23 奇妙な造りの部屋には当然のように罠がしかけてあること
屋敷内の見張りは、塀の外ほど厳重ではない。影に潜んで庭を移動したが、やはりエッダが捕らわれている部屋を割り出すことはできなかった。
時間をかけてしらみつぶしに侵入していくには、時間が足りない。
「なら、案内してもらうしかないな」
ひとり、外れたところを見張っていた兵士に近寄って、こちらも背後から首を絞めて気絶させる。俺と背丈の変わらないやつを選んだので、そのままみぐるみ剥いで、服を交換する。
「リリイに買ってもらったやつだけど……」
ちょっと惜しいが、背に腹は代えられない。兵士の服装に身を包んで、おそらくは見張り番の休息所だと思われる離れに足を運んだ。
萎縮すればかえって怪しまれる。堂々と扉を開け、中に入る。
「なんだ、まだ交代の時刻には早いぞ」
おそらく、警備長なのだろう。ひげ面の中年が胡乱な目でこちらを見てきた。しめたことに、酒なんか飲んでやがる。
俺は姿勢を正して、一礼した。
「お耳に入れたほうが良いかと思うことがありまして……」
「ふむ?」
眠たげに細められていた目の、片眉が上がる。聞き覚えのない声に戸惑ったのかもしれないが、結局はその違和感を、警備長は無視してくれた。
「なんだ、言え」
「いえ、すこし、憚ることで」
「なんだ、ならば近くに来て耳打ちしろ」
規律の整った軍であればこうはいかない。兵士たち個人の身のこなしは、あるいはアスムスの訓練所の平均程度には高かったかもしれないが、所詮は烏合の衆。
入れ替わったところで気づかれまいと踏んだのは的中だった。
すっと警備長に近づき、耳に唇を寄せる。
「何者かが侵入した可能性があります。しかし、外の警備には乱れがありません」
「なに? どういうことだ」
「先ほど、塀を乗り越える黒い影を見た、という者がありました。その者はいまも辺りを警戒中ですが、外の警備をかいくぐって塀を越えるというのは、現実的ではありません」
警備長の眉間に皺が寄る。あえて結論を口に出さなかったのは、彼にその答えを口にしてほしかったからだ。
人は心理的に、自分で立てた仮説を疑いにくいようにできている。たとえそれがあからさまに誘導されたものであったとしても。
「手引きをしたものがいる、ということか?」
「私の身分ではそういったことは言えませんが」
「しかし、そうとしか考えられぬ。おのれ、蔵のあたりに警備を集中させたほうが良いか。しかし、そうしては手引きをしたものに露見したことを教えることになるか……」
「恐れながら、まことに危惧するべきは他にあるかと……」
かしこまってさらに誘導する。あまりにも露骨すぎるが、この際、多少の疑いは押してでも突き進まなければならない。
祈るように、警備長の目を見る。
「まさか……」
「いま、屋敷には財物よりも貴重なものが匿われているかと」
「アメルハウザーの使用人か……!」
「あれを奪われてしまえば、我々の面目が立ちません」
「いかん、それは!」
警備長はようやく酒のにおいを振り払って立ち上がった。見事に引っかかった。あまりにもうまくいきすぎて小躍りしたくなるところを、ぐっとこらえる。
「わしはすぐに使用人の元へ向かう。お前もついてこい、おい!」
警備長は部屋で休憩を取っていた幾人かに向かって声を張った。
「賊が屋敷に侵入したかもしれんと、ファビアン様へ報告へ向かえ! ただちに、だ!」
部屋を飛び出した警備長が、母屋に踏み入る。寝静まっていた使用人たちがざわつく音がするが、構わない。
廊下を突き進む警備長の背中を見て、緊張を測る。こちらの意図に気づいている気配はない。
階段を二階分のぼり、三階に着く。そのままさらに廊下を進み、やがて、警備長はある扉の前で立ち止まった。
その扉に手をかけようとした瞬間、
「すまん、助かった」
「がっ!」
