断末魔
赤い月がちらつく。目にはさっきの黒い洞が焼き付いている。耳をすませば蔦化け物の声が聞こえる。
「あぁ、ぁぁぁあああ、だ……」
錯乱してても、ちゃんと聞こえていた。理解してなかったけど、届いていた。
もっとよく耳をすませば、それはちゃんと声になる。
「あぁぁああだ、いぁあだ、いや、だ」
多分どんどん崩れてる。今はどれだけ原形をとどめているか、見たくない、知りたくない。桐嶋さんの胸に顔をうずめて、拒絶する。
耳もふさいでいたけれど、なぜか、どうしても、聞こえてくる。聞きたくないのに、聞かなくちゃいけないっていう義務感にかられる。
見たくないなら、せめて聞け。
「いあだ、じ、く、ない、じぃだ、ない……死にたくない」
口の形はまだあるだろうか。発声器官はどこだろうか。そんなことはわからないけど、ちゃんとそれは声を発していた。
死にたくないって。
あぁ、あれは生きていた。私はあの目を知っている。殺された人間の目だ。絶望に沈んだ、生きたいという望みがかなえられなかった、空虚な瞳。
理屈じゃない。でも、私はなぜか、そう理解してしまった。
【ぱんっぱかぱ~ん☆ だぁい★しょぉう☆りぃ!!★☆★】
突然、甲高い声が聞こえる。
【やぁやぁ、すごぉい、ですね!!★ 本当に倒しちゃったんだぁ★★★ おめでとー――!!☆】
場違いなファンファーレ。やたらと高いテンション。あぁ、元凶のお出ましだ。
唇をかみしめて、涙を引っ込める。乱暴に目元をぬぐって、桐嶋さん……桔梗さんから離れた。立ち上がって、奴をにらむ。
空中に浮いた、小さな女の子。前と同じ、血に濡れたピエロ衣装。
【しかもとどめを刺したのがぁ★ きゃはっ☆ この中で最弱な魔術師なんて~☆ マジ受けなんですけどぉ~~~~っ★】
腹を抱えてゲラゲラと笑っている。わざわざ何人も笑っているようなエフェクト付きで。バラエティじゃないんだけど。
杖はどこだ? 魔力はどれだけ回復した? 体は動く? しっかりしてよ、黒鷺さん。今は茜じゃぁないんだよ。
桔梗さんに腕をつかまれた。そっちを見ると、馬鹿な真似をするなとでもいうような目と合った。そして首を振られる。
なんで邪魔するの? あいつ殺しちゃえば全部終わりじゃない。
【あはっ、なんか殺気感じますぅ~♪ こわぁい☆】
ピエロが頬に手を当ててぶりっ子ポーズをとるけれど、にやにやした口元が隠れてない。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
そんな言葉が、するっと口から出てしまった。
【はぁ? 直言許した覚えないんですけど? ……って、言いたいとこですが、心のひろぉい朕は許してあげる☆ やばっ、かんだーい!!★★】
思い切り見下されたけど、すぐに表情は崩れた。満面の笑みで宙返り。ピエロは今日も絶好調らしい。
【ま、約束だったしねぇ! いいよ、なぁに?】
そうだ、確かに約束してた。なんだっけ? あぁ、あの広場の時だ。ピエロに褒められて、それで質問権をもらったの。覚えてたんだ? その場のノリで言ったと思ってたけど、案外律儀なのね?
