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ボードラ  作者: 華美
3/4

事件です

一匹のドラゴンは、静かに瞳を閉じて瞑想している。そして、ゆっくりとその瞼を開く。


「とにかく、外に出ようかな」


少し前に思い出したかのような姿は、今は朧気にも思い出せない。ただ一つ、恥ずかしいという感情を思い出しただけだ。


それともう一つ。どうやら私には本能のように、自然と体が動かせるようだ。ドラゴンにとっての攻撃の仕方から飛び方まで全て考えずとも行動に移せる。そして一番は、周りに被害が起きぬような繊細な動きができるということか。声も抑えて響かないようになった。


「にしてもこの洞窟は狭いな」


ここの空間の出口が小さい。視線の高さからしても見下ろす位置にある。洞窟の出口なのかも分からぬ状態なのだ。元々狭い空間だ。外に出ようとも出れぬ状況に私は爪で少しだけ出口をつついた。


『あら、ドラゴン。何してるの?』


急に響き渡る声に私は瞬きを何度がする。首を振っても声の主がわからない。出口のほうに視線を戻すと灰色の髪を腰まで伸ばした白に黄色い刺繍のローブを身にまとった女の人がいつの間にかこちらを見上げていた。


「…」


急な出会いに、言葉が詰まる。私は身動きさえもせず、女の人を見つめる。


『あら、お返事くださらないの?いつもはお主かって声を掛けてくださるのに』


「…お主か」


……。どうしたらいいか全くと言っていいほどわからない。何故かそれ以上女の人は話さず、無言が続いた。目を閉じてしまっていた女の人がしばらくして目を開けた。


『…うん、事情はわかりましたわ。…貴方はなんていうの?私はメフィルと申しますわ』


「私は、彩葉。大宮彩葉です」


『そう。ならこれからはイロ、と呼ばせて頂くわ。その名は何かと誤解を受けるでしょうし。貴方は転生者ですものね?』


何かを知ったのか、メフィルは目を細めこちらの内を見透かすように口の端を上げた。


『私は、貴方達にとっては神と呼ばれる者ですわ。ここの世では我ら神は近きものとして認識されてますの』


突然の説明に、言葉がかえせぬまま、私はメフィルを見つめたまま、小さく頷く。


『そしてドラゴンは守護のもの。この世を見守るという役割があるのです。ですが、手出しはそのドラゴンの自由。ですが、ドラゴンである私の友は世を見守り続け、ずっと小さな部屋でこもってました』


私はなんとなくする事がないのかな…と密かに思いつつ辺りを見回す。本当に動けばどこかに当たりそうな程には狭いところだ。早く出たい。


「転生者、その私は何かをせねばいけないのか?」


なんとなく、ドラゴンとしてのイメージがある為に言葉遣いも気をつける。気をつけながらだと、ペラペラとは話せないのだが。仮にも相手は神という。いらないことで怒りを買わないように話すことは程々にしないと。メフィルという神様は、少し目を瞑り、面白そうに笑った。


『その口調...そうね…自由のままでいいと思うわ。出たければ今協力しますし。その後は知りませんが。それでも良ければ』


「…よろしく頼む」


そう答えた瞬間、地面が黄色い光を放出した。眩しい光を見下ろすと、魔法陣が中心から広がるように描かれてゆく。


『貴方ほどになると運びづらいわね。今回は特別ですよ。私の興味がでたらまたお会いしましょう。...友よ』


光は空間をも覆い尽くし、私の身をも隠した。


眠りから覚めるような気分で目を開ける。自然の光が目に染みる。太陽か。少し見渡すが、緑がほぼ視界を埋めつくしている。


「ほぅ…外だ」


私はゆるりと首をあげてから笑みを浮かべた。そして、のしのしと歩く。意外と体は重くない。


「ふむふむ、なかなかに…。人もいないようだしな。さてさて、どうしたものか」


変な口調になるが気にすることなく、行く宛もなく、歩き続けると、緑ばかりの視界が開けた。見えたのは、ボロボロの村のような人の住処だけだった。


「む、人か?見に行くべきか、引き返すべきか。気になるのならば行くしかないか」


心の中ではうきうきとしながら、村へと歩いて近づく。目が良いからか、人の姿ははっきりと見える。細身というか、ガリガリの骨のような死にかけの村人しかいなかった。うわ、と思いつつも、興味のままに、村人が気づいたところで止まった。