首の後ろに手刀を見舞って、崩れ落ちる体を支える。ついでに、腰につっていた剣を拝借した。エッダを救出したら、脱出に移行する。見つかれば、その際は戦闘もやむなしだろう。
さすがに警備長だけあって、こしらえだけ見ても得物はなかなか立派だった。切れ味を試している時間はない。
扉に手をかけたが、鍵が締まっている。
「面倒だ、ここまでくれば一緒だろ」
ふん、と力任せにこじ上げる。べきっと、鈍い音を立てて蝶番が弾けた。
中は、暗い。
が、暗視には慣れている。瞬きを二度すると、部屋の中が見えてくる。牢獄のような場所を想像していたが、その様子ではない。しかし、奇妙ではある。
十畳ほどの部屋の中央に、天蓋つきの巨大なベッドが据えてある。他には、何もない。サイドテーブルも椅子の類も、なんなら捕虜を収容しているはずなのに、窓に格子さえかかっていない。
「なんだ、この部屋?」
踏み入ると、嫌な気配があった。程度は比べ物にならないが、感覚には覚えがある。
アスムスの、アメルハウザーの屋敷。権限を持たないまま、あの結果に踏み入ろうとした時の、あの嫌な肌触り。
「……結界か」
多少、身体が重くなった。並の人間であれば歩くのでやっと、というところか。行動に支障はないが、戦闘となれば響いてくる可能性もある。さっさと目的を遂げて失礼したほうがよさそうだった。
ベッドでは、少女が眠っていた。見たところ外傷はなく、静かに寝息を立てている。捕らわれの使用人、という言葉からはなかなか連想できない姿だ。
いずれ、コルネリウスに突き出すことを想定していたのか、扱いはさほど悪くなかったようだ。ファビアンが下種の欲望よりも金を優先したことに、すこしだけ感謝する。
近寄って、顔を見る。傷はない。整った顔立ちだ。人定のために覗きこんだのだが、そういえばエッダの特徴を聞いてくるのを忘れた。これでは確認もなにもない。
「エッダ。エッダ、起きろ、エッダ!」
声をかけても反応が薄いので、身体を揺さぶった。男に触れられるのが嫌だという女性はいるだろうが、いまは構っていられない。
階下がにわかに騒がしくなった。ファビアンが不審に気づいたか、倒した裏口の門番が見つかったか、この服の持ち主の兵士が目を覚ましたか。
いずれにしても、よいニュースであるはずがない。
「起きろ、おい! エッダ!」
「ん、あ、はい。エッダです。あれぇ。もう朝ですか?」
緊急事態に似合わない、とぼけた声だった。目をこすりつつ俺を見て、首をかしげている。
「朝じゃない。夜だ。しかし聞いてくれ。俺はリリイの新しい従者だ。ゲルタから事情を聞き、エッダ、あんたを助けに来た。いいか?」
「ううううううん、いっぺんに言われても理解できません!」
「とにかく、俺と一緒に来てくれ。悪いようにはしない」
まるっきり悪人の台詞だが、他に言いようもない。そして時間もない。ドタバタと数人が階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。
舌打ちをする。窓から飛び降りれば間に合うか。庭にも新たに火がたかれているところを見ると、乱戦にはなるか。
「文句はあとで聞く、今は我慢してくれ!」
ベッドに膝をついて、寝起きの、しどけないエッダの身体を横抱きに抱いて持ち上げる。紙のように軽い。これなら抱えて夜通し駆け通しても問題ないだろう。
「よし」
「あ、だめ!」
「貴様、何者だ!」
俺がベッドから降りようとするのと、エッダが叫びを上げるのと、兵士が扉の前に到着するのが、同時に起こった。
その一秒後、俺の神経に、毒が回る。世界が反転した。
「あ、ぐっ」
二重結界。
ベッドに仕掛けてあったものか。ベッドの上にいるものを、外に運び出そうとする発動する仕掛けだ。発動条件が限定的なだけ、効果が大きい。
心臓が跳ね、汗が吹き出す。ぐわん、と揺れる視界の隅に、
「死ね!」
剣を振り上げる兵士の姿を見た。




