34 夜が明けること
「あ、なにそのリアクション、やだなー、連れないなー。こんな美少女が告白してくれるなんて、すごいことだと思わない?」
「うん、思う」
俺も、まさか右腕を炭にされかけた相手に告白されるなんてことが人生にあるとは思っていなかった。
長生きはしてみるものだ。
「つれないー! むかつくー! たしかにレオン、顔がいいからさー、引く手あまただろうけどさー、もっとこう、どぎまぎしてよ、どぎまぎ!」
「どぎまぎ」
「……馬鹿にしてる?」
「滅相もない」
正しいリアクションの取り方がわからないだけだ。こういう時にスマートに返せる男ってのも、探せば世の中にいくらもいるのだろうか。
なにしろ相手は国有数の資産家の、十歳程度の、天才的な魔法の才能を持った、美少女の、筋がね入りのサディストだ。なんだこいつ。属性盛りすぎだろ。
「じゃあ、なんでそんなにつれないのよー。むかつくしー、悲しい! 泣いちゃうし、殺しちゃいたい!」
「物騒すぎるだろ。いやさ、だって、理由がわかんないじゃん」
「理由? なに、理由って? あたしがこんなに最高な理由?」
「違う。ファビアンが、俺を好きになった理由」
「え、なに、そんなこともわかんないの? 馬鹿? 馬鹿なの? わかった、馬鹿なのね!」
指さして、やーいやーいとせせら笑ってくる。何で急にそうなるのかはわからなかったが、別に否定することでもない。
黙っていると、ファビアンは笑いを収め、目を細めた。
「レオン、変ね。大人だと思ったら、変なところで子供みたい。いびつに成長しちゃったって感じがする。そこがまた、ミステリアスで魅力的、きゃはっ」
「ははあ、なるほど。いびつ。そういうものかもしれない」
後半のリアクションは無視して、相槌を打つ。いびつとはたしかに言いえて妙。俺には、決定的に世間知がないのだ。コミュニケーションの経験がない。だから、人の心の機微がわからない。
いつか、そのことが、誰かを傷つけることもあるのだろうか。今までも、そんなことがあったのだろうか。
「ねえレオン。人が人を好きなる理由なんてね、本当はないのよ」
「ない?」
「そう。人が人を好きになる理由なんて、ぜんぶ後付け。どこを、どうして、いつ好きになったのかなんて、言葉にすればぜんぶ嘘」
「ほほう? そのこころは?」
「気が付いたら好きで、なんでかなんてぜんぜんわかんなくて、でもぜんぶ好きで、ぜんぶ嫌いで、ぜんぶ愛しくて、ぜんぶ欲しくて、ぜんぶ憎たらしいの」
ファビアンはそこで言葉を切って、花のように笑った。
少女というか幼女でも、こいつはやっぱり女性なのだと痛感せざるを得ない笑顔だった。
「わかる、レオン? 恋って、そういうものなのよ」
「それ、めちゃくちゃ厄介じゃないか?」
「馬鹿ねえ。だから恋は素敵なんでしょ。手に負えるものには、誰も焦がれないわ」
「……なあ、ファビアン?」
「なに?」
「おまえ、本当に十歳そこらか?」
三十過ぎたお姉さんでも、ここまで含蓄のある話はできないだろう、という気がする。
「失礼ね! ぴっちぴちの十一歳よ!」
「そうか。じゃあ、気持ちはありがたいけど、やっぱりお断りする」
「え、なに、急にフラれたんですけどー! なんでなんでー!」
手足をバタバタさせる。ここら辺の落差がすごすぎる。
大人なんだか子供なんだかわからないのは、俺だけじゃないのだった。
「お前はまだ幼すぎるよ。十年たって、同じことを言ってくれるなら、俺も考える」
「え、なに、十年もあたしをキープする気? 嘘でしょ、めちゃくちゃ思いあがってんじゃん。そんなことある? 不遜、超不遜。死んじゃえ」
「いや、嘘です、忘れてください」
「まったくもう、じゃあ、十年後ね」
ファビアンはため息を吐いて、俺を指さす。
「十年後、レオンはきっとあたしを好きになる。でも、あたしはもうレオンのことなんか好きじゃなくなる。その時レオンは、死ぬほど後悔するの。どう?」
「悪くないな」
「でしょ? それでもね、万が一、万が一だよ? その時になっても、あたしがレオンを好きでいられたら」
「いられたら?」
「もう一度、今度は真剣に、考えてくれる?」
なんだそんなこと。
答えるまでもない。
「当然だろ。そんなに光栄なことはない」
「うん。なら、よかった」
にっこり笑いあう。いろいろ濃い夜だったが、終わりよければすべて良し、すべて上首尾に終わった。
これ以上の結末は、きっとどこを探しても見つからなかっただろう。
エッダだけが、ファビアンと俺を交互に見て、目を白黒させたり泡を吹いたりガッツポーズしたり、本当に百面相をしながら、この様子を見守っていたのだった。
こいつの気持ちも、なんだかよくわからない。
屋敷を出ると、東の地平の極み、峰の辺りに、とろりとした朝日が昇っていた。手当を終え、最後にファビアンは左手を差し出した。その手を握り返すだけで、もう言葉はいらなかった。
エッダを抱きかかえ、走り出す。アスムスで、リリイとゲルタが、俺たちの帰りを待っているのだ。
朝の早い商人たちとすれ違いながら、全力で街道を駆ける。傷が全快したわけではないので、往路のように全速力でとはいかない。
それでも、能う限りの速度で駆ける。馬よりも速い自分の足を、それでも俺はもどかしく思った。
「なんだか嬉しそうですね、レオンさん」
「嬉しいからな」
俺の首に腕を回して、息を吐けば肌を湿す距離で、エッダが笑う。
「なんでだろうな。今夜は、いろんなことがあった。いろんなことを勉強した。だからかな、早くそのことを、リリイたちに伝えたいんだ」
喋れば息が切れる。それでも、言ってしまいたかった。この胸にわだかまる、今のこの気持ち。
こんな気持ちを、俺は今まで知らなかった。まったく、三百年生きてたって、知らなかったことばかりだ。
ババア。腐っても、あんたはたしかに、大賢者だったんだな。
あんたは、正しかった。俺は、世間に降りて正解だった。
世の中は広くて、世界は面白くて、俺は、生きててよかった。
ここで俺は、面白おかしく、生きていける。
その気持ちを、どうしてか今、リリイに伝えたい。
先行きにきらめく朝もやの中に、あの美しい金髪を幻視する。仕えるべき、主の顔だちを思い出す。
足取りは軽い。街道の果てに、どこまでも青い海を抱く、アスムスの港が見えた。




