30 種明かしをしつつ、幕引きを狙うこと
種明かしは本当に呆気ない。
今回のことについていえば、すごいのは俺ではなく、エッダなのだ。
といっても、俺だってエッダの目論見にはじめから気づいていたわけではない。エッダを戦力外だと判断し、ろくに彼女の言葉に耳を貸さなかった俺の落ち度だ。
だからエッダはあの時、強引に俺にキスを迫ったのだ。
そう、考えてみればわかることだ。
彼女があの瞬間にキスをしなければならない理由。呪いに侵された俺を相手に、あの切羽詰まった状態で、あえて唇を合わせなければならなかった理由。
それが、呪いを解く方法だったからだ。
メディウム・ホルダー、あるいはフィルトレイション・メディウムなどと言われる体質がある。他人がこうむった毒や呪いを自らの身体に引き受け、浄化させてしまうものだ。
もちろん、エッダがそれだったという話だ。呪いを引き受ける条件は、おそらく体液の交換だったのだろう。正確には、パスを繋いだといった方が正しい。
キスと同時に俺から呪いを引き受けたエッダは、その呪いがあまりに強力だったために負荷に耐えきれなくなり、気絶した。それでも、彼女が引き受けられた呪いは、ごく一部に過ぎなかった。
生命活動以外のエネルギーのすべてを解呪に回して、エッダは眠り続けた。俺との間にはパスが通っていたから、部分的な解呪を終えてキャパシティに容量が生まれるたび、さらに俺から呪いを吸い上げた。エッダの生命機能が維持される範囲で、少しずつ、少しずつ。
通常、フィルトレイション・メディウムの解毒や解呪は一瞬で終わる。それがこの長い眠りに陥った理由は、ひとえの呪いが重すぎたせいだろう。
呪いというのは厄介な性質を持つ。程度、という概念を持たないのだ。わずかでも呪いが残っていれば、効力は完全に発揮される。オール・オア・ナッシング。
だから俺は、エッダが俺の呪いを解呪し終えるまで、時間を稼ぎ続けなければならなかった。合図は簡単だ。眠り続けるエッダが、呪いを濾過し終えて目を覚ませばいい。
その時、俺の身体からはキレイさっぱり、呪いが抜けたことになる。
フィルトレイション・メディウムは、生来の魔眼持ちや賢者適正保持者ほどではないが、普通に生きている限り、なかなかお目にかかることができないくらいにはレアな体質だという。
俺だって、ババアに聞かされなかったら知らないままだった。それで何の問題もないはずだった。
何しろ、彼らは希少ではあるが、決して貴重な存在ではない。
はっきり言えば、解毒や解呪なんてものは、それなりの魔具や魔法が扱えればそれで済む。わざわざ誰かに移して濾過してもらう必要なんてものはない。
もちろん、彼らが分解できるパワーは通常の魔法よりも優れている。しかし、代替できない、というほどのことではない。なにより、魔具や魔法で解けない毒や呪いなんてものは、なかなか多くない。
だから、冒険者たちですら強いて探すことがないレアなだけの体質者、と言われる。
しかし、今回は本当に助かった。並みの魔法や魔具で解呪できるものではなかっただろうし、何より俺にその準備がなかった。ここら辺は猛省しなければなるまい。
というわけで。
「解呪については、俺ではなくてエッダの仕事。完全に運だった。助かった、ありがとう、エッダ」
そういえば礼を言いそびれていたな、とエッダに視線をやる。エッダは心なしか頬を染めながら、辺りの状況を確認するように見回した。
「え、えへへ。どういたしましてです。お役に立ててよかったです。レオンさん、このままだと死んじゃうかなって思ってたんで、間に合って助かりました」
目が覚めたらあの世だったってこともあるのかな、って覚悟しながらキスしたんですよ、とエッダは笑った。
あ、そうか。
「すまん、俺を助けるためにキスしてくれたんだったな。なんか、俺の態度、失礼だった」
「あ、いえ、別にそれは気にしなくていいんです。呪いのことがなくても、キスしたいなって思ってたのは本当なんで」
ん?
なんかいま、妙なこと言わなかったか、こいつ?
「それにしても、よく時間稼げましたね。どうやったんですか? 逃げ回っただけですか?」
「んー、微妙なところだな。俺ももちろん全力を尽くしたんだけど、解呪が間に合った一番の原因は……」
今度はファビアンに視線をやった。少女は顔を真っ赤にして、俺とエッダの会話を聞いていた。
「あたしが……すぐに殺さなかったせい、ね?」
「まあ、そうだな。おかげで助かった」
「ぐぎぎぎぎ」
悔しそうに歯ぎしりをしながら俺とエッダを交互に睨む。特にエッダへの視線が鋭い。
あまりの迫力におびえたエッダが俺の指を掴んで、背後に回る。それを機に、ファビアンのエッダへの針の視線はいっそう鋭くなった。
ぎりぎりとエッダを睨むファビアン、びくびくと俺の裾を引くエッダ。一触即発ではあるが微妙に緊張感がない。
さすがにこの状態でずっと、というわけにもいかず、なにか仲裁の言葉を発しようとしたところ、ファビアンに先を越された。
「でも、悔いなし!」
「は?」
晴れ晴れと宣言している。
潔いといえば潔いが。
「だって、あそこまで追い詰めた侵入者をいたぶらないでさっさと殺す、なんてのはあたしの流儀に反するもの。流儀をつらぬいて死ぬのならいっそ本望よ!」
だから。
こいつを教育したやつは誰なんだ。どこまでもねじ曲がってやがる。
「さて」
見れば、わずかに東の雲が藍色に染まっている。どうやら払暁が近い。
朝食までには帰る、とリリイには言った。ゲルタも心配しているかもしれない。いずれにせよ、俺の力が戻ったからには長居は無用だ。
「じゃあ、ファビアン。俺たちはこのあたりで失礼させてもらおうと思うが」
このまま背後の塀を飛び越えてしまうつもりだったので、エッダを抱き寄せる。ぴくり、とファビアンの眉が動いた。
まさか、と俺は息を吐いた。
「この期に及んで、俺たちを捕らえよう、なんてつもりじゃないだろうな?」
そうなれば、俺だって多少は手荒なことをしなければならなくなる。それは望むところではない。
冷めた目つきでしばらく俺を見つめていたファビアンは、すっと指を一本、立てた。
「もちろん、この場でレオンハルト、あなたを捕らえることができるなんて思ってないわよ。でもね、あたしにだって意地がある。ひとつ、話を聞いてもらうわ」
拒否することはできた。けれどもまあ、俺もファビアンの雇った人間たちをたくさん殺した。
譲歩するくらいの義理はあるだろう。
「手短に頼む」




