第11話 老いらくの歌
一人の狩人、いたんだよ
好物一つ、求めてさ
落ち葉舞い散る山岳で、罠を張って、身を潜め
けれどもヤツは現れない
痺れを切らした狩人はね、優れた嗅覚で、獲物を探り
掠めた血はさ、違う色
しかもかなりの大物だ
戸惑う弱気はないけれど、向かう頭はなかったよ
だがね、だがね、だがしかし
それの近くに獲物の匂い
嗅ぎ取ったなら行かねばなるまい
それが狩人、でなけりゃ狩人名乗れない
今じゃ溢れる狩人はね、全部が全部、出来損ない
ホントの狩人は一人だけ
見つけた獲物
喜ぶ心
構える腕は、確かだよ
一つ放てば腕が飛び
二つ放てば足が飛び
三つ放てば胴が裂け
四つの合間で臓物が、ぐちゃりぐちゃりと地へ落ちて
舌なめずり
ああ、愉し
だってぇのにあの獲物
口を全く聞きやしない
まあまあまあまあ
別にいい
狩ること自体が愉しみだ
悲鳴はスパイス
主食は肉
味気ないのはいただけないが、潜んだ分だけ腹は減る
ズドンと響く、四発目
ふっ飛んだのはその頭部
喜び、笑い、駆け寄って
だけどそこから先がない
あるのはただ、食われる意識
引き離された、身の上だけ
定着する場所探しても
元の居場所にゃ帰れない
悪かったのは、アタシかい?
いんやいんや、違うだろ?
悪かったのは、タイミング
計り損ねたその距離さ
一度の失敗、等しい終わり
二度目は決してやってこない
許されないから笑うのさ
大物消した狩人はね
自分を盗られて泣きもせず
ずっと笑う、和やかに
嫌われたって構わない
狩人は一人
それでイイ――
「この声……ラオ、さん?」
「ラオ……?」
突然、泉がそう言い、耳に意識を傾ければ、確かに聞こえてくる珍妙な歌。
人狼たるシウォンの聴覚は、人間の泉より優れているはずだが、先ほどからどうも調子が悪い。
理由は分かっている。
右腕の下で不思議そうな顔をする彼女の存在。
そちらへばかり、気を取られていたから。
しかし、ラオの声を捉えては、ぼんやりもしていられない。
泉の口振りから、彼女とは知り合う仲と推察されるが、あの老木は地上のあの場所から決して移動できないのだ。
と、すると。
考えられることは唯一つ。
(回避は……無理だな)
忌々しい妙な節回しは、前方、進むべき薄闇から聞こえていた。
加え、ささやかながら水の流れる音があり、それがシウォンの予測を裏づける。
「えっと、シウォンさん」
泉から話し掛けられ、シウォンは向けられたこげ茶の目をじっと見つめた。
ため息に似た吐息を一つ。
「小娘……確かにアレはラオだが、お前の知っている奴とは違う。だから、気軽に話し掛けるな。話し掛けられても無視しろ。纏わり憑かれては面倒だ」
「そんな……」
酷い、と続く言葉を予想し、シウォンの胸がちくりと痛む。
だが、こればかりは仕方がない。
とにかく、泉へ頷くよう促し、渋々頷いたのを受けて歩みを再開する。
やがて、金属の天井と床が続いていた通路の右手が開けていく。
先には、小川の流れが寒々しい音を奏でる一方、広がるのは闇ばかり。
辛うじて対岸に岩肌を臨むことはできたが、渡ったところで壁が続く。
それでも、作業人形用にあつらえられた、通路より開けた空間は、気を緩める効果があるらしい。泉から安堵の息が聞こえては、シウォンからも苦笑が漏れた。
「何ですか?」
「いや……」
聞き咎める眼がこちらを向く直前、視線を逸らした。
交わして、これ以上感覚が鈍るのは困る。
彼女の動きだけを追うように鋭敏になるのは。
(重症だな……)
何度でも下す、己の想いへの評価。
嫌われているのに、まだ揺れる心が理解できない。
否、諦めきれない訳は知っている。
理解してくれると思っているのだ、自分は。
誰も認めない、シウォンが認める男を、彼女だけは認めていたから。
奴を認める自分も認めてくれると――期待している。
群れたがりの人狼が本当に求めるのは、群れるだけの数ではない。
本当に欲しいのは、己に添うてくれる相手。
本性は求める。
添う者を。
シウォンは求める。
己を認める者を。
どちらが先なぞ、知りはしないが。
どちらからも求めて止まない者は、そういないだろう。
だから、諦めきれない。
……諦め、られない。
「あ……んぐっ」
耽る思考の端で、注意したばかりだというのに、近づくラオの歌へ泉が口を開きかけた。
すぐに塞ぐが、指に触れる柔らかさがくすぐったい。恨めしげな視線が顎に注がれても、見る訳にはいかず、半ば引き摺るようにして左側へ身を寄せた。
しばらくもごもご文句を言っていた唇は、声の主の姿が見えてくるなり、動きをぴたりと止めた。指に当てられる呼吸と唇だけで、騒がしかった鼓動が少しだけ落ち着く。
ほっとした。
――のも束の間のこと。
何の前触れもなしに泉の口が開き、指が中へ招かれる。
う・で?
響く音の振動で語られた言葉は分かったが、唇だけでなく、舌の感触まで届いては、冷静に対処しきれなかった。
「泉っ!?」
「うぺっ、毛、舐めちゃった」
つい叫び、つい手を外せば、泉はあっさり喋り――
「ほっ? なんじゃ? 誰ぞ、そこにおるんかい?」
こちらの声を聞きつけ、問い掛けてきたのは、小川の音近く、切り立った場所に生える木目肌の腕だった。