「あ、わわ…がみのいがりが。ゆるじでぐだざれ」


ガラッガラの声で聞き取りにくい音が聞こえた。私は首を下げてゆき、その声をよく聞こうとする。


「あぁ…がみよ」


「神がどうした。悩みがあればこの私に言うがいい。出来ることがあれば聞く」


気づけばおばあさんに対し、言葉を発していた。言われたおばあさんはカタカタと震えながらも、口を上下に動かすだけで、なにも言わなかった。


「下がれ、ばぁ。僕が話そう。」


おばあさんの前に立ちはだかるのは、赤髪の大人しそうな青年だった。立ち振る舞いが、他の村人と違うこと。堂々と私の前に出てくる様子から、ただものでは無いようだ。


「貴方様は言葉が話せるのですか。もしや神なのですか」


「いや、私は見守る者らしい。何をするも私の自由だとも。何か困っているのならば申せ」


一度言ったことを取り消す訳にもいかないのでもう一度言うと、青年はスっと背筋を伸ばし、頭を下げた。


「外の方、ましてやドラゴン様に言うことではありません。と言いたいところですが、このままでは皆が餓死します。なので、説明します。」


私は、ゆっくりと息を吐くと、その場に静かに横たわる。そして青年が話し始め、それを読み取りながら整頓してゆく。

土地に生命力がなくなっている。何故か。情報収集をしたが、得られた情報は黒い何かが雨として降ってきたこと。次第に作物が死に、それを食べた者、牛や羊が死んでゆき、今では残った食糧で細々と生きているのみ。村を移動しようにも、危険な魔物が森に潜んでいる。


「雨が黒いのか?」


「そうです。村人たちは神の怒りを買ったのだと、生贄を捧げるようになる始末。止めても自害する者までいるんです。この村は、何もしていないのにも関わらず」


…深刻だ。正直に言えば、黒い雨なんて聞いたこともない。雨に関することと言えば、酸性を多く含む酸性雨くらいしかわからないのだが。毒が含まれてるらしいが、原因がわからない。


「…そうか。しばし待て」


元女子高生に解決できる問題ではないです。だけど1回は聞こうと耳を傾けたからにはできる限りの事はしないといけない。


「その作物はまだあるのか?」


「え、えぇ。今お持ちします」


数分後、直接抜いてきたような白い大根が目の前に置かれた。


「見た目に変化なしか」


「はい。ですが口に含めば死に至ります」


「どのようにだ?」


見た目がこれならば、知らずに食べるものも多くいたはずだ。村人を見る限り多いように感じる。


「食べた直後です。叫び声をあげ、ばたりと倒れてそれきり…」


「私がひとつ貰ってもいいか」


返事を待たず、パクリと口に入れる。一口噛み締めた時、私は目を閉じた。何故食べちゃったんだろう。


青年は思わず叫び、吐き出して、と何度も呼びかけた。だが、ドラゴンは目を閉じたまま、動かない。このまま死んでしまうのでは。と青年が膝をついた時、ドラゴンはふ、と笑った。


『子供らしさが出たな。大丈夫か』


青年はポカリと口を開け、ドラゴンの少し可愛い笑う姿をしばらく見つめていた。突然立ち上がり、


「な、何故大丈夫だったんですか!?」


と叫ぶ。ドラゴンは表情豊かに口の端を上げると少し口を開け、炎をちろりと吹いた。すぐに消え、ドラゴンは青年を見る。


「慌てるな。原因は魔物だ。…もうすぐ降る。私の影に来るといい。」


青年は意味がわからぬまま、言われた通りにドラゴンの影になる場所に入る。銀の鱗が視界を覆い尽くすばかりに広がり、宝石でできた洞窟の中にいるようだった。青年はゆっくりと振り返り、ぎょっとした。黒い雨が降っている。


