37 昼下がりのお茶会で情報を整理する話
「実はね、ザビーネとは三週間前くらいから手紙のやりとりをしているの。その時点では人に話すべき段階じゃないって判断したから、みんなにも言ってなかった。ごめんなさい」
謝罪は主にゲルタとエッダに向けられていた。もう少し早く、安否くらいは教えてほしかった、というのがふたりの本音だろうが、不満は飲み込んだようだ。
誰にしてもそうだが、リリイの場合、主従の信頼関係が篤い。
「端的に言えば、ザビーネが各地を回って調べてくれた結果、わたしに同情的な勢力や、城や領地から無事に脱出できた人たちが思ったより多かったみたい」
「それはあれだな、リリイの人徳だな」
うんうん、とうなずいて見せるが、リリイは苦笑するばかりで、ユリアナやヴァルターも俺に追従してこない。
あれ、おかしいな。普通のことを言ったつもりだったんだけど。
「わたしの人徳というより、コルネリウスの不人気って言ったほうがいいかもしれないわね」
「そんなにひどい奴なのか?」
「反吐が出るやつよ。本当におぞましい!」
ゲルタが勢い込んで主張する。剣幕は相当なものだ。後ろでエッダがものすごく深くうなずいていたり、ヴァルターが難しい顔をしていたりするあたり、共通見解、という感じなのだろう。
まあ、敵陣営のボスなのだから好感を抱けというのは無理があるにしても、ここまで蛇蝎のごとく嫌われているというのもなかなかすごい。人柄、推して知るべしということか。
「あたしたちみたいな使用人はね、あいつが城に来るって聞いただけで全身に鳥肌を立てたものよ。いやらしい目で見てくるし、肌をべたべた触られて、それで体調を崩した子だっているくらいなんだから」
「私も、あのひとはパスです。レオンさんになら触れられてもいいですけど」
「そんなの今は関係ないでしょ! レオン君だったらあたしだって文句言わないわよ! っていうかむしろ、って何を言わせるのよ!」
ふんふん、と鼻息を荒くしているゲルタとエッダの会話を片方の耳で聞き流す。ファビアン邸から帰ってきてこっち、隙あらばこんな感じなのだ。
どういうつもりかわからないけど、まともにリアクションをするますますからかってきそうなので、基本的には無視することにしている。
「レオン、モテモテじゃない」
「やめろよ、ユリアナまで」
楽しそうに笑って二の腕をつついてくる。良識派というか常識派だと思しきユリアナまでこの調子なので始末に負えない。
「でも、相手の評判が悪いってのは、悪くない要素だな、リリイ」
「そうね、お世辞にも評判のいい人物ではなかったことはたしかだから。それに、わたしに味方が多いのは、お父様とお兄様の名望に拠るところも多いはずだわ」
「お兄様?」
それはたしか、俺の名前、レオンハルトの由来になった人物だったはずだ。すでに鬼籍に入ったと聞いていたが、それほどの人物だったのだろうか。
問おうと思ってユリアナに視線を向けると、うつむかれてしまった。聞くな、ということなのだろう。
いつも通りのちょっとした疎外感を覚えつつ、まあ新参なのだから仕方ない、人に言いたくない過去のひとつやふたつはあるだろうと納得して、先を促す。
「それで、ザビーネはいま、どこで何してるって?」
「ああ、うん。そういう勢力との連絡口を少しずつ整備していって、いざという時には組織的に動けるように、意思疎通をしているところだって。お兄様が亡くなった時に城を出た、むかしのお兄様の麾下たちも、うわさを聞きつけて少しずつ集まってきているらしわ」
「レオンハルト様の麾下たちが?」
ヴァルターが片眉を上げる。リリイはその話を続けるつもりはないらしく、うなずくだけであしらって、話を先に進めた。
