綺麗な夢で
そもそも、なぜ彼女はドラゴンになっているのか。
彼女の名は彩葉。大宮彩葉。少し変わった名前だとよく言われるのだが、彼女自身、特に気にしてはいない。そんな彼女はついさっきまで、人間だった。だが、変な夢を、見ていたのだ。
いくつもの星が流れ、還る。ただその映像が、流れ続けていた。
「綺麗だね。いつもここはこんな感じなの?」
綺麗な景色と静かな空間に、彼女は夢か現実かなど考えることも無く、
『お主には、綺麗にみえるか?』
「ええ、とても。貴方はそうは見えない?」
何故会話しているのかもあやふやな中、彼女は誰かと親しげに話し合っていた。
『見すぎたのかも、しれぬな。今の我にはとても小さなものとしか、見えぬ』
現実かどうかさえもあやふやなこの世界で、相手も見えぬまま、当たり前のように会話しても違和感などなかった。
「そうですか。見過ぎてしまうほど見れるのは羨ましいです。私の見るものは、過ぎていくのが早いですから」
『過ぎるのが、早いか………。それは、よいな。何十年も何百年も生きていると、長くてかなわん。我にはお主が羨ましいぞ』
意味も理解せぬまま、彼女は笑う。そしてふと思いついたのか、相手のいるであろう方向へ向いた。
「なら、交換したら幸せだね。まぁ、できたら苦労はしないんだろうけど。」
『百年、千年もの間生きることになったらどうするのか』
寂しい声で呟かれ、彼女は理解できないようで首を傾げる。
「そんなに長いなら寝て過ごしてもいいし、自分よりほかを見ることが出来るじゃない?やることなんて尽きないよ。1人は、辛いかもしれないけどさ」
『1人だ。お主には無理か?』
その返事がどのように運命を翻弄するかわからぬままに、彼女は純粋な心でもって正直に語る。
「1人なら、探せばいい。見つけてもらうんじゃなくて見つけるんだよ。私はどんなことにだって適応できるから!」
自信あふれる笑顔で返すと、相手の呼吸が止まった。驚いたのだろうかと彼女が見上げると、見えなかったはずの相手が、初めて見えた。白銀の鱗が星の輝きに劣らず、それ以上に美しく輝きを放ち、整った絵の1枚のような、ドラゴンがそこに存在していた。夜であろうこの世界が霞むその存在感は、女子高生である彼女の心を強く引きつけるには十分どころか、強すぎた。夢の中なのに覚めるほどで。
『そこまでいえるか。人とは不思議なものだ。少し、体験したく思えたぞ。』
「あ…はい。その、えーと」
言葉が見つからず、ただそのドラゴンから目を離すことが出来ず、彩葉は圧倒されていた。
『我の姿が怖いか?』
「いえ、とっても綺麗で。もっと、私と似た人かなって…」
彩葉の言葉に、何かが面白かったのか、嬉しそうにククッとドラゴンは笑いを噛み締めるようにして声を漏らした。
『人の身には毒だろう。少しの間、お主に似た姿になるとしよう』
その言葉の少しあとに、白い霧がドラゴンを中心に広がり、覆う。手の先すらも見えぬまま、彩葉はドキドキしながらも待っていた。霧が薄くなっていくと、流線的な人の体のシルエットが見えてきた。髪は腰あたりまであるだろうか。聖女のように白いドレスで、髪も同じように白い。視線をあげれば、人ならざる美しさを醸し出す、神々しくも表情豊かなドラゴンだった者がそこにいた。
『どうだ?上手く出来たか心配なのだが。人らしいか?』
「はぅ、美しい以外に言えない…。人ですけど、人じゃない。神様みたいです」
『うむ?見たことがあるのか?』
首を傾げる自然な動作さえも、洗練された1つの芸術のようだ。うっとりしながらも、首を横へ振った。
「私のいるとこだと、本物かわからないですが、絵に描いてることがあるのでそれを参考に思っただけです。実際には…ないです」
『そうか。我は少し見知ったものがいてな。見た目こそ神々しくも中身はそうも変わらんぞ?』
フン、と鼻で笑い、その友人を思い出しているようで、楽しげな表情を見せた。
『まぁ、最近は会うこともない。そんな事よりも、お主には我のようになる覚悟はあるか?』
「えっと…それはつまり、身体を交換するってこと?」
難しそうな話にむむっと眉を寄せた彩葉は、首を傾げ、ドラゴンを見つめる。
『そうだな。今の生活にはもう戻れぬかもしれぬ。我の生は長すぎるからな。その頃にはお主のその身体は死んでいよう』
「じゃあ、ドラゴンさんはもし私の体に居たら、死んでしまうの?それに...あの子が」
そんなのは、悲しい。それに、私には家族こそいないけれど、友人は、いる。事故にあった私を気にしてくれる、優しい友が。
『…未練がある様だなその様子だと』
「未練?私は生きてるんだし、未練…だ、なんて」
あれ、おかしいな。彩葉は突然胸が圧迫されるような強い緊張をしていた。バクバク、バクバクと心臓が暴れ出す。
「だって…これは夢で。私は眠ってるんだ」
いつ、寝た?さっきまで昼だし、地面を焼くような太陽を感じていたはずだ。それで?私はそれを見たあと、どうした?
『これも定めか。お主がここに来たのも定めだ。さぁ、来るが良い。我に心配はいらぬ。身を任せよ、我は共にいると誓おう』
「ドラゴンさん………私は」
『お主の最後は、とても立派だったぞ。我が心は動かされたようだ』
待って。その言葉も言えぬまま、思い出せぬまま、彩葉の身体は世界に流れる星のように急速に消えていく。
『哀しく過ごす必要はない。少し嘘をついてしまったな。許せ、人の子よ』
消えかけた1つの星を、ドラゴンは優しく包み込む。そして、ふ、と一息つくと、それを呑み込んだ。
『ふぅ。もうお主の体には誰も戻れぬな。この我にしても、な。せいぜい、お主の時間を遡って見るのみか。…すぐに見終わるだろうがな、その後はお主を見守るとしよう』
人の体で器用に手を動かし、星を掴む。そして、優しく触れるとドラゴンは寝転がった。
『さぁ、見せよ』
こうして、彩葉の恥ずかしい黒歴史や、恥ずかしい感情さえも知られることとなった。ドラゴンは久しぶりに笑い、楽しんだそうだ。これを後に知ることになるだろう彼女の心情は果たしてどのようなものだろうか。




