24 重すぎるハンデを負ったまま屋敷からの脱出を模索すること
兵士の振りかぶった剣が振り下ろされる。二重結解、というか呪いのせいで身体は重い。
筋肉が硬直する。脳が指令を下してから、実際に腕が動くまでにラグがある。
が、それだけのことだ。
エッダをベッドに放り投げ、重心を落とす。警備長から拝借した剣を抜き、抜き上げる動作のままに敵の剣を弾いた。
「なっ」
相手の目が驚愕に見開かれる。実は、危ないところだったのだ。振りかぶって、振り下ろすという動作には無駄が多い。そうでなく、部屋に踏み込むなり剣をまっすぐに突き出されていたら、結果は同じにはならなかったかもしれない。
とはいえ、状況は変わった。剣をはじかれた男が驚いているうちに、蹴りを見舞う。毬のように吹っ飛んだ男が壁に激突して派手な音を立てた時、扉の向こうからさらに数人の足音が聞こえてきた。
舌打ちして振り返ると、エッダが目を輝かせていた。
「え、えええ、強いんですね! すごいですね、かっこいいですね!」
「ありがとうございます、だけどやかましい、それどころじゃない」
「あの、お名前は?」
「レオン」
「ははあ、素敵な名前ですね」
のんきに声を上げるエッダを無視して、剣でベッドを両断する。もともと大きな期待はしていなかったが、俺の身体の重みが消える気配はない。
一度発動すれば、発動元を破壊しても効果が続く。効果範囲を脱出するか、一定時間を経過するか、解呪をするか、いずれかでなければ、状況は改善しない。
そういう類の呪いだ。結解はあくまで呪いを発動させるためのトリガーに過ぎなかったらしい。
「くそ、まいったな」
ババアならば解呪どころか、そもそもかかりもしなかった呪いなのだろうが、身体能力頼みの俺には荷が重い。
再びエッダを抱え上げて、窓から脱出しようとしたとき、追手が現れた。
「すまん、自分で立ってくれ」
「もちろん、立つのは慣れてますので大丈夫です」
そりゃそうだ、という返答は飲んだ。なんか気が抜ける。どうにもエッダはのんきな性格のようだった。
気を取り直して、追手に向き直る。
「おとなしくしろ! その使用人をこちらに渡せ!」
「いやだね。渡したって渡さなくたって、殺すつもりだろ」
「楽に殺してやる、と言っているんだ」
追手は三人、剣を抜き放ち、遠巻きにこちらを警戒している。彼らにすれば不用意に飛び込んで斬られるだけ損だ。仲間が集まるのを待って集団で仕留めたほうがいいに決まっている。
だからこそ、こちらから斬りかかるしかなかった。
「くそ、人殺しは好きじゃないのに……!」
だん、と大きく踏み込む。少し違和感があったが、気にしている余裕はない。結解による身体能力の低下を加味しても、何とかなる。
「なっ、なんだこいつ……」
「速――!」
剣を合わせるまでもなく、二人斬った。血がしぶいて、床と壁を汚す。二人が限界だった。いつもなら、三人すべて、ひと呼吸のうちに斬れていた。
いや、そもそも、殺すことなく無力化できていた。
嫌な感触だった。これまでも、ババアの指示で、何人か、人を殺めたことがある。その夜は、ひどく寝つきが悪くなる。
まったく、嫌な感触なのだ。
「恨んでくれていいぞ」
「抜かせ……!」
突き出された剣先を軽くはじいて、首を斬った。斬られたことに気づかなかったように、首は、地面に落ちてから瞬きをした。
床が赤黒く染まる。充満する鉄の匂いを振り切るように、俺はもう一度エッダを抱えた。今度は片腕で抱き寄せる格好になる。剣は手放せない。
「すまん、しばらく我慢してくれ」
「構いませんよー。あら、腕、たくましいですね!」
「なんでそんな緊張感ないんだ、あんた!」
