも、自分の意思でシウォンの下へ寄り、シウォンの意思で店主の下へ贈られていった。

 そう。

 あれらは全て、贈り物。

 シウォンからワーズへ。

 動揺を欠片も見せず、月下、嘲笑しては去っていった男への。

 引きずり下ろしたかった。

 独り嗤うその位置から。

 孤高を演ずる、ふざけた輩に、他の感情を見出したくて。

 お前とて、只の一人でしかないのだと。

 ワーズに対する思いは、酷く難解で、それでいて単純。

 要するに、認めはしても同格でありたいと、シウォンは思っていた。

 例えば猫に殺される同族を、己に重ねて怯えるような。

 もしくは、宿敵と見た若造のように、親しき者を傷つけられて憤怒を抱く――

 そんな、当たり前の感情を求めて。

 しかしワーズはどれに際しても、嗤うのを止めない。

 死んだ者に興味はないと公言して憚らないくせに、残骸を掻き集めては手厚く葬る。

 泣きはせず。

 変わりに嗤い。

 だが、相手がこの娘ならば、どうだろう?

 奴を認める娘なら、何かしらの変化をもたらしてくれるのではあるまいか?


 ――屍と為ったその姿で。

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