ちょっと時間を置いたから、正直に答えてくれるかわからないけど、それでもいいや、どうでも、いいや。
腕がギュっと締め付けられる。桔梗さんがやめろって、刺激するなって怒ってる。でも、無理だよ。ねぇ、私とても気になってるの。
「あのさ、さっきの、ソレ、ちゃんと生きているよね?」
視線を向けないように、蔦を指さす。
それを聞いたピエロは、一瞬驚いたように目を見張った。そしてそれを隠すように、すぐに笑い出す。
【あはははははは!! 何言ってるの?? 生きてるわけないじゃん!!】
あぁ、なんだ、やっぱり、そうだよね。死んだ人間の目みたいなんて、気のせいだ。ちょっと心が弱ってて、ただ昔のトラウマに被っただけ。ね、だって、NPCが生きてるわけ……
【だって、お前が殺したんだから!!】
「クロ、クロ……」
「ん……」
体がしびれていた。頭がぼんやりするけど、それ以上に手足がピリピリする。感覚が遠い。
「クロ……」
「ぁく……?」
口もうまく動かない。目がかすむ。何回か瞬きを繰り返して、やっとハクの心配そうな顔が映せた。
焦点があったとわかったのか、ハクがほっと笑みを浮かべた。……まぁ、当社比なんですが。
えーっと、何があったんだ?
体を起こそうとしたら、ハクが背中を支えてくれた。……あらやだ、それまではハク様の膝枕だったみたいですわよ奥さん……。やばい、ファンに殺されかねん……。
【なぁんだ、つまんない】
「うるせぇ。司会進行は速やかに行え」
【えー、ちょっとくらい楽しませてくれたっていいじゃんか。まぁ、いいけど】
女の子と桔梗さんの声が聞こえる。
……。
あー、うん、強制シャットダウンでもさせられたかな……。要するに気絶。はい、一回落ちると起動するのに時間かかるのが黒鷺印のパソコンなんで……。
はぁ、ちょっと、考えがまとまらないけど、その分カッとならなくていいのかな?
「クロ?」
「……だいじょうぶ」
少しぐったりしてるけど、問題は、ないかな。
電気系統のスタン攻撃でも使われた? しびれがすぐには抜けそうにない。
【えー、コホン。やぁ、おめでとう!!★ 最初のボスモンスターを倒した記念に、この吾輩自らお祝いに来たのでアール!!】
白けた場に、響き渡るファンファーレ。痛々しいほどにハイテンションなピエロは気にしていない模様。
【いや、本当はですね、もうちょっとギミック用意してたんですよ? 呪文とかあったじゃないですか? せっかくだからいっぱい使ってもらおうとしてたのに、まさかでしたよ……ごり押しなんて聞いてないです、本当に、ハイ。呪文使えば太陽が隠れて、あの花が枯れる予定だったんですよ。枯れたら魔法が効くようになって、ズドーンの予定だったんですよ。物理防御高めに設定してましたしね? それが魔法と物理のコラボレーションで、予想外の威力で、花を切り離すだけでHP全削りとか……考えられるわけないじゃないですか。予想外が過ぎますよ。花って切れたんですね。やっぱりリハーサルと調整は大事です。学ばせていただきました。まあでも、こちらの都合上、どうしても一発勝負になってしまうことが多いので、つらいところですが。というか、今回みたいなのはリハーサルしても意味ないレベルの予想外でしたしね。まぁ、それも楽しめましたが、ハイ】
テンションが急に落ち込んで、ピエロはぶつぶつと早口にしゃべりだす。ここだけ見れば完全に陰キャとかのあれだけど、一瞬での様変わりってことでやばい奴さが爆上がり。
でも、あぁ、やっぱり呪文使うんだ。それが正攻法ね。チートハク様がいなかったらもうちょっと頭使ってたかもだけど、ごり押しができそうだったから仕方ない。最終的に力こそパワー。
【いいんだけどね★ では、勝利者にはご褒美を! 本当はドロップ品だけど、最初だからねっ☆】
キラキラボイスに切り替えて、ピエロは俺を指さした。
俺の目の前に、何か光が出現する。
「ぇ」
【MVPは君だ。さぁ、受け取り給え~♡】
何をもってMVPだ、とは考えちゃいけないって思った。……本当は、ゲームの都合上、ボスにトドメを……。
あぁ、違うね。これはきっとピエロの独断。だって今のゲームはあいつがのっとってるんだもの。いつものシステムとは違うでしょう。そうでしょう。だから、何も考えないようにして、手を伸ばす。
冷たくて、硬い……石? 俺がそれをつかむと光が収まって、キラキラとした石だけが残った。
透明で、綺麗にカットされてて……まさにそれはThe・ダイアモンド。
はい?