「そういう性分で」
てへっと舌を出している。大物といおうか、得な性格と言おうか。
しかし。
「じゃあ、この身体の震えも止められないか?」
「んー、無理ですね。怖いものは怖いです」
リリイの従者には肝が据わっている奴が多い。軽口は自分を叱咤するためのものだろう。命が危険に晒されて、大量の血しぶきを間近で見て、恐怖を感じないやつはいない。
「ここから脱出するんですか? ていうか、リリイ様とゲルタは……」
「無事だ。いまごろ、俺の朝食を作ってくれてるはずだ」
「……亭主関白?」
「舌噛むぞ。口を閉じてろ」
足で窓を蹴り割って、そのまま宙に身を躍らせた。落下している最中に眼下を確認すると、明らかにかがり火が増えて、人数も集まっている。
十や二十ではきかない。
落下の衝撃を逃がすために、着地と同時に転がりたかったが、エッダを抱えていてはそれもできない。まともに足裏と膝に衝撃を受けて、しばし硬直する。
そして、舌打ち。
「くそ、よく訓練されてやがる……!」
その硬直を狙って、俺の頭上に刃が殺到した。左手に抱えたエッダを軽く突き飛ばし刃圏から遠ざけ、右手の剣を振るった。
鈍い金属音が響く。俺が弾いた刃は三本。振り下ろされたものは四本。
最後の一本が左肩に食い込んだ。痛みが脳に走る。一瞬、目の前が血の色に染まった。
「仕留めた!」
「仕留めてねえよ!」
剣を返して、四人の兵士を薙ぎ払った。それぞれが身体の一部を両断されて、血と絶叫をまき散らす。
忘我した身体を蹴り飛ばして、剣を構えなおす。その瞬間、七本もの矢が跳んできた。
「くそっ!」
身をかわし、剣を振るって叩き落とせたのは五本、一本が太腿に刺さり、一本が右腕をかすめて背後に飛んだ。
太腿の方がまずい。鏃の部分を残して、折る。動脈が近い、抜けば血が出過ぎる。あえて先を残して、動きの邪魔になる部分だけを投げ捨てた。
「手ごわいぞ、心してかかれ!」
「くそ、せめて不用意に飛び込んできてくれよ……!」
そうすれば、楽に人数を減らせたのに。
やむを得ない。退く。
エッダをもう一度抱き寄せる。「いやん」とかいう気の抜ける声が聞こえたが、無視。
すでにこと切れた敵の死体を強引に蹴り上げて目くらましにして、暗がりに飛び込んだ。庭に茂みがあって助かった。枝を斬り捨てながら駆ける。
「呪いか……なんて厄介な」
息切れしていた。この程度の運動で。
無事にこの屋敷を抜けられるか。塀を飛び越えたかったが、外にも見張りが集まっている上、母屋の二階、三階から弓矢が狙いを抜けているのが見えた。
エッダが周囲を見回しながら、のんきそうに声をかけてくる。
「あのー、思ったよりまずい状況ですか? 呪い、かけられちゃったんですか?」
「めちゃくちゃまずい、その通り、呪いをかけられた」
「そうですかー。あ、ところで、キスします?」
思わずつんのめりそうになった。
「何言ってるんだ、あんた?」
「あ、いや、そのですね」
「待て」
赤くなってもじもじするエッダを黙らせて、視線を走らせる。穂先を揃えて、こちらを警戒する手練れたちが、木々の切れ間に見える。普段であればどうということもないが、この状態はまずい。
あの部屋を脱出すれば、あるいは遠ざかれば楽になるかと思ったが、逆だ。
「時間が経つにつれて、呪いが濃くなってきてやがる……」
足が、少しずつ重くなる。夜明けは遠い。
「でも、安心しろ、エッダ」
「え?」
「あんたは、ちゃんと生きたままリリイに会える」
こう見えて、約束は守る男なのだ、俺は。
ぎりっと歯を食いしばって、闇に目を凝らす。窮地を脱出するための道筋を、そこに見つけ出すために。




