32 敵についての耳寄りな情報を手に入れること
「そうと決まったら、どうせなら二重スパイの方が、面白そうね。コルネリウス側にもいい顔をしておこうかな!」
ファビアンはなにか悪さを企んでいる顔をしている。そもそも商人として利に聡いとかではなく、純粋に人をだましたり陥れたりするのが好きなようだ。
敵に回すと恐ろしいが、味方になっても安心はできない。とにかく厄介な性格なのだった。
「そりゃあ、リリイにとっては敵さんの情報が入ってくるわけだからありがたいだろうけど、ファビアンに危険はないのか?」
「皆無ってわけじゃないかなー。でもさ、それくらいのスリルがないとやってらんないじゃん、人生?」
「十歳そこらの小娘が人生を語るな」
三百年生きてる俺だって、なんだかよくわからないことだらけなのだ、人生。
「なによー。年より臭いこと言う人は嫌い、やだー、むかつくー」
「急に年相応のリアクションを取るのもやめろ」
むーと、頬を膨らませている。案外これで本当に怒っているのだろう。だんだんわかってきたけれども、頭の回転と世間知に大して、精神と肉体の成長があまりにも釣り合っていない。
俺みたいに、外見だけ若くて中身だけが年を食っている、というのもちょっと違う。要するにこういうのが天才児っていうのだろう。
「でもまあ、ちょうどよかったのよね。実は、コルネリウスのところがきな臭いなって思ってたところだったんだー、レオンが現れてくれてラッキーだわ!」
「きな臭い?」
うん、とファビアンは無邪気にうなずく。
「そもそも、コルネリウスって尊大なわりに小心者でしょー? クーデターなんて起こせる柄じゃないと思ってたのよね。違う?」
疑問は、俺ではなくエッダに向いている。エッダはすこし考えるしぐさをしたうえで、はい、と素直にうなずいた。
「表現の違いこそあれ、たぶん、エックハルト様もリリイ様も同じようなことを考えていらしたのだと思います。だからこそ、今回のクーデターは成功してしまったわけですが……」
「不自然ではある、ということか?」と横から口を出してみる。
「私の個人的な感想としても、違和感があります。ううん、私だけじゃなくて、アメルハウザーに仕えていたみんなが持ってる疑問かなって思います」
「それよ」
不敵な表情で、ファビアンが肯定する。
「裏で糸を引いてるか、いいようにコルネリウスを操ってるか、焚きつけている奴がいるみたいなのよねー。へルター家の密偵からは、そんな気配があるって報告を受けてるってわけ。でも、そいつがどんなやつかって情報はぜんぜんない」
お手上げー、と両手を天に掲げるファビアン。他人事だから当然なのだろうが、なんか軽い。
しかし、そうか。コルネリウスの裏で暗躍している奴がいるかもしれない、か。ファビアンの情報であれば確度が高そうだ。これだけでも、リリイの耳に入れておく価値のある話だった。
「これからもしつこく周辺を嗅ぎまわっておけば、コルネリウス側の事情も見えてくるかもしれないでしょ? そしたら、何か役に立ちそうじゃない?」
「それは……そうだろうな」
「うん。だからあたし、表向きはまだコルネリウスにおもねっておくことにするから、そこんとこよろしく」
ウインクされる。こいつは人生が楽しそうだ。
「とか言って、ギリギリの土壇場まで、どっちにも寝返れるようにする準備だろ?」
「そうならないように頑張ってねって言ってるんだけどなー。こっちに張った以上、天秤にかけるのは嫌なの、面倒だし。だから、ちゃんと勝ってね」
だめだ。お子様相手に、なんかいいように話を運ばれてしまう。正論勝負で勝てる気がしない。
「さ、じゃあこれで同盟交渉もおしまい。喋ること喋ったけど、どうする、レオン、帰りの馬がいるなら貸してあげるけど?」
「ありがたいけど、もう夜明け近いし、走ったほうが速いから、エッダを抱えて走るわ。あ、エッダもそれでいい?」
「もっちろんです! うふっ」
とっても嬉しそうな握りこぶしである。まったく、エッダの趣味がわからない。
そのエッダを見て鼻白んだような目をしているファビアンの感情もよく分からない。
「そ、じゃあそれでいいけど、せめて手当くらいはさせてくれないかしら? 同盟相手をその恰好のまま送り出すっていうのは、なんていうか、その、あたしのプライドが許さないの」
「え、でも、だから時間がなくて……」
「いいから、すぐに終わらせるから! さあ、わかったら母屋に入るの!」
手を引かれる。親戚の子供に「遊んでー」とせがまれているおじさんの気分になるが、こいつが俺の右腕を真っ黒に焼いたのだと思い出すと、背筋が凍る。
この二面性、天然のものだろうからたちが悪い。
「じゃあ、せっかくの好意だし、頼むわ」
断ると、そのほうが後が怖そうだ。急に機嫌を損ねて同盟を破棄する、とか言い出しかねない。そうなったら最悪だ。
一刻も早くリリイやゲルタのものに帰りたかったのか、急に不機嫌そうになったエッダに目線で詫びて、ファビアンに従う。
まあ実際、左足も左肩も右腕も、軽傷というわけではないのだ。
手当をしてもらえるというのであれば、強いてかたくなに断る理由がないのも、事実なのだった。




