導入の終わりはサクッとね
お久しぶりです……。
さて、もうしびれはだいぶ収まった。でもちょっとふらっとするから、ハクに手を貸してもらって立ち上がる。普通に動くにはもう少し必要かな?
「黒鷺」
眉間にしわを寄せた桔梗さんが、声をかけてくる。
「あ、桔梗さん、ごめんねぇ、迷惑かけちゃったみたいで」
口の端を釣り上げて、ちょっと首をかしげる。精神不安定、なら、何も考えないようにするべきね。
桔梗さんはそれが好きじゃないみたいだけど、今また錯乱するわけにはいかないの。わかるでしょ?
ごめんね桔梗さん。怖い顔しないでね。ちょっとくらい許してちょうだい。
「さ、逃げないと。攻略したら、ダンジョン崩れるって割と王道。ドアが開かないのもね」
そっと扉の方を指さすけど、そこには人だかり。いろんな人が扉を壊そうと、攻撃したり、たたいたりしてる。
まぁ、それで開いたら苦労はしないでしょ。てか、この部屋の扉が開いても、下への階段も閉じられてるから、どうせすぐには逃げられない。崩れ切るのと、逃げ切るの、どっちが早いかなぁ?
「クロ」
「なした、ハク?」
……ごめんね。ハク、とても心配かけたかな? でも、ごめん。ちょっと、私、今余裕ないの。
「だい、じょうぶ?」
「うん、大丈夫だぜ。ささ、逃げる算段整えましょうか?」
冗談みたいににやっと笑って、ハクに手を振る。あぁ、ハクに膝枕してもらってたんだ。後でお礼言わないと。
とりあえず出るのが先ですね。
どうかな? 倒壊に巻き込まれたらどうなるんだろう? 今の復活地点はこの部屋の前だけど、女神像が一緒に壊れたら? うぅん、そういうことは今までなかったと思うんだけど、ダンジョン跡にも女神像は残ってた。でももし、壊れたら……近くの神殿に変更とかになるのかな? 二度と復活できなかったり……ってのもないとは言えない。
じゃあ、逃げることに集中したほうがよさそうだね? 死ぬのは、その時に考えても遅くないし。
しかも、あれか、みんな死にたくないから焦ってるんだもんね。もし復活できるってわかっても、あのピエロのことだからって、思ってるのかな?
実際信用ならない。……そう、なら、考えよう。脱出するために必要なことは?
ピエロは言ってた。こんな攻略予想外、せっかくだからいっぱい使おうと思ってた。下の階で使った呪文は、使い道があったってことね。
いっぱい、だから、二回ってことはないでしょう。多分、脱出にも使うのかな? といっても三回か。それもいっぱいではない気もするけど、どうかな? 二回よりはましだから、あっていると思うのだけど。
じゃ、太陽と月の呪文を使う方向で。だって、それ以外に使い道もなさそうだ。ちがくても、試す価値はあるでしょう。
なら、今度はその内容に注目。
“太陽に輝けるは 永久に続く栄光 緑育てる恵みの光 頂点に輝ける 無欠の王”
“月に力あり その光 隠す力あり されど奢ることなかれ すべてを隠す力は無し”
“漏れ出でる光を見よ 光に照らされる導を見つけよ それが反逆者たちに力を与えるだろう”
最初の太陽だけの呪文は、蔦攻略のことでしょう。次に月と一緒の部分、それから最後の文章、これが怪しいと思うけど、全文必要なのかしら? うぅん、魔法のスキルって意味なら短文詠唱でもいいんだろうけど、これはちょっと疑問ね。
疑問は詳しい人に聞きましょう。高レベルの考古学者、とか?
くるっと周りを見回すと、思ったより近くに帽子屋メンバーとハクと桔梗さん、それからリリア嬢とシエル。おやおや、意外と人がいる。桔梗さんは指揮とらなくちゃダメなんじゃないの?
まあ、それは置いといて。
「帽子屋」
「……ご指名かい?」
怒ったような、あきれたような、心配みたいな、不思議な声。あぁ、そういえば、何か言われてたっけ? なんだっけ?
