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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第12話 しゃくとり腕

 向けられた手の平に、真一文字の裂け目がある。

 深い裂傷のような……。

 不思議に思い、首を傾げた矢先、その裂け目がぱっくりと開いた。

「これ、返事をせんか。今更しらばっくれるとは、われを泣かす気か? 泣けんぞ、われに目はないでな。なーなー、おるんじゃろう? はよぉ、返事をしておくれ?」

 中から覗く、木造のすきっ歯が寂しそうに語る。どうやら裂傷は口の役割を持っているらしい。

 分かったところで、またしても口を塞がれた泉に応えることはできないが

 と思えば、頭上から泉ではない声が発せられた。

「黙れ、ジジイ」

(うわ、シウォンさん、ズルっ!)

 非難めいた視線と突き出した唇で無言の抗議をしようとも、シウォンは少し身じろいだだけで放してはくれない。尤も、泉が身体を捩れば脱出は可能だろうが、そこまでしてラオに話しかける内容など――

(……あ、お礼)

 唐突に浮かんだ、暴漢を退けてくれた時の礼。だが、目の前の腕は泉の知っているラオではない、と先んじて受けた注意が発言を留めてしまう。

 それでなくとも、今はシウォンを支えている身。自分からそういう格好を取っておいて、いきなり放棄するのは勝手が過ぎると思い直した。

 仕方なく、じっとする。

 シウォンに声を掛けられた腕は、手の平の線を笑みに変えた。

「ほっほっほ。その声はシウォンじゃな? 洟垂れ小僧が珍しい。何の用じゃ?」

「誰が洟垂れだ。俺がお前に会ったのは二、三度、それも十五は確実に過ぎてからだろうが。憶測でモノを言うな、ラオ・ヤンシー。大体、話しかけたのは俺じゃない、お前だ」

 どこまでも面倒臭そうな受け答え。

 シウォンを見上げれば、声そのままの顔つきをしていた。

「やれ、そうじゃったかのぉ? まあ、良い。ところで――」

 まるで辺りを見渡すように、腕が周囲へ手の平を向ける。

 ぐるっと円を描いたところで、手の平をシウォンに戻し、

「誰ぞ、共におるんかい? 足音がお前さんの他にもう一つあったじゃろう?」

「…………耄碌ジジイのクセに。いらんところは察しがイイな」

 忌々しそうにシウォンが呟けば、背負う右腕が隠すように泉を抱き締めた。

 状況はよく分からない。

 だが、たかが腕一本を相手取るにしては、些か過ぎた警戒。

 自然、泉の緊張も高まった。

「……喋らんな。ということは、ワーズか?」

 そこで何故か出てくる店主の名。

 興味を引かれるが、その前にシウォンが歩を進めた。

「……行くぞ」

 だからと抵抗してバランスを崩す真似はせず、促されるまま続く。

 すると届く、杭を打つ響き。

 これを追うように、何かを引っかく、耳障りな音が鳴る。

 目にする暗がりと音から現れる、碌でもない想像。

 否定すべく、恐る恐る音のする方向、背後を見た泉。

「っ!」

 悲鳴はどうにか呑み込んだ。

 そこに在ったのは、金属の床を這う木目肌の腕。

 天を指すように伸びては倒れ、折り曲げた指で床を穿ち、他の部分を引き寄せる。

 しゃくとり虫の要領で、繰り返し、同じ動作をしつつ、

「待て。われも連れて行け。こんなところで死にとうない」

「断る。本体から分離した身、元々死んだも同然だろうが。第一、持ち寄ったところで邪魔にしかならん」

「何おうっ! 立派なオブジェとして活躍してやるぞっ!」

「どこの好き者だ、それは。俺か? 冗談じゃない。他を当たれ、自力でな」

「ぬぬぬぬぬ……無害な老体を無下に扱う気か?」

「……無害?」

 ぴたり、立ち止まるシウォンに合わせ、泉も止まった。

 振り向けば合わせて向き、対峙したのは気味の悪い腕。

 あともう少しで、シウォンの足へ触れる距離。

 天を仰いだ手の平が、倒れる瞬間。

「寝言は寝て言え、ラオ・ヤンシー」

 静かな怒気が泉の身を竦ませ、手の平を迎えたシウォンの爪先が腕を遠くへ飛ばす。

 だが、大人しく蹴り上げられる腕ではなかった。

「やれ、老体には親切にするものじゃて!」

 くるりと回る腕から、触手のような枝が伸びる。

 捕らえられたのは――

「きゃあっ!?」

「泉っ!」

 支えを引き剥がされたシウォンが倒れ、蹴られた腕が地へ着地、勢い良く引き寄せられた泉の背を受ける。

「っ」

 詰まる息に拘束されたまま咳き込めば、横向きに倒れた腰が掴まれた。ゾワリと這う悪寒はあっても動ける身はなく、腰を掴む手によって腕の重みが身体の上へ移る。

「むむむぅ?」

「ひっ」

 腰に立った腕が、手の平を泉の太ももへ伸べ、撫でつけてきた。

「ほほう? ワーズかと思ったが……女人か。こりゃあ、重畳じゃな?」

 愉しげな声音に同調し、絡みつく根が泉の身体を締め始めた。

「ぁっ」

 仰け反れば緩まり、床へ落ちてはまた強まり。

「ラオっ、何を!」

「おう? まぁだ居たんかい、シウォン。もうお主は良いわ、行け。われはこれから、このお嬢ちゃんに用があるでな。くくく……昔の血が騒ぐのぉ。たっぷり躾けてやれば、人狼如きに媚を売らんでも、われの思うがまま地上に出られそうじゃ。しかも人間相手。ワーズも手出しは出来まい。難儀よのぉ? 人間の部分が大半を占めるせいで、切り捨てられぬとは。なあ、お嬢ちゃん?」

