43 魔剣と、魔剣使いについての話
魔剣。
魔力を宿した剣、ではない。魔力をもって操る剣、の総称だ。
物質に魔力を通すのはよほどの手練れでも難しい、とされる。俺の場合、身近にババアがいて、そいつが人間離れした技を日常的に使っていたので実感が薄いが、市井においてそれほどの使い手に会うことは珍しいだろう、と言っていた。
魔力というのは、体内から外に出ると拡散する性質を強く持つ。それを留め、しかも物体の結合を破壊しないまま維持するのは、想像をはるかに超えて難しい。
普通の人間がそれに挑戦しようとすると、良くて何も変化しない、悪いと物体を破壊してしまう、ということになる。
成功したとしても、魔力は消費され続けることになる。戦闘中ずっと剣に魔力を送り続けるということになるのだから、途方もない魔力量が必要になる。
推測に過ぎないが、ファビアンにだって無理だろう。
まして、リリイやユリアナにできる芸当ではない。
魔剣というのは、術者に送り込まれた魔力に耐え、特定の属性に変換するものだ。多くは特殊な鉱石から作られる。しかし、作られた時点はただの珍しい物質で作られた、珍しい剣に過ぎない。
魔剣は、それを操る技量を持った人間の手に渡ってはじめて、魔剣となる。そのうえ、魔剣は別に剣技を補正してくれるものではない。魔力の扱いに優れていても、肝心の剣術に劣れば宝の持ち腐れだ。
稀有な鉱石によって鋳造された稀有な剣が、稀有な人間の手に渡る。その稀有な人間は、繊細な魔力の扱いに長け、莫大な魔力量を持ち、剣技に秀でている必要がある。
この確率の低さが、世界でも魔剣の使い手が珍しいとされる理由だった。
「なるほど、他国にまで鳴り響く名というのは、そういうことでしたか」
納得して、息を吐く。魔剣の使い手ならばたしかに、名は轟くだろう。細腕にも合点がいく。筋力も腕力もいらない。魔力と技術さえあれば、十分以上に戦えるだろう。
そのうえ、目を見張る指揮能力があるとなれば、騎士団の副団長というのもうなずける。むしろ、なぜ団長を務めていないのか不思議になるほどだ。
「ご納得いただけたようですね」
ザビーネは剣を収めて、朗らかに笑った。
その眼が、細められる。凍てついた視線に射すくめられ、俺はこの女が、たしかに手練れであることを思い知らされる。
「では次に、わたくしの質問に答えていただけますでしょうか、レオンハルトさん?」
「どうぞ、お答えできることであれば」
「なぜ、ここに?」
端的な問いだった。
なぜお前はここにいるのだ、という意味ではない。なぜお前は、従者であるはずなのに、リリイ・アメルハウザーをここへ連れてきたのだ、という意味だ。
竜の恐ろしさを知らぬわけではないだろう。
命を賭してでも諌め、最悪でもアスムスに足を留めさせるのが従者の役割だ。それを放棄するとはどういうことか。
ザビーネの視線は、はっきりとそのことを責めていた。
「リリイが、あなたを放ってはおけないと言った」
「答えになっておりません。従者の命と主人の命を天秤にかけるなど、あまりにも愚かです。わたくしの命など捨て置き、するべきことをお示しするのがよい従僕のあり方でしょう。よりにもよって、こんな死地にお連れするなど」
淡々と語るザビーネの顔に、怒りの色はない。あくまでも微笑をたたえたまま、語気も静かに語る。
だからといって、その表情や態度をそのまま受け取るには、視線が冷たすぎた。
「俺もそうするべきだと思った。でも、リリイはそういうことがわからない、そういうことができない主人だ。俺が仕えた主は、ここであなたを見捨てることができない人間だった。だから、彼女をいさめることはできない。それは、主に主であることを捨てさせることになる」
「言い訳にしても稚拙です」
「けど、伝わるはずだ。あんたは、俺よりもリリイとの付き合いが長い」
リリイは、このやり取りになど興味がわかないとでも言いたげに、明後日の方向を見ている。ある意味では、それが回答だった。
やがて、ザビーネは諦めたように首を振った。
「失礼しました。八つ当たりをするつもりはなかったのですが」
「いや、気持ちはわかります、俺も」
「悪いのは、手紙を出してしまったわたくし、ということですね。あんなことを伝えれば、リリイ様――リリイがここへ来ることは想像できたはず。報告を焦ったこちらの落ち度です」
「普通はそうは考えない。難儀な主人を持ったな」
「失礼な言いざまですが、ええ、まったく。お互いに」
風薫る、星のような笑顔である。今日にいたるまで、ザビーネもずいぶん、リリイには手を焼かされたと見える。
「ザビーネさん、聞きたいことがある」
「ザビーネで結構です。わたくしも、レオンさんとお呼びします」
「ならザビーネ。馬は生きているか?」
あたりにはすでに夜が満ちている。朝日が昇れば竜が動く。それまでに、何とかして距離を稼いでおきたい。
「いえ、全滅しました。兵を生かすのが精いっぱいで」
「そうか」
見回せば、ザビーネに付き従っているのは二十人ほどの兵だ。女性が二、三人で、あとは男。十代から三十代くらいだろうか。実年齢は知らず、見た目は二十代中盤といった感じのザビーネが混じると、一見して指揮官だとは分かるまい。
これが、彼女が作り上げようとしていた兵団のすべてではないことは明らかだった。何人が命を落としたのか、数えることに意味はない。少なくとも、窮地を脱し切れていない今はまだ。
本当なら、この二十人のうち、十人を見殺しにしてでも十頭の馬を助けるべきだった。そうすれば十人が生き延びる確率が高くなる。一時の人命を優先して全滅の可能性を高めるのは、あるいは優秀な将の判断ではないと言うべきかもしれない。
それでも、と俺は笑った。
「なるほど、この主にしてこの従者あり、かな」
「なんと?」
「独りごとです」
見たところ、深夜行に耐えられないほどの重傷者はいない。出没する魔物を俺が引き受けることにすれば、今すぐにでも出立できそうだった。
「さあ、ザビーネ、今すぐここを離れよう。夜のうちに距離を稼いで、竜の警戒域からなるべく遠くまで」
言いかけた瞬間に、ザビーネが顔を曇らせるのがわかった。
「それが、そうもできないのです」
「道中の魔物は俺が引き受けます」
「そうではなく」
「怪我人が?」
「いえ、それも違います」
ザビーネはそれを口にするか逡巡した末、奮える唇を噛んでから言った。
「わたくしは、もう少し、あの竜を調べねばなりません」




