42 名前だけ知っていた女性についに会ったけれども印象が意外だった話
魔物を蹴散らしながら、道なき道を行く。太陽は刻々と高度を下げていくが、まだ残照が空を染めているうちに、なんとか遠目に人の影を捉えられた。
人工か天然か、山肌に穿たれた洞がある。それを背負う形で、何人かが武器を構えていた。
号令と剣戟の響きは、ずいぶん前から聞こえてきていた。人間と魔獣が戦っている音だとは分かっていた。しかし、目の当たりにしてみると、この光景はなかなかの驚きだった。
人間たちを襲っている魔物の群れは、決して弱いものではない。数は数頭と少ないが、一頭一頭の戦闘力は、人間の平均をはるかに上回る。
しかし、人間たちはその猛攻に、よく耐えていた。
奇跡的、といっても大げさではない。
実際、魔物と一対一で戦って命を拾えるほどの戦闘力を持ったものは、人間たちの中にはいない。集団で守り、集団で仕掛けることによって、無残なほどの戦力の差を限りなくゼロにしている。
それはつまり、指揮官の腕のよらしむるところ、ということだ。
ためらわず、駆け寄る。とにかく、お互いに命があるうちに合流できてよかった。駆け付け一頭、飛び蹴りをかまして魔獣を葬り去る。
ヒトガタの魔獣だ。二本足で立ち、棍棒を振り回す程度の知能はある。羅羅や炎駒に比べれば大したことはないが、並みの人間が相手取るには強敵だろう。
「ザビーネ!」
叫んで、リリイが俺の腕から飛び降りる。人間の群れの後方の人影に向かって走っていくリリイの姿から、俺は途中で視線を切った。
優先するべきことは他にある。
「あ、あんたは?」と兵士のひとりが問う。
「レオンハルト。リリイ・アメルハウザーの従者だ。とにかく、加勢する」
「ありがたい! こいつは怪頭、武器を使う魔獣だ。一頭あたり、五人で相手をするとなんとか……」
「ああ、そういうのは、俺はいいや」
「え?」
くん、と腰を落として群れの中に突進する。素手のままでもよかったのだが、ついでなのですれ違った怪頭とやらから棍棒を奪う。全力で振り回すと、人間の三倍はあろうかという魔獣の頭部が砕け散った。
ずいぶん、バランスの悪いフォルムだ。身体は人並みなのに、頭だけがでかい。なるほど、怪頭。そのまんまのネーミングだった。
俺が強敵であることに気づいたのか、怪頭たちの視線が集まる。が、遅い。
「ふんっ!」
十頭にも満たない群れ、十秒もあれば十分だった。最後の一頭は、自分がそうであったことにも気づかないまま俺に頭をつぶされて絶命する。
宵闇の迫る大地に、しとどあふれた体液が、黒い染みを作った。この臭いを頼りにして、今夜は魔獣が集まるだろう。
手に負える程度のものであれがいいが。
遠く山並みに影を加える竜の巨体を仰ぎ見た。あれが動き出せば、どうにもならない。
「あなたが、レオンハルトさんですか?」
リリイと同じくらいの背丈だった。リリイと同じように白い肌。髪は銀色で、短い。大きくて丸い目が興味深そうにこちらを見ている。
腰はほっそりしているし、腕も足も、筋肉で膨らんでいる、という様子ではない。ほう、と俺はため息を吐いた。イメージしていた姿とは、ずいぶん違う。
「そうです、レオンハルトです。はじめまして、ザビーネさん」
ザビーネはにっこりと笑って、しずしずと頭を下げた。
その声は、たしかに先ほどまで聞いていた、兵士たちに指示を下していた鋭いものと同じだった。信じがたいが、彼女が先ほどまでの戦闘を、見事に指揮していたということだろう。
「はじめまして、ご存じのようですが、わたくしはザビーネと申します。レオンハルトさんのことは、リリイ様よりのお手紙で。それにしても、聞きしに勝る腕前ですね」
散乱した怪頭の死体を見回している。俺に言わせれば、ただの腕力で蹴散らした俺よりも、まだまだ訓練兵といったレベルの者たちを集めて組織的な戦闘を展開していたザビーネのほうがものすごい。
が、今はお互いを褒めあっていても仕方がない。
「そうですか。俺も、ザビーネさんについては、リリイやゲルタ、エッダ、ユリアナたちから聞いています」
「リリ、イ……?」
ザビーネが形のいい眉を寄せる。あ、そりゃそうか。
助け舟を求めてリリイに視線をやる。
「呼び捨てにして、って言ったのはわたしなの。アスムスでは身分を隠しているから。レオンだけじゃなくて、みんながそうしてるわ。ザビーネも、できればリリイと呼んで欲しいのだけど」
「そんな、恐れ多い……」
「いまは非常時なの。ね、わかって?」
リリイがザビーネの両手を握りしめる。しばらくの間、困惑してその手を見つめていたザビーネは、細い声でわかりました、と言った。
「慣れませんが……では、しばらくの間は、リリイと、呼ばせていただきます」
「うん、よろしくね」
「はい」
まだ不安そうな顔をしている。リリイは満足したようで手を離して、辺りに視線を配っている。ザビーネが再び俺と視線を合わせて、小首をかしげた。
「なにか、わたくしの顔についておりますでしょうか?」
「あ、いや。剛勇の方だと聞いていましたので、すこし、イメージと違ったな、と」
ザビーネは口元に手を当てて、上品に笑った。
本当に、上品さという意味ではリリイといい勝負だ。型破りなところがない分、むしろリリイよりもお姫様然としている。
「もっと体の大きい、迫力のある女だと思っていらっしゃいましたか?」
「はあ、まあ」
アメルハウザーの騎士団の副団長を務め、メイドたちを連れて危急の城を抜け出し、ファビアンのところの刺客と互角以上に渡り合い、傭兵を集めて兵団を組織しようとしている女傑、と聞けば誰だってそう思うだろう。
二人称は「貴様」か「お前」で、ちょっとヘマをすると「リリイ様への無礼はこの私が許さんぞ!」とか言って剣を抜きそうな、そんなイメージだった。
「わたくしの剣は、筋力で振り回すのに向いておりませんので」
「剣?」
すらり、と腰に差した鞘から抜刀する。さわやかな風があたりに吹いた。
刀身は、空の色を宿して青い。それが針のように細かった。
「魔剣のたぐい……属性は風、ですか?」
「博識でいらっしゃいますのね。ご存じでしたか?」
「見たのは、はじめてです」
言いながら、俺の目はザビーネの剣に釘づけだった。
そりゃそうだ。こんなもん、伝説級の武器だぞ?