「っ!? いやっ!」

 腕が傾ぐなり、締めては緩めるを繰り返していた根が動きを変えた。

 もがこうと腕を動かしても、一度は古木ゆえに壊れるが、すぐさま新しい根が張り巡らされてしまう。

「ひっ、やぅんむっ……んんーっ!」

 大きく跳ね、上がる悲鳴までも、根が覆い隠していく。

「静かにな。女人はお淑やかでなければいかん。淑やかに……庇護欲をそそりながら、劣情を煽る淫らさでなければ。まだ未熟じゃが、なればこそ、われ好みに弄れるというもの。心配せずとも時期善くなる。よく言うじゃろう、辛いのは最初だけと」

 窘める物言いの不穏にゾッとし、首を振ろうとしても動けず。ラオと同じ声、同じ質感であることも、恐怖を助長させ、見開き揺れる眼に涙をもたらす。

 歪む視界。

 先で、白い姿が立ち上がった。

「いい加減にしろ。俺を……挑発しているのか?」

 地の底から起こるような、低い声が耳朶を打つ。

 迎える腕は嘲笑。

「ほっ? 挑発? この程度の手慰みでか? 大体、この娘は人間ぞ? お前さんには掃いて捨てるほどの相手がおるではないか。一匹くらい、憐れな老人に恵んでくれても良いだろうに。……のお?」

「んむぅっ!」

 するり、袖口から入り込む根。

 肌に直接感じる木目が気色悪い。

 手を動かそうとすれば、覆うように根が伸びる。

「……それにこの娘、この手。本体から伸べられたわれを投げた奴ぞ。ここへ辿り着く羽目になった原因。なればこそ――」

 腕の言葉に浮かぶのは、初めて会った際、もぎ取ってしまったラオの手と、思いっきり投げた後の水音。ラオは途方に暮れるだけだったが、その腕にとっては恨み辛みのある出来事だったらしい。

 かといって、はいそうですか、と己の身を差し出すつもりのない泉に対し、根は更に絡みつく。

「贖え、娘。その身、その心、我に差し出せ」

 口調を変え、声質も若々しくなった腕が、根を襟元へかけた。

「っ!!」

 進行を妨げる手足は、都合の良いよう形を変えられてしまい、木目肌の動きだけが泉に知らされ――。

「付き合って……られんな」

 唸る低さから、紅蓮の粉がはらり、舞い降りる。

 途端、上がる炎。

「な、なんだっ!? 熱い!?」

 合わせて上がるのは、腕の動揺と、

「泉っ、来い!」

 命令のようなソレ。

「くっ」

 弾かれたように動きを取り戻した身体は、張りつく根を易々と引き千切った。

 触れる熱さへ目を向ければ、燃やされる腕がある。

「待てっ!」

 追う手の動き。

 逃げる足を掴まれたなら、泉は躊躇なく、これを蹴った。

 触れられた肌の気持ち悪さ――それよりも。

 赤い、粉。

 身体を浸食する根の質感が、引き攣る痛みを左手に思い出させたゆえに。

 転がった腕は、それ以上の動作ができず、炎に喰われていった。

 これを視認した泉は、迎えた白い衣へ頭から突っ込む。

「あだっ」

 一度、両足で蹴ったことのある腹は、あの時と変わらぬ硬さだった。

 しかし、今回はシウォンの方も無事では済まなかったらしい。

「グッ……」

 低く、苦悶が鳴る。

「……紅珠玉、持っておいて正解だったな。アイツの身体はここの金属より再生が早い。本体相手なら無理だが、あの大きさなら間に合わず燃え尽きるだろう。昔取った杵柄か何かは知らんが……あのジジイ、若い頃は相当キツイ性格だったらしい」

 飽いたら腸を喰らう自らを棚に上げ、シウォンが疲弊し切ったように言う。

 しかし、よろけるシウォンの身体を支えつつ、泉はこれへ頷いてみせた。

 身の危険を考慮したならどっちもどっちだが、腕の扱いは殊更に無情。

 よだつ身の毛から、泉はじくじく痛む右腕で己を抱く。

 微かに震えては、シウォンがため息をついた。

「…………小娘。とりあえず、服を直せ。目の毒だ」

 とんっと押される身体。

 数歩たたらを踏み、振り返れば、よろけ立つシウォンが朱の衣を顎で差す。

「わわっ!?」

 乱れた服を認めた泉は、慌てて背を向け、手早く直した。

 そうしてまた、シウォンへ視線を戻し、

「シウォンさん!?」

 片膝をつき、荒い息を吐く右手から、白い煙が上がっている。

 ただし、そこに焼けた形跡はない。

 泉は目の当たりにした光景から、珠玉を使用した際の反動をまた、左手に思い。

 強く、握り締めた。

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