……。
「あのね、聞きたいことがあるの。太陽の呪文は、全文必要? 短文詠唱ってできるのかな?」
「いや……三段に分かれているから、段ごとなら短文詠唱可能だよ、というより、段ごとで効果が違うかな。別物と考えてくれて構わない」
「そっかぁ……」
あれは魔法の連続使用に近かったのね。じゃあ、月と太陽の段からでいいのかな。
「日食を起こして、光をある程度遮りたいの」
「なら月の呪文と、最後の太陽の呪文だけで足りるね」
「私でも唱えれる?」
「君はやめなさい。絶対にやってはいけないよ」
そういって、帽子屋はそっと俺に杖を渡してくる。
あれ、オウル……あぁ、ごめん、投げちゃってたんだ。ごめんね。
いつの間にか、手から離れてしまったオウル。ないことにも気が付いていなかった。だいじな、あいぼうなのに……。
「狼クン、君もね」
「あ」
帽子屋がハクにも杖を手渡した。
ハクもフィジィおいてきちゃったの? ふふ、私らだめだねぇ。……。
「ふむ、アリスでもいいかな? 月の呪文唱えてくれるかい?」
「え、いいけど、僕?」
「誰でもいいんだけれど、魔力に余裕あるだろう?」
「あぁ、そうだね。僕やるー!」
「じゃあ、私応援してますねっ」
「ふふっ、頼んだよ」
帽子屋メンバーの空気が和む。無理はしてるみたいだけど、いつもどおりはいいことだよ、ね。
地響きは続いている。扉の前からは悲鳴が聞こえる。一部床が抜け落ちた。ここは何時まで持つだろう。
「“月に力あり その光 隠す力あり されど奢ることなかれ すべてを隠す力は無し”」
アリス嬢が呪文を読み上げる。帽子屋はすぐには続かない。
天井の光が陰って、扉の前のざわつきがさらに大きくなった。日食が完全になったころ、帽子屋の声が聞こえてきた。
「“漏れ出でる光を見よ 光に照らされる導を見つけよ それが反逆者たちに力を与えるだろう”」
太陽の周りをふわふわ漂っていた光のうち、三か所から強い光が伸びる。
一つは蔦のあっただろう場所、一つは部屋の中央くらい、もう一つは壁。
俺は蔦の方に歩き出す。なんとなく、近かったから。
「クロ」
「うん、一緒に行こうか」
後ろについてきたハクの手を摑まえて、横に並ばせる。
ハクの手、冷たいな。でもなんか、あったかいな。
「あ、桔梗さん、真ん中らへんヨロ~」
「へーへー」
嫌そうな声が聞こえた。振り返りはしなかったけど、人使い荒いなって顔してるのはわかる。はい、すみませーん。
帽子屋たちは壁の方に向かった模様。
さて、光の当たっている場所。部屋の一番奥のところ。緑の蔦の残骸がちらほらと残っている。
モンスターは倒したら消えるはずなんだけどな? こういうフレーバーかな?
まぁでも、この辺指してるから……何かあるかな?
「クロ……」
「ん?」
ハクがどこかを指さす。緑の何かに埋もれて、何かがきらりと反射した。
しゃがみこんで、よく見てみると……金属っぽい? ちょっと気持ちが悪いけど、手を突っ込んで引き抜く。
緑の何かはねとねとべたべたしてて、とても気持ちが悪い! 緑は鮮やかで、ちょっとスライムっぽいけど、蔦の繊維っぽいのも感じる。何? なんか汚い……。
嫌悪感を我慢して、引き抜いたそれを観察。うん、鍵ですね。アンティーク調の、可愛らしい鍵。
「クロ」
「ん」
立ち上がって、できるだけ手を伸ばして、鍵と距離をとる。ハクがそっと水を出して、緑の粘液を流してくれた。これでバッチくないね。
「ありがとう」
「……」
ハクは黙ってうなずいた。
「黒鷺ー!!」
桔梗さんからお呼びがかかる。
「行こっか」
完全にしびれが抜けた。小走りで桔梗さんのところに向かう。
桔梗さんが、リリア嬢とシエルファと何かを囲んでいた。……鍵穴?
床のタイルにひびが入っている。光が当たっている部分のタイルは取り除かれていて、その下に鍵穴が見えた。
ふむ、なるほど。
ためらいなくさっきのカギを差し込んだ。
「鍵?」
「さっきそこで」
抵抗なく鍵が回る。かちりと音がしたけど、ここにあるのは鍵穴だけ。ノブもドアも見当たらない。
まぁ、想像はつきますが。
「おぉー! ドアが出ましたよ!」
「なるほどビンゴ、というわけだね」
「これが、出口……!?」
壁際の帽子屋メンバーが騒ぎ出す。
そちらを見ると、光に輝くドアが出現していた。あらあら不思議。
「でもちょっと思うわけですよ」
私のボソッとしたつぶやきに、桔梗さんが不思議な目を向けてきた。
「あんだよ?」
「そっちの壁って、外じゃない?」
「……いや、外目指してんだろ?」
「いやいや、ここが何階だと思って……」
壁だから外、とは限らないけど、どうかな? そのドアを出たら下まで行く階段があるかもしれないけど、そのまま外だったら、どうしよう? それなりの高さはあったと思うんだけど、そこから落ちた場合の落下ダメージはいかほど?
