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奇人街狂想曲  作者: かなぶん
第十節:それぞれの終焉

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第2話 赤の世界

 悲鳴が聞こえる。

 焼かれる肉の音と共に。

 すすり泣くような男の声が……

「泉!」

 悲痛な叫びで名を呼ばれ、力一杯瞑っていた瞼を持ち上げた。

 眼前、炎の中にシウォンがいる。

 焼け爛れた左腕を庇いながら、こちらへ近づこうとするものの……。

 阻まれて、来られない。

 何に……?

 それはとても不思議な光景だった。

 炎の直中にあるならば、焼かれているはずのシウォン。

 しかして緑の双眸に苦痛はなく、ただ、言葉を失くして驚きに見開くのみ。

 ――なのに聞こえる、男の悲鳴。

「熱っ!?」

 引きつる痛みが左手から伝わり、背中に冷たいモノが走る。

 慌てて視線を下へ落とせば、その手から覗く、溶けた銀色。

 理解するより早く手を開こうとするが、痺れる痛みから動いてくれない。

「ぐっ……ああっ」

 せめて、地につく左手を持ち上げたなら、何か改善されるだろうと思ったのに、できることは苦痛に呻くことだけ。

 視界から得られる情報は、赤い空。

 瞠目した。

「まさか……炎の、中?」

 泉は左手の苦痛に脂汗を滲ませながら、ぎこちない動きで辺りを見渡す。

 空の色より褪せた赤が、自分の身体と周囲を染めている。

 しかし熱いのは左手のみで、他に異常は感じられない。

 と思えば、思い出したかのように左手の痛みが全身へと弾け飛ぶ。

「っ……」

 じくじくと脈打つ流れの広がりに、動揺する心。

 同調でもしているのか、狼狽えた分、左手の熱が増していく。

「あくぅ……な……に、これ?」

 涙すら忘れる激痛の元を睨みつければ、歪めた視界に動く影がある。

「馬鹿な……扱うなぞ、あり得んはずだ。その紅珠玉は、多重の細工が施してあったんだぞ……第一、人間が扱えば一瞬にして消し炭にしてしまう代物……なのに、何故?」

 茫然とするシウォンから、乳白色の爪が伸びた。

 先端が炎に触れ、じゅっと小さく悲鳴を上げる。

 だが、泉しか見ていないのか、シウォンはそれに気づく様子もなく、

「くっ、ダメです、シウォンさん!! 触らないで!」

 叫んだところで阻めぬ進行。

 と、助けは別のところからやって来た。

 それも思わぬ形で。

 シウォンのすぐ横の地面が、唐突に爆ぜたのだ。

「がっ!?」

 抉られた地面の強襲も察知できなかった人狼が、炎のない場所へ叩きつけられた。

「シウォ――っ、きゃああああっっ!?」

 驚き、追おうとした泉は、千切れるような痛みに襲われ、空へ向けて眼と口を開いた。

 苦悶に霞む視界。

「ぁ…………か……ひぃ……」

 吸い込む空気は掠れた響きで喉を震わせた。

 耐え抜くべく歯を噛み締めると、端から唾液が垂れる。

 眩むような苦痛の中、思い起こす情報。

 左手に握り締めた銀とシウォンが口にした紅珠玉――かんざしと深紅の花芯。

 ツェンが言っていた、鬼火の炎を操れる品――ゆえの代償。

 シウォンの傷が左腕だけなのを喘ぎつ見やれば、彼へ向けられたツェンの炎を自分がかんざしの宝石を用い、操ったと推測する。

 途方もない話……なれど。

 では、先ほどの男の悲鳴は――?

 今は消えた甲高い声を探すべく、空へ逃げるように突っ張る身体を前へ倒せば、

「……ひ……っぅ……」

 喉が怯えに震えた。

 シウォンの陰となっていた向こう側。

 泉から伸びた炎の中に、倒れた身体があった。

 耐火性なのか、じわじわ焼ける灰色の着物。

 その中身は。

 白く長い髪以外。

 ほとんどが、黒く、赤く、爛れ――……

「ひっ、ぃ……やぁ……!!」

 喉を劈く慟哭が上がる。

 呼応するように泉の纏う炎が激しさを増し、左手を貫く痛みも増長される。

「ぁあっ」

 大きく跳ねても止まない痛みは、速度を上げて泉の内側を浸食する。紅珠玉を握る左手の中央から、植物が根を張るように、血肉や骨を蝕む激痛が絡みつく。

 身体が小刻みに震え、渇いた喉が咳をもたらす。

 逃れるべく暴れようとすれば、辛うじて結われていた髪が崩れて、長いクセ毛が地面に流れた。

(おかしく……なりそう)

 絶えることのない苦痛、もがく余裕も与えられない責め。

 叫ぶ声すら与えられず……。

 だが、この期に及んで泉は思う。

 まだマシだ、と。

 あの時に……あの時の裏切りに比べたら、こんな痛みなんて――

「っく…………うううううううぅ……」

 しかし、浮かんだ想いを押さえ込む苦痛から、彼女はその名を請う。

「――――っ!!」

 声には至らなかった彼の名。


 応じたのは、小さな――崩壊。

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