【こほん。それは始まりの石である。旅立つ君らへ祝福を。これからの冒険に、幸多からんことを!!】
ピエロがまじめらしい声を取り繕って、なんかのRPGのオープニングにでもありそうなナレーションが流れる。
でもやっぱり真面目はそんなに続かない模様。すぐにウインクをして、唇をゆがませる。
【ゲームクリアおめっとさん☆ そしてこの塔はお役御免★ つまり時限式で爆発、みたいな?☆ きゃー、爆発落ちなんて、サイテー!!☆★☆】
そういうが早いか、甲高い笑い声を残して、ピエロの姿がかき消えた。それからゴゴゴゴという地響きのような音が聞こえてくる。
えーっと、なんですって? 爆発落ちなんて、サイテー……?
天井の一部が落ちてきた。壁からぱらぱらと小石が落ちる。
「崩れるぞー!!!!」
誰かがそう叫んだ。
~Side・White~
ピエロの女の子が、クロの質問に答えた。
俺にはよくわからない質問だったけど、きっとクロにはとても大切な問いだったんだ。
ピエロの女の子が不快な笑みを浮かべた。
【だって、お前が殺したんだから!!】
「ああああああああああああ!!」
クロが叫んだ。桔梗さんの腕を振りほどいて、ピエロの女の子に向かって手を振り上げる。
ちょっとまって、殴るのはさすがに無茶だと思う!
桔梗さんも慌てたようにクロにしがみつく。俺もそれに続いた。暴れるクロの腕を何とかつかむ。
「クロッ、待って!」
「茜、バカっ、やめろって!!」
クロの力はとても強い。俺たちの声が聞こえていないみたいで、目はあの子だけを見ている。
さすがに男二人で抑えているから動けないんだろうけど、全力で暴れるクロには抜けられてしまいそうな迫力があった。
どうしよう、少し、怖い。
「“サンダスタン”!!」
「っ!」
桔梗さんが何かを唱えると、クロの体から急に力が抜ける。そのまま地面に倒れこみそうになるのを、ギリギリのとこで受け止めた。一緒に落ちたところもあるけど、クロが地面にぶつからなくてよかった。
「わり、すぐ目を覚ますとは思うんだが、黒鷺のこと頼む」
桔梗さんが俺の目を見て、そういった。
よくわからない。なんでこんなことになっているの? どうしてクロを怖いと感じることがあるの?
とても悲しくて、つらいけど、頷いた。今俺にできることは、ない。
俺が頷けば、桔梗さんは少し表情を緩めた。それからまた怒ったように、ピエロの子に向き直る。
俺はどうしていいかわからなかったけど、クロが痛くないように、寝かせた。膝枕して、顔にかかった髪を払ってあげる。
ねぇ、何があったの、クロ……どうしたの、俺に何かできることはあるかな? 教えてよ、寂しいよ、悲しいよ。
助けて、クロ……。
「クロ、クロ……」
「ん……」
「クロ……」
少しして、クロが目を覚ました。よかった。
さっきまでの怖いクロはいなかった。俺の知ってるクロが戻ってきてくれた。
……違った。
ピエロの子を見たら、クロはそっちばかり見る。確かにあの子は重要で、とても気になると思う。
でもそういうことじゃない。なにかが、違う。目が、怖い。ここじゃないどこかを見ている気がする。必死にどこかを見ることで、何かから目をそらしているような気がする。
クロ、お願いだよ。どこかに行かないで。心配だよ、どこを見ているの?
……俺は、クロがここにいる理由には、ならないんだね?