えー、ちゃんと出口ならいいんだけど、あのピエロは信用ならないからね。どうなのかしら?
「ひらけぇー、ごまっ!!」
あ。
兎嬢がためらいなくドアノブをひねった。
「きゃー!!!!!!」
ドアの外に見えたのは、青空。あーはい、やっぱそうですね?
兎嬢は進もうとして開けたから、床がなくて落ちかけた。外開きだったのが災い。帽子屋とアリス嬢が慌てて引き上げる。
急いで俺たちも三人のもとに駆け寄る。
うぅん、やっぱそれなりの高さ……体感十階建て? さすがにそこまではないと思うけど。外から見た時何階建てだったっけぇ?
「し、し、し……死ぬかと思ったぁ……」
兎嬢が座り込んで放心している。
「これ、降りられませんよね……?」
シエルファがドアから下を覗き込んでいった。
「た、高いよぅー!!」
「でも出るにはここから……だろうね?」
「兎の二段ジャンプでも無理そうだよね」
「無理ですよ!? あれは跳ねるのが主目的です!!」
「ちっ、どうすんだよ……」
わちゃわちゃっと話し合ってるけど、まぁ、何とかなりそうな。
「ハク、どうかな?」
一歩後ろにいたハクに目を向けると、ドアを覗くように身を乗り出す。少し考えるようにした後、静かに一つ、頷いた。
「ん」
「MPは?」
「問題ない」
「精神的に?」
「大丈夫」
「なら、お願い」
「ん」
自信に満ちた、静かな表情。……すこし、気持ちが緩んだかな? なんだろう?
あぁ、うん、わかんないけど、ハクが大丈夫なら、大丈夫。
チートなハク様。頼りきりで御免なさい。でも、ね、あなたがいてくれるから、私はとても安心だ。
「“その姿は流れる水のように けれど動かずただ静か その形は川のよう けれどささやきは聞こえず”」
「あ? 白狼?」
突然の詠唱に、桔梗さんが驚いて名前を呼ぶけれど、詠唱は止めちゃいけないでしょ。
ここから地上まで、結構あるね。結構魔力食っちゃいそう。だから詠唱は長め。途中でやめたら面倒だ。
「みんな呼んできてよ、桔梗さん。数人気づいてパニくりそうだけど」
ちらっと扉の方を向くと、こっちに走ってきてるやつらが見える。みんなが気付いて殺到するのは時間の問題っぽくね?
桔梗さんは舌打ちをして、でもそれ以上は何も聞かずにそっちにかけていく。リリア嬢もそれに続いた。
「お前は?」
シエルファは残って、なぜか俺をにらみつけている。
「見張り。今のあんたは信用ならない」
「あら、そ」
何かしただろうか。全く記憶にないけれど。嫌われてたかな? それなら、少し悲しいな。
ぐっと腕を伸ばして、横に倒す。背中の横を伸ばして、逆側も。すとれーっち。その後何回か跳ねて、体の調子を取り戻す。
だるい、重い、けど、大丈夫かな。
「“天から垂れる氷川”」
ハクの魔法が完成した。開かれたドアから幅の広い氷の道ができていく。川のように曲がりくねり、時に段差をつけて、その道は地上へと続いた。乳白色のみちは、太陽の光を受けてキラキラと虹色に輝いた。
「これを降りればいいんです?」
「強度大丈夫なの……?」
「……」
兎嬢とアリスがこんこんと氷をたたいた。
強度は問題ないと思う。何回か遊んだことがあるから。でも問題は。
「氷なんだよね。だから、普通には下りられない」
まあ、遊びでやったことがあるからいけると思って作ったものだから。遊んだときは、滑り台として。つるっつるの氷の道。そりゃあ楽しかったですよ。
でもさ、その時はもちろんこんな高さじゃねえわけで。今はこの体感十階建てくらいから滑り降りなきゃいけないわけで。
……さすがにちょっと怖そうね!!
「絶叫マシンはお得意?」
バックからスケボーにでも使えそうな板を取り出して、ウインクする俺に、二人は顔を蒼くした。




