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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第8話 読めない心

 一体、自分はこの娘から、どんな風に思われているのだろうか?

 ふと、考えた。

 シウォンからは、一度も責める言葉を吐いていないのに、謝罪やら弁償やらを紡ぐ、愛らしい唇。こげ茶の瞳は怯えからか常に潤む。縋りつきながらも震える手の温もり、耳へ届く速い鼓動。

 なんてことはない。

 泉にとってシウォン・フーリという男は、ただの人狼でしかないのだ。

 それもたぶん、凶暴で、粗野で、傲慢で、機嫌を損ねては何をするか分からない、本性そのままの人狼でしか――。

 至極、正しい見解ではある。

 シウォンはまさに、そういう人狼の本性をなぞる輩なのだから。

 しかし。

 少しだけ、哀しい。

 少しだけ、寂しい。

 少しだけ、切ない。

 少しだけ、虚しい。

 彼女に、そう思われるのは。

 そう、理解され、認識されてしまうのは、胸が締めつけられるほどに苦しい。

 だからといって、素直に表現できるほど子どもではない。

 かといって、上手く立ち回れるほど、経験がある訳でもなかった。

 なにせ、ランへ告げた通り。

 どれだけ自分で否定しようとも。

 やはり彼女は、初めて恋しいと想ってしまった相手。

「……弁償、か。別にいらねぇが……誘いには乗るぜ、お嬢ちゃん? 片手でも、お前を愉しませてやれる自信はある」

「さ、誘いって!?」

 ニヤリと笑ってやれば、案の定、狼狽え飛び退き距離を取る泉。

 離れる身を残念に思う気持ちはあるが、これ以上同じ体勢を取られて、我を保ち続ける自信はなかった。惚れた弱みとでも言うべきか、きっちり自覚しては、情欲を制御する必要がある。

 彼女から、受け入れられない、嫌われている、自分。

「痛い……な」

 ぽつり、呟く。

 すると逃げた泉がまた近寄り、何故か額へ手を当てる。

 同じように包帯が巻かれた右手を自分の額に当てようとし、

「あたたたた……」

「……まだ、痛むのか? さっきは両手で俺を引っ張ったのに」

 痺れた手を庇うように、身から引き剥がした泉へ眉を寄せた。。

「そ、それは、仕方ありません。火事場のなんとやらってヤツです。一つのことに必死な時って、他を構える余裕ないですし」

「……おかしな奴だ。己のことだろうに」

 呆れて言えば、泉の顔にムスッとした表情が浮かぶ。

「いいんです、私は別に。傷の度合いはシウォンさんの方が酷いでしょう……それに、なんだか」

 話の途中でシウォンの額に当てていた左手を離しては、痛む右手共々、こちらの顎へと添えてくる。

「!?」

 まるで口づけされるように目を閉じた顔が近づき、シウォンは目を白黒させ――

「……やっぱり、熱っぽい」

「は?」

 コツンと額が合わさってしばらく、泉はそう言うと目をゆっくり開けた。

 離してはその場で膝立ちになり、シウォンの頬から首にかけてを撫でて触れる。

「こうしていても分かるくらい、熱がありますね。さっきしがみついていたのは炎の中でしたけど、ここまで熱くなかったし。傷のせいかな……。その前には大火傷負って……私のせいで」

「あ……れは、俺が勝手にやったことで、お前が気に病むことでは……」

 顰められた眉、小さく悔やむ声を慮り、シウォンがフォローを入れる。

 しかし、泉は聞き入れた様子なく、と思えばいきなり右腕の下へと潜り込んだ。

 ぎょっとするシウォンに対し、腕を担ぎ上げた彼女は言う。

「行きましょう。立てますか?」

「あ、ああ、立てるが…………行くとは?……どこへ?」

 我ながら間抜けな質問だと感じても、促されるまま立ち上がったシウォンには、いまいち腕下の彼女が何をしたいのか分からなかった。

「もちろん、ワーズさんのところです」

「……食材として売るか?」

 返ってきた答えに半分冗談、半分本気で問えば、心底呆れた声が口を尖らせる。

「違いますよ。確かにワーズさん、横暴だったりしますけど、頼めば融通利かせてくれますもん。文句言っても、きっと手当てしてくれます……痛いかも、しれませんけど」

 最後は濁すような口調だが、人狼の耳にははっきり届いていた。

 しかし、シウォンにとって、痛みなぞどうでも良いこと。

 肝心なのは、泉が己を助けるべく動いている、その不可思議さにあった。

 義理立てのつもりなのか?

 自身を助けてくれたから、と?

 だが、シウォンが彼女を連れ去るよう命じなければ、今の状況はなかったのだ。

 猫に押さえつけられた際、クァンが真っ先に尋ねたのは泉の安否に違いなく、あの鬼火と親しいなら、人魚が襲いに来たところで彼女の無事は保障されているも同然。

 使用できた理由は分からないが、一人を死に追いやり泉を悔やませた紅珠玉も、シウォンが渡した物である。

 どう言い訳しようとも、今の彼女が気に病む事柄は全て、シウォンが原因だった。

 関係ない――泉にそう言われ、拒まれようとも、その事実は変わらないのに。

 考えても返らぬ答え。

 八方塞がりの状態で、ぐっと腕を引かれては上手く歩けず、泉ごと地へ伏した。

「あだっ! ててててて……って、シウォンさん!」

 非難するような声に、硬質な地面へつけた顔が自嘲を刻む。

(荷物だろう、どうしたって、俺は……)

 地上へ出る道筋が分からないって言うなら、教えてやるさ。

 だからもう、関わらない方が――

「大丈夫ですか? 歩けないほど痛みますか? それとも、少し休んだら行けそうですか?」

 なのに、ごろりと仰向けにされた目に映るのは、心配する表情と案じる言葉。

「何故……? 俺を置いて行かない?」

 不可解だと口をついた言葉に、泉は困惑を示した。

「ええと……置いていって欲しいんですか?」

「聞いているのは俺だ」

「いやだって……私はてっきり、シウォンさんって独りが嫌いなのかと」

「…………は?」

 珍妙な解釈を受け、シウォンの眼が真ん丸く見開かれた。

 何を言っているんだ、この娘は?

 見当違いも甚だしい。

 不快な気分から眉間に皺を寄せれば、泉が頬を掻いた。

「あの、あんまり怒らないで欲しいんですけど、他の人たちの話とか聞いてると、シウォンさんて、いっつも周りに誰かいるみたいじゃないですか」

「それは」

 周りの勝手なイメージ、告げる前に。

「しかも、私に触れたりすると、なんだかすごく、安心した感じになるでしょう?」

「それは……」

 さすがに、お前を好いているからだとは続かず。

「だから思ったんです。もしかしてシウォンさん……独りなのに慣れてないんじゃないかって」

「…………」

 今度は言葉が出てこなかった。

 本当は、違うと即座に否定したかった。

 しかし気づく。

 何故、こんな人間の小娘に惹かれたのか。

 その理由に。

 独り、そう称されるべき相手を浮べて。


 ワーズ・メイク・ワーズ。


 自称する同族からも、住人たちからも孤立した存在。

 孤立しながら嗤う、シウォンが認めた独りの男。

 他の誰も、認めはしない。

 アレが本当はどういう輩なのか、知ろうともしない。

 元より、誰かが添うこともない。

 親しげに、共にあるような者がいても、そこに信頼はない。

 笑いかける者も、過去、一人在ったが今は亡く――


 何より、店主が笑み以外の表情を浮かべるのは、初めてのことだった。

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