25 あまりにも気に喰わない優男をぶちのめしたいと思うこと
悪くない場所を見つけた。
敷地内に、背の高い、窓のない建物があった。
蔵だ。
これを後ろに背負えば、とりあえず正面からの敵に集中できる。
息切れを隠しながら蔵に近寄り、あたりを哨戒していた兵士二人を瞬時に切り捨てた。
陣取る。エッダを下ろして、蔵の中に入れる。
「ちょ、ちょっと待ってください! あのですね、私ですね……!」
「戦える?」
「いえ、さっぱり」
「じゃあ、隠れててくれ」
「そんなー! 寂しいじゃないですかー!」
さっきまで独り、部屋で眠っていたのに何を言うのだ、この女は。
さて、と追ってきた兵士たちに向き直って、ようやく一呼吸つけた。
「よし、来るなら来い!」
挑発的に笑って見せるが、ここで飛び込んでくるような相手ならそもそも苦戦していない。
もちろん折り込み済みだ。
「あれー? 来ないのかー? なんでだー?」
とぼけた声で挑発を繰り返しながら、身体の状態を冷静に脳内でスキャンする。
いずれの傷も、出血はさほどでもない。太腿の矢も、太い血管は外れていたようだったので、鏃も引っこ抜いてしまう。
問題は左肩だった。骨までは届いていないが、大きな筋肉をやられたようで、動作に支障がある。
剣で間合いを図りつつ体術で数を減らしていく、という作戦が立てにくくなった。
何よりまずいのは、時間稼ぎをしているのに、全く身体が楽にならないことだ。どんだけ強い結解、というか呪法だったのか。
このダメージが抜けてくれば、包囲をかいくぐることくらい苦もなかったのだが。
さて、まいった。別の作戦が浮かぶまで、あるいは呪いの効力が薄まるまで時間を稼いでもいいんだけど、敵は続々と集まってくる。
エッダを守り切れなければ意味がない。
と密集する兵士たちの群れの奥から、声が聞こえた。
「んんん? どうしたのですか、こんな賊ひとり相手に、なにをチンタラしているので?」
「ディーター様」
兵士たちをかき分け、派手な赤い外套をまとった優男が現れた。前髪が目にかかっている。うっとうしそうだ。
腰に、サーベルを吊っている。
「それが、この男、なかなかの手練れでして……」
「ほう?」
ディーターと呼ばれた男の視線が俺に刺さる。俺は剣を構えたまま、反応をしない。
その様子をどう取ったのか、面白そうにディーターは笑った。
「剣術に秀でているようには見えませんが。手練れ? この私よりも?」
「あ、いえ、そのようなことは……」
「では」
酷薄そうに、目が細められた。ディーターが細剣を鞘から解き放とうとする様子を、兵士たちは不思議そうに眺めていた。
馬鹿が。
「避けろ!」
「え?」
俺の叫びは遅い。ディーターのサーベルは、大根でも切るように、傍らに立っていた兵士の右腕を斬り落とした。
鮮血が噴き出す。
「え……ぎ、ぎゃああ!」
腕を奪われた男が絶叫する。あまりの滑らかな斬られ方に、数秒、何が起こったかを認識できなかったようだ。
しかし、だからといって腕は戻らない。すでに流れてしまった、大量の血も。
「ど、どどど、どうして!」
「んー、うるさいですねえ」
頬に飛んだ返り血を舌でぬぐって、ディ―ターは笑う。さらに、細剣をくるりと空中で回転させた。
ひらめきが、夜の闇を裂く。
「あ――」
そして、首が落ちた。
あたりの兵士たちの顔から、汗が噴き出す。
「臆病者は、ファビアン様に雇われている者にふさわしくありません。手練れが相手だろうと、身命を賭して任務に励むのが、よい従僕というものです」
「お、俺たちは金で雇われただけの……!」
「では、私にこうして斬られるのと、あの狼藉者に挑んで名誉のうちに果てるのと、どちらがお好みでしょうか?」
硬直は、一瞬のこと。