「目を離すな。上をみずに下をみよ」


言われた通りに下を見る。地面に落ちた黒い雨は、地面に染みることなく上に積み重なってゆく。あまりにもチグハグなそれに、青年はゴクリと喉を鳴らした。


「やはりな」


積み重なってゆく黒い液体は一定の大きさになると、近くの草や物にスゥ…と入ってゆく。


「こ、これは」


「スライムだな。あくまで予想に過ぎぬが。さて、原因はわかったがどうしたものか」


私が大根を口の中に入れた時、何かが喉の奥からの熱を察して口の中から出ようと大根から出て、ちょこちょこと動いた。それに気づいた私は、火を口の中でおこし、焼いたのだ。生きてると気づいたのもあり、スライムしか思いつかなかったという訳だ。そしてついでに言うならば、私は少しは魔物について知識がある。多分ドラゴンの元の記憶が残っているのだろう。


「簡単に言えば、寄生虫型のスライムか。厄介だな」


「…どうすれば。」


スライムを根こそぎやるのには、どうしても無理だろう。どうやって飛んできているのかもわからない。しかし、これによる死人を出さぬようにはできる。


「簡単なことだ。強い火をかけて長い時間調理すればいい」


「あ」


「今まで生で食っていたのか?そうとは考えつかない。考えるならば、数人生で食ったことで起きたことだ。それで皆が恐怖し食わなかっただけのことだろう」


それならば、例え毒を持っていたとしても、焼けばいい。


「だが、スライムか。何故黒い雨としてやってくるのか、知りたくはないか?」


「は、はい。」


私は、雨が止むのを待った。その間、村のことを聞いたり、青年について聞いてみたりした。名はフェードリアスというらしい。…長いな。


「止んだようだ」


顔を上げ、私は上空を見上げたまま、霧の濃いこの村に気づいた。


「上がほとんど見えぬ…いや、見えた。なるほどな、飛ぶか?フェードリアス」


「何か分かったんですね、行きます」


私は、手の上にフェードリアスを乗せた。そして、助走もつけず、空気を操るようにして、ふわりと飛んだ。そのまま急浮上していき、霧を突き抜けてゆく。

それが見え、速度を落とした。


「フェードリアス、着いたぞ。…フェードリアス?」


「なるほど、そういうことだったのですか。…我らの村は谷の合間にあって。外に出ることなく暮らしているので上に何があるのか、忘れてしまったのですか」


ほうけたように、手の中で座り込んだまま呟くフェードリアスの嘆きに、私もため息をついた。


「言えば、見た世界は狭かったのだろうな」


この谷の形は不思議な形をしていた。とある鬼ヶ島を基準にするならば、角のような部分が内側に曲がっているようなところか。その間に谷がある。だから、山頂から落ちれば、谷間のちょうど中心に落ちるわけだ。


「…僕達が思っていたのは森が続いているんだな、ということでした。きっとその先には違う村が、平原が続くのだろうと。」


「ここに暮らしているのも特殊な理由があるのだろう。…まぁよく暮らしてたよ」


おっと。口調が。私も驚いたんだけど、ファンタジーだなって思った。ほんとに。


「…スライムは真っ直ぐ進んでいくことしかしないそうです。落ちるのも仕方ないんでしょうね」


「もう少し言うならば、集団が移動してたんだろう。もう少しすれば落ちては来ないだろう。それに、スライムは核さえ壊せば何も残らず死ぬらしい」


さっき見たスライムも核に炎が触れた瞬間消えた。倒すのは簡単だ。大根には薄らとスライムが張り付いていて、黒く半透明で泥で見にくい。正体を掴めなければスライムも強敵になるらしい。


「帰りましょう、ドラゴン様」


「…私の名はイロだ。」


「イロ様、僕に世界を見せて下さり、ありがとうございます」


「…こんなのは、世界のほんの一部。もっと広いものだ。...私は全て見てみたいと思う。それが私に出来ることだと思うから」


遠い自分の居た世界に思いをよせながら、私は自分にちょっと似た青年に、少しだけ笑いかけてみせた。

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