幕間:四 その顛末、愚者による無限回廊
眠ったのは二時間ほどだったか。朝日とともに、コルネリウスは目を覚ました。
流した涙が体内にわだかまっていた澱を押し流したのか、ここ数日にないほど爽快な目覚めだった。
慌てて窓に寄り、全開にする。室内に淀んでいた香が抜けていき、代わりに清涼な朝の空気が入ってきた。
窓掛が風を孕んで膨らむ。朝日が差し込み影を暴くと、そこは見慣れた居室以外の何物でもなかった。
いつの間にか、あたかも見知らぬ牢獄に閉じ込められていたような気分になっていた。そうだ、なにを恐れることがあるだろう。ここは自分の部屋で、ここは自分の城なのだ。
夜が近づくにつれて意識の混濁が強くなっていくことに、すでにコルネリウスは気づいていた。であれば朝のうちに、この脳が少しでも明晰さを留めているうちに、やるべきことを済ませるべきだ。
室内の窓という窓を開け放とうとし、思いとどまる。なにも自分の手でやることはないではないか。己は王なのだから。
全裸のまま、鈴を鳴らして人を呼ぶ。かけてあった鍵を解き、扉も開け放つ。香が抜ければ抜けるほど、全身にしつこくこびりついていた倦怠感も失せていくようだった。
「コ、コルネリウスさま、お呼びでございましょうか」
「遅い、わしが呼んだらすぐに来い!」
泡を食って駆けてきたのは、兄王の時代からメイドの頭を務めているものだ。よく気が付き、顔だちも肉付きも上等であってから、身の回りの世話はもっぱらこの女にさせていた。しかし、こうして顔を見るのは四日ぶりだ。
かつてはメイドの正装を隙もなく着こなしていたはずだが、今はコルネリウスの命令で、下着姿でいる。御前に姿を表すときは必ずそうせよ、とコルネリウスが命じたからだ。
もう、そのように過ごさせて数週間になるのに、いまだに肌を隠そうと恥じらっている様子が、余計に劣情をかきたてる。
このまますぐにでも犯してやりたい気分にもなったが、先にやるべきことがある。まずはこれ以上、あの正体不明の声に操られぬように、英気を養う必要がある。
「これから風呂に入る。わしの身体を手入れするものを三人ほど、急ぎ見繕え。風呂が終わったら食事だ。しばらく取っていなかったから、腹の調子には不安が残る。負担の少ないものを準備させておけ」
「はい、はい、かしこまりました!」
久しぶりに聞く、コルネリウスのまともな声だったのだろう。疑問と、なぜか安堵を声ににじませて、女はひざまずいた。
たとえ絵に描いたような暴君、饗王であろうとも、何を考えているかわからぬ者に仕えるよりはマシ、ということだろうか。それほどまでに、抜け殻だった昨日までの自分は恐ろしかったのか。
「それから、お前はわしの部屋を掃除しておけ。寝具の類はすべて取り換え、調度のものも可能な限り取り替えろ。難しいものは徹底的に磨き清めよ。それから、寝台近くの姿見は撤去し、粉々に打ち砕け。理由は問うな。良いか」
「は、はい!」
「ああ、それから、顔をあげて、こちらに来い」
「かしこまりました」
寄ってきた女の下着をむしり取る。女の身体がびくりと震え、媚びるように上目でコルネリウスの顔を見た。
「なんだ、不服か?」
「い、いえ、こ、光栄でございます。ありがとうございます」
「うむ」
三十を目前にした女ざかりの肌である。触れば手に吸い付くようだった。玉座に座ってしばらくは、朝も夜もなくこの体を使ったものだ。
膨らんだ胸を弾いてやると、女が身体を震わせた。その様子がおかしくて、コルネリウスは何度も同じことを繰り返す。
コルネリウスの居室に近いとはいえ、廊下である。誰が通りかかるかわかったものではない。しかし、いまさらそれがなんだというのか。
