33 傷と立場について幼女と語り合うこと
母屋に上がってすぐのところ、小さな応接にまで連れていかれて、そこで服を剥かれた。
もともと焼けたり破けたりでボロボロだったので、ファビアンが乱暴に手をかけるだけで上も下もはらりと落ちた。下着だけは残してくれた。
「おい待て、なぜ服を脱がせる!?」
「そんなの着てたら手当できないからに決まってるじゃない? そもそもそれ、うちの衛兵から奪った服でしょ? 大丈夫よ、代えの服なら用意してあげるわ。……なによ、変なこと期待した? あー、期待した? レオンってスケベなのね!」
「期待してないし、仮に期待したとしても、お子様は対象外だ」
そして俺から見れば、人類のほとんどすべてがお子様なのだった。
「あ、ひどーい! ひどい! ……泣くわよ?」
面倒くさいお子様なのだ。相手にしていられないので、裸のままあぐらをかいてしまう。
いまさら恥じらいがあるわけではないが、森の中でのユリアナの反応を思い出すと、婦女子の前でむやみに肌をさらすものではない、と心得ていたが、
「えへっ、えへへ……」
と同行したエッダは目を光らせて涎を垂らしそうな様子だ。肌と筋肉を隅々まで見られている。さすがに照れる。
女性にもいろいろな種類のひとがいる、ということかもしれない。
そしてこの場合、特殊なのはきっと、エッダのほうだ。
「すごい筋肉……肌もすべすべ……うらやましいくらい……ああ、舐めたい……」
不穏極まりない呟きを無視して、ファビアンに向き直る。負傷がもっとも甚だしいのは右腕だったので、まずそこからだろうと思って腕を差し出した。
「うわ、ひどいわね……よくこれで平気な顔ができるものだわ。肉が完全に焦げちゃってる。ひどいことするのね……」
「お前だお前。この右腕をこんがり焼いてくれやがったのは」
「あ、そうだった。ごっめーん、忘れてた」
舌を出してやがる。いつか再教育してやる。
「これだけひどいと、手当にも限界があるわね。回復魔法を使える人に、当てはある?」
「いや、ない」
「そりゃ、そうよね。あたしのところにも、今は当てがなくて。薬草と包帯の手当になるけど、許してね」
「それだけで十分ありがたいよ」
回復魔法を使えるほどの使い手は、この世にそう多くない。特に肉体の傷に対して即効性のある魔法を、となると、国中探しても十指いるかどうかだろう。
解毒や解呪は街にひとりくらいいる。疲労回復や代謝を高めて傷の治りを早くするくらいの使い手なら、それでも探せば見つかるだろう。
しかし、これだけの怪我を瞬時にふさぐ回復魔法の使い手となると、それこそ賢者適正が必要になる。
砂漠で砂金を探したほうがまだ可能性がある、と言われるほど、レアな適正だ。
あのババアは本当にすごかったんだ。
「ううん、これ、治るかしら。右腕のやけどもそうだけど、左肩の刀傷も結構なものよ?」
「俺は自己治癒能力も高いから、これくらいの負傷なら二週間で完治するとは思う」
「なにそれ、化け物じゃない」
「そうかもしれない」
「冗談よ、真に受けないで」
ぺたぺたと小さな手で肌をまさぐられる。怪我の有無と程度を調べているのだろうけど、なかなかくすぐったい。
ていうか、下着一枚であぐらを組み、幼女に肌を触らせている。傍らに侍った少女は涎を垂らしながらその様子を見ている。
なんだかものすごく外聞の悪い状態じゃないか、これ?
どう見ても俺、犯罪者の香りがする。
「……ねえ」
「なんだ?」
薬草を塗りこみ、くるくると包帯を巻いていく。薬草が傷口に染みるが、痛覚を抑えているので苦痛ではない。包帯はきつかったり緩かったりで、ファビアンはこうしたことを普段行っていないことがはっきりわかる。
手際がよいとは言えないが、しかしそれだけに、ファビアンが真心を込めて手当をしてくれていることは、十分に伝わった。
「……あたしのこと、嫌いになったわよね?」
「なに?」
急にしおらしくなって、何を言い出すかと思えばこれである。またぞろ何かを企んでいるか、あるいは俺をからかって間を持たそうとしているのだろう。
その手に乗るかと、聞かなかったことにして返事を保留する。
「ひどいこと、しちゃったから。ごめんなさい……」
声が震えた。なんて演技達者な奴だと思って視線をやると、なんと本当に泣いていた。
「え、なんでなんで? なんで泣いてるんだ!?」
「だって、怪我、ひどいし……恨んでるよね……」
だからそれ、お前のせいだよね、という気持ちになる。情緒不安定すぎだろ。
と思ったけど、よく考えたら十歳そこらの女の子なのだった。あまりにも態度が尊大すぎるので、ついつい大人と話している気分になってしまう。
しかし、演技の可能性は残るにしても、女の子を泣かせているというこの状況は精神衛生上決して芳しくない。
そのうえ、ファビアンの理解には誤解がある。
なんて言ってやればいいものか。
「その、俺も、お前のところの人を、殺した」
「……?」
「肉体的なダメージだけが痛みじゃないし、善と悪が争ったわけでもない。ファビアンはファビアンなりに考えて、家のために、自分のために、採るべき道を採った。俺も、そうした」
伝わるかな? 伝わってるかな?
おそるおそるファビアンの顔を見るが、表情は読めない。
涙が綺麗だった。
「それぞれに譲れないものがあって、その結果、損なわれたものがあった。それだけの話だ。お互いに、今夜の件は水に流すのが筋だと思う。……俺が言うのは、ちょっとおこがましいかもしれないけど」
どうだろうか、と恐る恐る顔を覗き込むと、ファビアンは言葉を噛みしめるように口を閉じていた。
それから、しおらしいようになって、小さく笑った。
「大人ね。レオンは」
「まあ、実際そうだしな」
三百歳越えてるし。
「ありがとう。ねえ、あたし、レオンのこと、本当に好きになっちゃったみたい」
「なにそれ?」
めちゃくちゃかわいらしい笑顔を浮かべてはいるが、嫌な予感しかしない。できればご勘弁願いたいところだった。