次に瞬間、色を失って剣を構える兵士たちが、俺のもとへ殺到した。
「くそっ」
気分が悪い。この状況が、俺にとって決して悪いことではない、ということが、余計に気分の悪さに拍車をかけた。
すでに兵士たちは恐慌に陥っている。これまで以上に連携も取れていない、こうなれば、斬るのはたやすい。
「くそ……!」
剣を振るう。斬る、斬る、斬る。
皮肉なことに、斬れば斬るほど、俺の腕は人間の斬り方を学習していった。
どこを斬ればもろいのか、致命傷に至るのか、鎧を抜くにはどの角度で刺せばいいのか。同時に襲われたらどの順番で対処すればいいのか。
これまで考えもしなかったことが、次々に身体に吸収されていくことがわかる。
人の殺し方になど、熟練したくもなかったのに。
「ほう、筋がいい。実践でそこまで学びますか……」
ディーターが余裕の笑みでこちらを見ている。
俺の足元には、死体の山。
十五を越える命が、一瞬にして消えた。俺の手によって。
内心の不快を押し殺して、ディーターに視線を合わせる。
「あんた、何のつもりだった? この人たちの攻撃で俺が倒せないことくらい、わかってそうなもんだけど」
「金で雇ったならず者の命の使い方としては上等じゃないですか?」
「いや、俺はそうは思わない。かわいそうじゃないか」
首を振る。ディーターの細めた目と、上がった口角が、自分で殺しておいてよく言う、と言っていた。
まさに同感だ。
「で、ディーターさん? あんた何者なの?」
「ファビアン様直属の護衛ですよ。面白そうな男が侵入したと聞いて、飛んできました。いや、足を運んだ甲斐があった」
「と、いうことは?」
ディーターは、月を刺すように、剣を眼前で構えた。
「はい。次は、私が相手です」
「そりゃ、ちょうど良かった」
不思議そうに首をかしげるディーター。
いや、わかるだろ、普通。
「俺いま、あんたにめっちゃムカついててさ」
「ほう?」
「殴りたいなと思ってたんだよね」
「それは、楽しそうだ」
そして、影すら置き去りにして。
ディーターの刃が、俺の喉元に迫った。
火花が散る。剣で弾く。蹴りを見舞ったがかわされ、目を突かれそうになったところをかわし、再び剣とサーベルが固い音を立ててぶつかった。
火花、夜に落ちて、ディーターの顔を照らす。
酔っている。血の色に、匂いに。
バトルマニアか殺人中毒者か。いずれにしても、正気の人間がしていい目ではない。
「なかなか筋がいいですね」
「はあ、そりゃどうも」
人間失格に褒められても、嬉しくもなんともない。
どうやら、今のでディーターは俺の実力を測り切ったつもりのようだった。そのうえで、この余裕ということだ。
ふん、と剣を振るう。ディーターはサーベルの腹でそれをいなそうとする。
馬鹿め。
ぐ、っと肩に力を籠める。ぐん、と刃がスピードを増す。
「……!」
ディーターの目が見開かれる。俺の剣は、ディーターの細剣の腹をへし折って、持ち主に届く。
「ぐっ」
胴を薙ぎ払う。とっさに身を退くディーターを追い、一歩、踏み込む。剣を振るうと見せかけて拳を見舞う。顔面強打、鼻血が吹き出す。見るからに戸惑ったところを蹴り上げ、視界がブレたところに、もう一度剣を振り下ろす。
「なぜ……!」
それが、ディーターの最後の言葉になった。振り下ろした俺の剣がディーターの脳天を割り、頭蓋を暴いた。赤い血と白い脳しょうの入り混じった粘性の液体が舞い、落ちた。
「初見の敵の前で、最初から全力を出す馬鹿がいるかよ」
ババアの教えの初歩だ。たとえ死がかかっていようと、敵にとどめを刺す瞬間まで、余力を残して戦え。
闘いってのは、殺し合いってのは、畢竟、騙し合いにしかならないんだ。
ディーターは俺の実力を見誤った。だから、突然の変貌についていけなかった。
それだけのことだ。