己に性欲が戻ってきていることが、コルネリウスには心地よかった。ここ数日、食欲も性欲もすっかり失せて、それゆえに気がうつうつとしていた。そうに違いない。だから、これが平常なのだ、正常なのだ。そう思えば、ますます愉快になった。
「はははは、相変わらず、みだらな体だ。この程度の遊戯で普通の女はそれほどに反応したりはせぬぞ。うん?」
「申し訳ありません。まったく、ふしだらな身体に生まれついてしまいました。コルネリウスさまにかわいがっていただけるのは、身に余る光栄でございます」
言いつけは守られている。決して口答えせず、コルネリウスにおもねるように返答をする。そのことに満足し、コルネリウスは踵を返した。
そのまま犯されると思っていたのだろう。女はすこし気の抜けた息を吐いて、背中を追ってきた。
「コルネリウス様。お召し物はいかがなさいましょうか」
「これから風呂に入るのだ。どうせ脱ぐものはいらぬだろう」
「し、しかし」
「わしの城だ。この城にあるものは、命あるものを含めてすべてわしのものだ。そこをわしが、どのように歩こうとわしの勝手だ。そうではないか?」
女は引き下がり、頭を下げた。過ぎた口であってことに、ようやく気づいたらしい。
しおらしい態度を取って、恐怖に震えはじめた。
「いい心掛けだが、気づくのが遅かったな」
むき出しになった乳房を平手で打ち付けてから、下の下着も強引にはぎ取る。
一糸まとわぬ姿になった女をその場に土下座させ、その美しい黒髪を踏みにじってから、今日は一日、服をまとってはならぬと言いつける。女は震える声で、かしこまりました、と言った。泣いているようだった。胸がすくような気分になった。
人を虐げるのは、この上もない悦楽だ。
それから、風呂に足を向けた。脳内は時間を追うごとにクリアになっていき、思考がまとまってくる。
この調子で、今日中に、これまでの顛末とこれからの方針についての考えをまとめてしまえればいい。
口元に笑みをたたえつつ、従者を大声で呼ばわりながら、裸で城中を練り歩く。
食事も睡眠も足りていなかった身体と顔つきはもはや病的であったが、その奥で、金の眼だけが炯々と光っている。
まさに悪魔の形相だと、窓に映る自分の顔を見て、コルネリウスは笑った。
***
風呂に入って身を清めながら女を三人犯し、食事を取ってからまたふたり犯した。それでようやく飢えていたものが落ち着いた。コルネリウスはようやく人がましく服を着て、髭を当たって髪をまとめ、玉座に落ち着いた。
睥睨すれば、あられもない姿で震えている女たちの姿が目に入る。そうだ、これでいい。何をおびえることがあるだろうか。
すべて手に入れた。これを失わないために、リリイ・アメルハウザーを亡き者にしなければならない。
そのために、竜を喚んだ。順番通りだ。何もおかしいことではない。
コルネリウスは沈思する。もともとは、城の書庫の深くにあった文献を見つけたことから始まったのだ。なぜそんな文献の存在が自分の記憶にあったのかは定かではないが、いまはどうでもいいことだ。
文献には、竜を喚ぶ方法と、その竜の来歴が記してあった。眉に唾をつけながら読んだものだが、どうやら記述は本当だったらしい。
記述を信じれば、いかに竜が強大な力を持とうとも、恐れることはないのだ。
あの竜はアメルハウザーに従うようになっている。邪竜戦争は千年前に終結したが、その際に人間の側についた竜もいた。あれはそのうちの一頭だ。
コルネリウスは追憶する。そうだ、大丈夫だ。わしはまだ、何一つ間違っていない。昨夜の困惑こそが、醜態だった。悔いるべきことなどなにもない。
あの日、竜を喚んだ。事態は、思い描いた通りに進んでいる。
千年の恩讐を、コルネリウスは知っている。




