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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第5話 欺く者

 どちらとも何も言わず、ただ見つめるのは、黒い水面に映る、白い月。

 全て語り終えたかのえは、すっきりした面持ち。

 対する竹平は……。

 ちらり、その顔を見てしまったかのえ。ついつい沈黙を破る。

「竹平君……まだ若いんだから、ね?」

「うるせぇよ……話かけんな」

 完全に凹んでいた。

 それはそうだろう。

 何せ、かのえが語った竹平への思いは、愛しい人と重ねたとはいえ、弟か子ども扱いが前提だったのだ。しかも、恋人同士であるからには、然るべき事柄もきっちりあったのに。

 冗談にしても笑えず、真実と知っては余計キツイ。

 加え、かのえは最初に言ってしまったのだ。

 竹平は自分と母親を重ねただけだと。

 破壊力はかのえの想像以上かもしれない。

(……ごめん、竹平君)

 心の中だけで謝罪しておく。

 口に出せば、更に傷つけるだけのような気がした。

 手遅れ、だとは思いつつ。

 かのえと目を合わせず、うなだれた竹平へ、掛ける言葉が見つからない。

(黙っていた方が良いかしら?)

 頬を掻きかき、どうするか迷う。

 その時、頭の中にぷかり、泡の情報が浮かんだ。

 ぱちくりと黒曜石の瞳が開かれる。

「……落ちた。…………やっぱり、そう動いたのね。なるほど?」

「……かのえ?」

 竹平に呼ばれ、かのえは言葉に詰まった。

 今得た情報は、ともすれば、今以上に彼を傷つけてしまうだろう。

 ――しかし。

「「「あらまあ、死んじゃったわ、あの子。でも、まあ、いいわよね。かのえはこちらに居るのだし」」」

「え?…………あの子、って……泉?」

 人魚たちの呟きにより、言い淀んでいた情報があっさり知られてしまった。

 問うような茶色の視線へ、かのえは大きく息を吐いた。

「最悪…………どうして言っちゃうのかしら?」

「「「あら、必要なことだもの。それより皆が帰って来るのよ? 出迎える準備を――かのえ?」」」

 人魚たちから不思議そうな声が届く。

 向けられたかのえは、不敵な笑みを浮かべ、帯びていた爪を取り出した。

「「「ああ、そういえば貴女、そうだったものね? でも残念。貴女の中の”私たち”が貴女を止めてしまうのよ? 聞いてなかった?」」」

 すると、「知っているわ」と手を上げ、砂浜に膝をつく。

 大人しいかのえに人魚たちは警戒しつつも、”道”からやって来るだろう仲間を待つ素振り。

「な、なあ、かのえ……死んだってどういうことだ?」

「「「そのままの意味よ」」」

「お前らには聞いてねぇよ!」

 叫ぶのと同時に、竹平が掴んだ砂を投げつける。

 今度は当たる気がないらしく、人魚は揃って避けた。

 歯噛みする竹平は、再度投げる真似はせず、かのえへ目だけで問う。

 受け取ったかのえは、手にしたデニム生地を白旗のように砂浜へ広げた。

「うん……と、ね。……どうやら、すっごく深い穴に落ちたみたいなの。助かるのは……難しいくらい」

「そんな……」

 茫然とする竹平。

 我を見失っていた時に提案したことが実行され、かのえの中に戸惑いが生じる。


 人魚が記憶を漁るため、本当に必要な人数は、彼女らが好いた者とそれに想われる者の二人だけ。他に心を移す相手がいたとしても、それは多面にわたって愉しめるという話でしかない。かといって、その相手が生きている場合、愉しむための記憶は完結されず、穴が空いてしまう。

