38 今後の方針を確認した後に凶報に触れる話
「コルネリウスの裏にいるのが何者であれ、彼の正体が分からないまま戦端を開くのは危険すぎるわ。もちろん、わたしたちの準備も万端とは程遠い」
ともにうなずかざるを得ない。勝てるという絶対の確信がない限り、戦はするべきではない、と言った偉人がいたらしい。
まったく天才的に賢い人だと思う。
「だから、今後の方針は大きくふたつ。これが何年かかるかわからないけれど、まずはここアスムスを拠点に、クラウディアさんの助力も得ながら、資金を作って戦備の拡充をはかる。その一方で、コルネリウスの背後にいる者の正体を突き止め、できればそれを排除する」
リリイはそこで言葉を切って、一同を見回した。もちろん反対意見などない。
全員の賛同を得られたことを確認して、話は続いた。
「そのためにはレオン、まずあなたに働いてもらわなくちゃいけないわ」
「お、出番か。いいよ。コルネリウスの城に潜入して、敵の正体を探ってくる、とか?」
「ううん、違うわ」
「え、違うの?」
てっきりそういう仕事だと思ってた。なんなら密かに侵入し、隙あらばコルネリウスを暗殺してしまえば済むのではないかと思っていたのだ。
首をかしげる俺に、リリイは困ったような視線をよこし、それを察したユリアナが会話に割って入った。
「あのねレオン、アメルハウザーの城の警備は、ファビアンの館よりよっぽど厳重なのよ。あの朝、傷だらけになって帰ってきたあなたを、単騎で城に向かわせるわけにはいかないでしょ」
「む」
ユリアナはあの夜と朝のことを、詳しくは知らない。けれども、ファビアンと交戦したことや、その際に俺が怪我を負ったことまでは隠し通せるものじゃない。
ゲルタを救いエッダを助け出したことについては感謝されたが、それでも、しばらくユリアナの俺を見る表情は晴れなかった。心配をかけたのだ、ということくらい、俺にもわかる。
しかし、不本意な評価ではある。ファビアン邸へ侵入した時は強力な呪いを受けてしまったからあの体たらくだったのだ。体調が万全であれば、あの程度のことに苦戦することはなかった。
が、それがただの言い訳であることを、俺は認めざるを得ない。あの呪いよりも強力な呪いがアメルハウザーの城にないとは言いきれず、俺自身に戦闘や潜入の経験が乏しい以上、同じことが起きないとは限らない。
「不満そうね?」
「まあ、そうだな。でも、言い返す言葉はない」
「そういう誠実さはあなたの美徳よね」
微笑んで、ユリアナは話題を切り上げた。
ちなみに、リリイがあの夜の俺の怪我のことをどう考えているか、俺を単騎で繰り出したことをどう思っているかについては、話したことがない。話す必要もない。
リリイにも、大きな大きな心配をかけた。そういう弱みを彼女は俺たちには滅多に見せないが、後悔しているのだろうし、反省もしているのだろう。あるいは、傷ついてもいるのかもしれない。
ずっと奴隷だった俺には、正直、今でもよくわからない。リリイは従者に、あまりにも優しすぎる。
「でも、城への潜入じゃないとしたら、俺の仕事は何になるわけ?」
「決まってるじゃない。資金集めよ」
「ほう?」
「羅羅の毛皮と牙がいくらで売れたか覚えてない? あのレベルの魔獣を狩って、アスムスに売り続ければ、それなりの資金がすぐにできる」
「まあ、そうか」
実際、呪いや毒を使わない魔獣が相手であれば、あの夜のように不覚を取ることはないだろう。貴重品が狩れればこちらの戦備に回してもいいし、いらないものなら売ればいい。ある程度の資金が溜まったら、後は運用して富殖するだけだ。
当座の資金稼ぎとしては、確かに俺の狩りの能力はうってつけだった。
「一週間くらい、森に潜っていればそれなりのものを持って帰れると思う。でも、そんなのもっと早く言ってくれればよかったのに。昨日だっておとといだって、俺、暇だったぜ?」
「でも、学びたいことだってあったんでしょ?」
笑顔で言われる。悔しいけど、リリイはなんでもお見通しなのだった。
俺だって、ファビアンにいいようにされたことには、思うところがあるのだ。このままでいいとは思っていなかった。
足りないのは能力ではなく、知識と経験だ。それは、身体能力では決してカバーできない戦闘能力、つまり命を左右しかねない要素だ。そのことを学んだ。
だから俺は、勉強することにしたのだ。剣術や体術から、魔術、呪いの類のことを、少しずつ。そのためにアスムスの訓練場にも通い詰めた。
ババア直伝の我流の無茶だけでは、リリイを守れないし、目的を達成できない。ならば、俺もまた、成長しなければならない。
クラウディアはリリイだけじゃなくて俺にも好意的だったので、快く訓練場への出入りを許可してくれた。
たった二週間かそこらで、どれだけ身になったかはわからない。それでも、新しいことを学ぶのは楽しい。
俺の知らない楽しさが、この世にはずいぶんたくさんあるのだった。
「週のうち、三日でいいわ。三日は狩り、三日は自分の訓練に使って。レオンが経験を積むのは、わたしたちにとって決してマイナスにはならないから」
「それでいいならそうするけど、あれ、残り一日は?」
「自由時間。好きなことに時間を使えばいいわ」
「んん? 訓練以外の好きなこと? ぜんぜん思いつかないぞ?」
「そうかしら? じゃあ、そうね、たとえばデートとかはどう?」
いたずらっぽく、リリイが目を細める。ゲルタとエッダがピクリと身を固くし、ユリアナが不敵に鼻を鳴らした。
意味はわからない。
「デートねえ。付き合ってくれるやつがいるなら街の散策もいいんだろうけど、そういう気分でもないかなあ」
「そう、それは残念ね」
と言ったリリイの声は俺には向いていなかった。もう少しこの会話が続くのであれば、なんだかそれは嫌な予感のすることだなあと思っていたところ、しかし、俺のその心配は杞憂に終わった。
もっと嫌なことが起こったからだ。
鼓膜を震わせて、警戒音が部屋中に響き渡った。全員が身を固くする。
「この警戒音って……結界を破ろうとしている奴がいるときに鳴るやつだっけ?」
腰を浮かしながら問うと、目つきを鋭くしたリリイが、すっと窓際に寄った。
「そう、それと」
リリイの白い手が窓をあけ放つと、拳大の鳥が室内に入り込んだ。ぴぴっ、とか弱い声で鳴く。羽の色は赤く、足にくくられた小さな手紙には、はっきりと血の跡。
危機来る、の合図。
「緊急の鳥便が来着した時に鳴る、警戒音よ」
鳥を右こぶしの甲に載せて、リリイはその足から巻物をほどいた。するすると広げると、美しい眉間に、深い皺が寄った。
内容を問うより先に、答えがあった。
「魔物によって、レムシャイトが壊滅した」
それは。
ザビーネが潜伏しているという、山際の街の名前だった。
「なっ……」
衝撃に声を失った一同に追い打ちをかけるように、リリイの冷たい声は続いた。
「竜種が、出たわ」




