第6話 集合、解散
人魚と刀を交える人間と、輪郭あるなしに関わらず粉砕する人狼。
各々が狂喜と嘆きにより、我を見失い殺戮に興じる最中。
これらを余所に、黒衣の店主は転がったソレを拾い、ふらふらした淀みない足運びで渓谷の縁に立つ。
「ふぅん? まだ修復し切れてなかったんだ。……この距離だったら」
ぶつぶつ呟きつつ、銃口――ではなく、拾った物でシルクハットを掻くワーズ。
ちらり、混沌の視線がソレへ向けられては、口元の笑みが強まった。
「ん、ふふふ…………ああ、酷いな、これは」
そうして掲げたソレ――ランを庇うように突き飛ばし、代わりに焼け焦げた箇所を切断された、シウォンの左腕を月へと翳す。
切り離された腕はまだ硬直を見せず、くにゃりと艶かしく天を仰いだ。
「本当に、酷い…………あの子の血をこんなに付けて」
うっそりと微笑む血色の舌が、乳白色の爪に付着した錆をなぞる。
愛おしむように先端を軽くひと齧り。
背後から土を蹴る音が聞こえては、愉しそうに笑んだまま振り返った。
細められた混沌の眼に映る、うなだれ息をつく鬼火の白い姿。
「っの、野郎……お、置いていきやがって……!」
「やあ、クァン。遅すぎ。ハロー? もう齢かい?」
「っの、糞ガ…………なんだ、そりゃ」
空色の瞳が怪訝に歪むのを満喫したていで、ワーズは自分の手代わりに振っていた腕と共に傾いだ。
「見た通り、シウォンの腕。マゴの手にでも使うかい? お肌の曲がり角も、とうに終えた鬼火の背中をズタズタに引き裂いて、見た目ちょっぴりマシにしてくれるよ?」
「…………さっきから、殊更悪趣味だね。キレてんのかい?」
クァンの胡乱げな視線を受け、乳白色の爪がシルクハットのツバを掻く。
「キレてる、だなんて人聞きの悪い。ただちょっと……寝起きに合成獣臭くて、厄介事解決しなきゃならなくなって、走った矢先に押し倒されて、引き摺られて、叩きつけられて、泣きつかれて、手当てして、失望して、和んだら目の前で掻っ攫われて、また走らされて、したくもない勧誘させられたばかりかグロいモン見せられて、下らない漫才に付き合わされて、会えた人間は中身人魚で、責められて、待たされて、涎つけられて、説明させて、走って、介抱したら物投げつけられて、勧めたら断られて、また走って、見つけたと思ったら落っこちて……世の中、理不尽だよねぇって、思っただけさ。腹も減ったし」
「…………そうかい」
問うたのは自分のクセに、後悔を見せる鬼火へ、店主は片眉を上げて鼻を鳴らす。
「で? とっとと燃やせば、クァン。そのためだけにお前はここにいるんだろう?」
「一々引っかかる言い方を……いや、その前に、なんでシウォンの腕が千切れてんだ? 泉は?」
「はあ? 言っただろう、落ちたって。泉嬢、そん中だよ」
そう言って店主が爪で示したのは、渓谷然の穴。
束の間、首を傾げたクァン。
変わらぬトーンの宣言を理解したなら、ぎょっとした顔つきで縁へ駆け寄り、暗がりを覗き込む。
「こ、こん中っ!? こん中って、い、生きてるのかいっ!?」
「そりゃあ……もちろん? 泉嬢だけだったら、確実に死んでただろうけど。シウォンがいたからねぇ。腕一本もげたところで、アレは簡単に死なないさ。そんなのに抱えられてたんだし、泉嬢も無事」
だといいねぇ?、とは口の中だけに留める。
「そ、そう……いやでも、それじゃあ史歩はともかく、アイツはなんだってあんなに暴れてんだい?」
疑問が一つ解決すれば、五感を刺激する人魚の不快を物ともせず、荒れ狂うランを指し、もう一つ問い掛けるクァン。
これへ店主は肩を竦め、焦げたにしては滑らかに動く腕が、手の平を上へ向けた。
「さあ? ボクもよく分かんない。シウォンがさ、ランを庇う真似したんだよ。それでこの腕。んで、ランがそれこそ、ぷちっと切れちゃった」
「シウォンがランを? おかしな話だが……ランはあれでシウォンのことを慕っていたから分かる。……にしても、ずいぶん、派手じゃないかい?」
「さあ? ああ、でも、死んだと思ってるからかも。腕一本と引き換えに助けられちゃった上に、目の前で落ちてったからねぇ」
しみじみ語れば、クァンの半眼が睨みつけてきた。
「分かっているなら、どうしてさっさと教えてやらないんだい?」
すると店主はけろりと言ってのける。
「だって面白いだろう? 必死で。さっきの叫び声もとっても情熱的だったよ。慟哭ってああいうのを言うのかな?」
爪を口元に当て、クツクツ嗤う。
「…………知るか」
これに対し、どっと疲れが出てきたようにうなだれたクァンは、深呼吸を一つ。
