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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第9話 地表の裏事情

 黙りこくったシウォンの右腕を背負う泉。

 胸中にあるのは、ただ、生きて地上へ出ることだけ。

 それだけ――しか、考えてはいけない。

 誰のせいで何がどうなったなど、考えても思っても良い時ではないのだ。

 良いことなど、何もないから。

 生きていれば全てがどうにか上手く回る――そんなことを浮べた覚えはない。

 かといって、手放しで死を待てるほど達観できる人間でもない。

 足掻ける余地があるなら足掻く。

 全てが終わった後で全てが無駄だったと分かっても。

 ツェンを殺した動揺は未だ尾を引くが、立ち止まる訳にはいかなかった。

 ……自分一人なら、それも良いかもしれない。

 だが、とても残念なことに、泉は今、一人ではないのだ。

 ちらりと斜め上を見やれば、苦い顔つきで前方を睨む獣の貌があった。

 己から背負った腕は丸太のように重いが、温かさは血の巡りを知らせる。

 生きている、と訴える。

 そして――

 前方へ視線を戻し、思うのは黒一色の店主。

 人間が好きだと言い、しかし死んだ者はどうでもいいと言う。

 なればこそ、きっと探しに来るだろう。

 幽鬼の時も最初に攫われた時も、今回も。

 泉が……人間が死んだのを確認するまでは、必ず。

 呆れるくらい素晴らしいことに、物理的にも精神的にも、泉は一人ではない。

 反面、気力だけで歩を進めるには、寝不足空腹続きの身体も、背負う腕も、何もかもが重かった。

 このため泉は、そこから少しでも意識を逸らそうと、激痛と戦っているだろうシウォンへ声を掛ける。気後れはあっても、そうでもしなければ、限界を迎えた足が今にも止まり、崩れてしまいそうだった。

「……ここって、奇人街……ですよね?」

 どこに光源があるかは分からないが、ぼんやり見える空間を問う。

 靴越しに伝わる感触は堅い金属であり、奇人街にあっては異質な材質だが。

「ああ。……この床のことか?」

 端的な問い掛けに対し、意図を汲んだ答え。返って来た声は少し熱っぽく反響するが、頷きだけで終わらなかった応じに、ほっとした泉は「はい」と頷いた。

 受けたシウォンは続ける。

「元々、ここら辺一帯は、傾斜の緩い丘だったらしい。その時にはまだ、地下がなかったそうだが、人狼を誘致……いや、押し込むために作ったようだ。奇人街を造ったヤツがな」

「押し込む?」

「ああ。人狼だけじゃない。奇人街を造るに当たって、別の土地から色んな種が巻き添えを喰らった……が、まあ、それはいい。で、だ。人工的に無理矢理空洞を作ったもんだから、当然負荷は掛かる。当時は地盤沈下が激しかったと聞いている。これを解消すべく、人間が一人、連れて来られた」

「連れて?」

 言い換えればそれは、攫われたのではなかろうか。

 泉が知る、奇人街へ来る方法は、迷い込むか、自力で来るかしかない。

 前者は竹平、後者には史歩とスエが該当する。

 以前、元居た場所へ帰る参考にと思い、史歩とスエがどうやって来たのか尋ねたが、どれも単独で、奇人街側から招かれたような話は聞かなかった。

 ……史歩の反応には若干の苦みがあったが。

 ともあれ、迷い込んでも自力でも、奇人街へ来た覚えのない泉には、興味深い話である。

 シウォンの顔を覗きこむように見上げれば、こちらへ向けられていたらしい緑の光が、さっと前へ戻された。

 感じの悪い動作だが、文句を言うつもりもない。

 それでもため息を小さく余所へ零し、シウォンの返答を待つ。

「……ああ、連れて、だ。一応、人間の意思だったらしい。まあ、それで、その人間は期待通り、見事に問題を解消したんだ。その結果がこの床。とはいえ、長く保たれる代物でもなくてな。芥屋の隣にいるだろう? スエという変人が」

「……変人…………はい、いますね」

 否定する義理もない。

 浮かんだのは、色っぽい人狼女の竹平。

 しかも原因がパンツにあると来た日には……どんなフォローも無駄だろう。

「ソイツが来て早々、己の足元が覚束ないのは冗談じゃない、と言って、自己修復機能を搭載した金属と、張り替えるための人形を一体造ったんだ。完成と同時に人形はぶっ壊れ、ヤツは一つ齢を重ねた訳だが……以来、どれだけ上の住人が暴れようが、それにより沈下しようが、しばらくすれば元通りになるのさ。……俺たちが落ちた穴は、猫が思いっきり開けたからな。修復までには少々、時間が掛かる」

「はあ……」

 シウォンの口が閉じ、泉が発せたのはそれだけ。

 理解はできたものの、どれに対して感想を述べたモノか迷う。


 己のためが根本にあるとはいえ、スエが奇人街に貢献したこと。

 自己修復という機能付の金属やら何やらを、彼が作ったということ。

 スエの齢を取る条件が、発明品が壊れた時らしい、ということ。

 地盤沈下引き起こすほど住人が暴れること。

 虎狼公社で猫の援護を受けた際、街が落ちて来ないかと心配したのが杞憂だったこと。

 修復が追いつかない穴を開けてまで、猫が泉を助けてくれたこと。

 そして――

 にも関わらず、そんな穴へあっさり落ちてしまった自分……のこと。


 奇妙な沈黙が泉を包めば、シウォンの方も語りを止める。

 自然、重苦しい空気が漂う。

 ……物理的には、ずっと重かったりするのだが。

 しかし、歩みは止めず、別の話題を探す泉。

 黙々と歩けば、いらない考えが巡りそうだった。

 例えば――やっぱり自分は先を目指しちゃいけないんじゃないだろうか、とか。

 シウォンには悪いが、ここで立ち止まり、斃れてしまおうか、とか。

(ワーズさん……探して、くれるかな? 人間……竹平さんがもういるから、いらないかな? 私は……)

 とか。

 碌でもない思いが、泉を支配し始め、乗じ、重かった足取りも更に重くなっていく。

「……小娘?」

 何かを察したシウォンの問う声すら、遠く響く。

 と、その時。


 うなだれた泉の耳に、場違いなほど陽気な歌が届いた。

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