「ザビーネ自身は、ここから北東の山のふもと、廃鉱山の街、レムシャイトに逗留しているそうよ。はじめて手紙を受け取った時にわたしからいくらかの資金を送ったのだけど、それを使って兵団を組織して訓練に当たってるって。大きなものではないけど、手元に握っておくには悪くない戦力に仕立てるって言ってくれてる」
「聞くだに、働き者で優秀な人だな、そのザビーネさんは」
「当たり前よ。リリイ様を除けば、アメルハウザー領内でもっとも強く、もっとも聡明な女性として知られているんだから」
「そうそう、他国にだって、ザビーネ様の名前は知れ渡っているわ!」
ユリアナとゲルタが補足してくれる。そんなにすごい人が仲間になって働いてくれているだけ、リリイはやはり恵まれているのだろう。
「ザビーネさんは、アスムスには顔を出さないのか?」
「この街にはわたしを見張る密偵が多すぎるから、もう少し慎重に動くって。動きを補足されると、今後やりにくいだろうから」
「そっか。会ってみたかったな」
「あ、なにそれ」
呟きに耳ざとく反応したのは、ゲルタだ。エッダもこっちをちらちら見ているし、ユリアナも神経をこちらに向けているのがわかる。
なんだよ、俺が会いたがっちゃ悪いのか。
「だって、心強い味方なんだろ。会って挨拶したいっていうのは普通じゃないか?」
「強くて聡明って聞いて、鼻の下伸ばしているんじゃないの? まー実際、ザビーネ様の怜悧な美貌はねー、男ならイチコロって感じするけどねー」
「なんだそれ」
考えたことがなかったので、言われて驚いた。そういう思考回路があるのか。
しかし、大事な作戦会議の席上、冗談にしても出来が悪い。相手にする必要なし、と判断して、視線だけで話の続きをリリイにせがむ。
「ザビーネには定期的に資金を送りつつ、情報交換を進めて、お互いに準備を整えていくわ。合流はまだ先の話でいいと思ってる。気になるのはむしろ、レオンから上げてもらってる情報の方よ」
「ファビアンからの、コルネリウスについての情報ってことか?」
「そう。あなたがファビアンから、コルネリウスの背後にいる存在についての情報を聞いてきてくれたでしょ? わたしも、あのひとの性格からして謀反を起こしたのは意外だったから、自分で雇った密偵を放ってみたの。そしたら、案の定だったわ」
リリイの密偵とファビアンからの情報を総合すると、コルネリウスの様子がおかしいというのは、どうも間違いなさそうだった。
といっても、これが吉報なのか凶報なのかは分かりにくい。とにかく、不気味、としか言いようがない。
コルネリウスは城にこもっているが、人前に姿を現す頻度が日に日に減っているらしい。知られた好色家であるくせに、女たちさえ追い出して、自室に終日こもることも、最近では珍しくない。
恐ろしいのは、他に誰もいないはずの自室から、明らかに誰かと会話しているとしか思われない声が漏れてくることだ。ついに狂ったか、と城内で噂になっているという。
「狂った、というわけではないでしょうね。おそらく、何らかの魔術で交信を開いているんでしょう。その相手が」
「裏で糸を引く黒幕、ってわけか」
「おそらくね」
状況から見て間違いないだろう。
姿の見えない敵がいる。そう考えると、薄気味悪い。背筋を冷たい汗が流れた。
知らない、ということが一番怖いのだ。ババアがそう言っていた。自分が恐怖を知らないのは、全知であるからに他ならない、と。
実力など関係なく、未知というのは恐ろしい。そう感じるように、人間の理性はできているのだと。
リリイに目をやると、これでみんなに共有できる情報はすべてよ、と一区切りつけてから、音を立てずにお茶を飲んだ。
口に含んだ液体が、細い首を蠢かして落ちていく。
「ここから先は、これからの作戦の話。どうやって戦っていくか、っていう話になるわ」
にこりと笑って、美貌の姫君は、戦の方針を語り始めた。