 このため、人魚が取るべき方法は二つ。

 一つは、その相手を同様に凪海へ引き込むこと。

 もう一つは、その相手の死を好いた者へ伝え、受け入れさせること。

 その者の死で持って、想いを揺るぎない完結へ導くこと。

 元来、記憶を漁るのを愉しみとする人魚は、前者の方法を好んで取り続けてきた。

 連れて来る面倒を省ける後者は選ばずに。

 しかし、かのえという、人魚たちにとって異なる存在が入り込んだため、避けていた後者は容易く受け入れられた。

 合理的とも呼べる判断は、かのえが繋がりを断って後も、輪郭を与えてしまった人魚たちに継がれ――


 だが、もたらしてしまった結果を嘆く時間はない。

 かのえの肯定により、竹平は泉の死を認識してしまった。

 嘘をつくこともできたのに、これ以上、彼へ嘘をつくことはできなかった。

 なればこそ、賽は投げられる。

 ずるり、かのえの右手から皮が抜き取られた。

 手の骨がぼとりと落ち、

「「「遊んでいるの?」」」

 せせら笑う人魚たち。

 かのえは気にせず、逆に質問する。

「ねえ、確認したいの。貴方たち、その”道”"って扉、本当は開けないのよね? 繋がりで情報が目まぐるしく駆け抜けるから、目的地が定まんない。輪郭持ちは、輪郭っていう殻があるから、大丈夫で」

「「「……ええ、そうよ? だから、なに?」」」

 不快を示す問いかけ。

 しかし、かのえは気にせず、更に質問する。

「で、すでにある”道”は輪郭なしでも通れて、扉を閉めない限り”道”は健在、よね?」

「「「ええ。そう。でもそれがどうしたっていうの? たとえここを閉めたとしても、短い距離で移動できなくなったってだけ。街から海まで歩いてくれば良い――」」」

「そ。なら大丈夫、ね?」

 ふんわり、かのえが人魚たちへ笑いかける。

 その指に嵌められたのは、指ごと切断した人狼の爪。

「損傷……軽いといいな」

 かのえはそう呟き、デニム生地の最後の折り目を開いた。

 現れるのは、小さな紅い珠玉。

「「「なっ!?」」」

 ざわめきが人魚たちから起こるのも気にせず、かのえは珠玉へと爪を当て、

「「「かのえを止めて!」」」

 本能的な恐怖から叫ぶ声に、きょとんとした顔で応じる。

「かのえ……?」

 人魚たちの尋常ならざる様子を受け、竹平までもが恐々と名を呼んできた。

 かのえは苦笑しながら竹平を見る。

「彼女、言ってたでしょう? 欺くことを覚えちゃうって。本当、良くないわよね? だって――」

 ここで視線を人魚たちへと変え、かのえは悪戯っぽく笑ってみせた。

「繋がり。断ったままなのに修復されたって思い込むよう、同族操れちゃうんですもの。ホント、良くない」

「「「まさかっ、騙したの!?」」」

「ふふふ。彼女、言ってるわ、ごめんねぇ? って」

 楽しそうにそう言い、

「バイバイ、”私たち”。単純過ぎるってのも、考え物よね?」

 晴れやかな笑顔がかのえを彩った。

 これを合図に、珠玉から炎が生じる。

「「「ひ」」」

 炎は思い思いに逃げに走る、生白い背を燃やし、溶かしていく。

 人魚嫌いのクァンへ願い、手に入れた紅珠玉は、本当に人魚を好んで屠る。

 さほど時を要せず、残っていた三人の人魚が焼失した。

「くっ」

「かのえ!?」

 だがそれは、人魚の肉を持つかのえとて、例外ではない。

 己以外の人魚を燃やせば、人の皮膚を取っ払った右手が蒸発してしまった。

 紅珠玉を扱うため用いた人狼の指は、爪が若干溶けかかった程度で砂を刺す。

 かのえ自身に痛みはないが、覚悟を決めていたはずの”彼女”が内で悲鳴を上げていた。

 ともすれば、蹲ってしまいたくなる悲痛な音色だが、かのえは構わず立ち上がる。

 それでも傾いだなら、身体を支える手があった。

「竹平君……」

「あの妙な空間を閉じるんだろう? そんな状態で無理すんな。俺がやった方が早い。やり方を教えろよ」

「…………うん」

 見上げた先に頼もしさを感じて、かのえは申し訳なく思う。

 全て語って――しかし、まだ、欺いていることがあった。

 おそらく、竹平は一生知ることはないだろう。

 ――竹平の想いだけは、かのえと違って本物だった、と。

 知る必要は、ない。

 ”道”を塞ぐために向けられた背を見つめ、願った。

(……クァン、あとは…………よろしく、ね?)

 かのえは右手首を抱えたまま、そっと、目を閉じる。

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