素肌を見られてから散々避けてきた人狼に向かい、叫んだ。
「ラン! シウォンは無事だよ!」
と、同時に生白い身体を突き破っていたランの足が止まり、
「……え――――――ぐわぁっ!?」
続け様、雪崩れ込んで来た人魚の身体に押し潰された。
げえげえ呻く声が聞こえては、クァンは「しまった」と小さく舌打ちする。
「うっわ、クァン、タイミング悪すぎぃ」
「うっさいっ!」
愉しそうな店主をクァンは噛みつくように怒鳴りつけ、その勢いのまま立ち昇った炎が揺らめき、クァンの腕の一振りで、ランへ群がる人魚を燃やした。
「史歩も、退け! じゃなきゃ、一緒に燃やしちまうよ!」
「追いついたと思ったら、いきなりそれか?……まあいい。とりあえず、気はある程度晴れた。礼を言おうか、人魚共」
「「待……て……」」
輪郭があっても言葉に耳を貸さなければ意外と呆気ない、切り捨てた人魚へ背を向ける史歩。
同時にクァンの炎が二体を丸呑みにし、
「まだ、終わってないもの! かのえは私たちのところにいるんだから!」
ランに蹴られ、仲間の身体を粉砕して地に倒れた金髪の少女が、甲高い声を上げて史歩へと飛び掛かる。
「さて、どうだかな?」
応じた史歩は、腕を払うように上げて刀を振り、小さな身体を切断。
次いで追う炎が、袈裟斬りに分かたれた身を蒸発させた。
刃の瞳は冷たくそれを眺める。
「まあ、お前は終わり、だろう?」
にたり、口の端を持ち上げては刃をひと舐め――
「ぐふっ、ぉおおおおおおおええぇぇ……」
秀麗な顔が歪んだ。
「あーあ、史歩嬢。いくら癖でも陸に上がった人魚はおすすめしないよ? ほら、この前だって、それで助太刀ダメにしたんだから」
ヘラヘラいつも通りの店主の言葉に、燃え滾る炎を背に刀をつき、「うるさい」と喘いだ史歩は、口直しにクァンの店へ行くと言った。
「ああっくそっ……うぷっ…………そ、そうだ。……シウォンが無事ってんなら……お前も、綾音回収したら、連れて来い。ぉぇえっく、食わせて、やる。幽鬼、預けたんっぐぇ」
「ああ、うん、分かった。さすが史歩嬢、幽鬼に関しては抜け目ないね」
呑気に褒めたところで、返ってくる応えは苦しみながらの「うるさい」。
そんな史歩の背を見送る店主、ようやく宿敵を燃やせるに至り、悦に入る鬼火をちらりと見やった。
「さて。こっちはアレでイイとして。迎えに行かなきゃねぇ」
ふらりと歩みを進め、
「……おい、ワーズ」
ランに呼び止められたなら、面倒臭そうに振り返る。
「何?」
「お前、その腕……」
「食べたいって?」
「違う! 誰が同族のモノを喰うかよ! じゃなくて、どうするつもり――」
「――よりも、さあ、ラン? 良いコト、教えて上げようか?」
クァンの炎により、中途半端に終わった激昂を再燃するランへ、言葉を被せ、これ見よがしに件の腕で彼の後ろを示してやる。
世にも珍しいこの親切に対し、剣呑な光を宿す金色の目は、逃すものかとこちらを睨みつけてくるばかり。
ワーズは呆れ返ったような笑いを浮かべて、銃口を自身のこめかみへ向けた。
「やれやれ。せっかく、報酬を与えてやろうと思ったんだけどねぇ。いいか? 考えろよ、ラン? 幽鬼もいない。人魚も燃やされ中。泉嬢はシウォンと共にいて、ワーズ・メイク・ワーズはお前と行動を共にする気がない。つまり、お前は一人。これがどういうことか、分からないかな?」
「何を」
「幽鬼もねぇ。人魚嫌いだから、ご丁寧に燃やしてくれる鬼火の邪魔はしないでしょ? だから、炎にさえ近づかなければ、とっても安全」
「だから、何の話を」
「おやまあ、これだけ言ったのに分かって貰えないのか、残念。でも疲れただろう? ゆっくり休めばいいよ」
とても優しい笑みがワーズに宿り、
「お相手、しっかり励んだ後で、ね?」
途端、ランの眼が後ろから伸びた手によって塞がれた。
「なっ!?」
驚きに振り払おうとする手は、左右とも取られ、不安定な身体が情けない声を上げたなら、がら空きの腹へ突撃する影がある。
無様に倒れたラン、もがこうにも次々伸びる手は逃げを許さない。
「「「「「ホングス様、見ぃつけたぁ」」」」」
人魚ではないくせに、聞き間違えるほど揃った声で、ランへ群がったのは人狼の女たち。
そろりそろり、背後から近づいて来たのを、せっかく教えてやったと言うのに。
「察しの悪い狡月様だねぇ? ま、いいや。それよりお迎えお迎え、と」
揉みクチャにされる人狼へ背を向けた店主は、銃と人狼の腕を両の手それぞれに携えたまま、ふらふらした足取りでその場を後にした。




