俺の喧嘩は俺の物、ハクの喧嘩も俺の物
「役立たず!!」
その言葉が俺の堪忍袋の緒をやすりで削る。ざりざりと。
「ちょ、止めろよ!」
誰かが止めたような声が聞こえるけど、KYはさらに声を大きくしてハクを罵った。
「何がチートだ糞が! 全然役に立ってねぇじゃねぇか! フェンリルだぁ? どこがだよ! 二つ名もらっていい気になってんじゃねぇぞ!?」
ざりざり。
「チートってなんだよ! 強く見せてただけかよボケ! 嘘っぱちがくんじゃねえカス!!」
「ばかっ、本気でやめろって!!」
ざりざり。
「テメェみたいなのがいるから負けたんだ! 邪魔すんじゃねぇお荷物が!!」
ざりざりざ……ぶちっ。
「おう誰だ糞野郎! ハクに喧嘩売んなら俺が買うぞ、ゴミがっ!!」
やすりかけすぎて千切れた堪忍袋の緒は、もう繋がってくれない。ちぎれた勢いそのままに俺は部屋を見回して大声を上げる。
「クロ」
ハクは俺を押さえるように裾を引くけど、悪いね、ハク。これは許せんぜ。
部屋の中から、こっちを睨み付けてくる侍風の男を見つける。俺よりでかいけど、若いかな。月の呪文唱えてた神父服が侍男をなだめようとしてるけど、知り合い? 関係ないけど。
「おめぇかよ、ハクの悪口言ったのはよぉ?」
部屋の真ん中付近。俺はそいつの方に足を進める。ハクはついてきたけど、周りにいた人間はどんどん場所を開けていく。気分はモーゼ? そんな良いもんじゃなさそうだけど、邪魔が入らないのはいいよねぇ。
真正面からその男を睨みあげる。クソ、デカい。ブーツ底厚めなのに、それでもちょっと足んない。悔しい。でも引かんぞクソがっ。
神父服は焦ったように侍男の服を引っ張るけど、そいつは俺を睨むだけで動く気はないらしい。前言撤回する気もないってさ。よろしいならば戦争だ。
「あぁ、俺だよ。事実言って何が悪い? ここまでオヒメサマみたいに守ってもらってよぉ、それで実際は役立たずでしたって? そんなん通るかよ!! 守られたいなら最初から家で引きこもってりゃいいんだよクソがっ!!」
「オヒメサマみたいに守られてたってぇ? 役立たずぅ? どこがだよ!! ボス部屋で最初の一撃から守ったの誰だと思ってんだボケ! テメェの目は節穴かよ。ハクがただのオヒィさんなわけねぇだろうが!!」
いや実際オヒメサマみたいに守りたいけどさ、精神的にはそんなこともあるかもしれないけどさ、本当はハクは強いんだよ。本当は俺なんかいらないくらい。さっきだって、俺は守られるばっかで、あの蔦モンスターに攻撃だって入れてない。
あああああああ! 悔しい! 八つ当たりかもしんないけど、このわかってないボケに反論したっていいよなぁ!?
「敵殺せねぇで何がチートだ! 防御なら誰でもできるだろうが!!」
あー、これは多方面に反感かったな。一部でざわっとしたのが感じられる。防御魔法ってそれ専門の職業があるくらい重要視してるやつもいるんだ。それなのに誰にでもできるなんて、さ。馬鹿にしてるよね。
こいつが本当に言いたいのは、ハクのチートは攻撃特化だろってことなんだろうけど、言葉選べよな。
てか、普通ならどっちかなんだよ、攻撃か防御か。それなのにどっちも高水準でできるハクはそれこそチートってことだよおわかり? わかってねぇんだろうからこんなあほが言えるんだろうけどさ。
確かにあっさり攻略してこそチートって感じかもしれないね? 漫画とかでは誰も倒せない敵を倒してこそチートっぽいしね? 隠された力とか、固有能力とか? でもさ、それは夢見すぎじゃない? 現実のチートは、実際は世界の理に縛られてる。この場合ゲームシステム、魔法吸収能力とか。魔法チートが吸収能力あるやつに勝てるのは無理。チートだって万能じゃないんだぜ?
チートがゲシュタルト崩壊しそうでよくわかんなくなってきたけど、結論、
「ばっっっっっかじゃねえの? お前」
めちゃくちゃ力入れてバカを強調してやった。ここまで馬鹿だと一周回って怒りが沈静化してくるね。
「適材適所って言葉ご存知? 今回ハクは攻撃しようとして失敗したけど、適所じゃなかったわけだ。でも、ハク様クオリティがこんなもんで終わるわけないでしょ。適所はほかにあるんだよ」
「バカはテメェだ! 魔法ぶっ放して、敵倒すしか能のねぇやつが、他に適所なんてあるわけねぇだろうが!!」
これまたぶちっときたけど、キレ切る前に、さらなる爆弾投げやがったこのKY野郎。
「てか、テメェ、そもそも適材ですらねぇじゃねぇかよ、このフタケタ!! テメェこそお荷も……」
「あ、バカ! ハクストップ!!」
慌てて杖を取り出して、ハクの杖にぶつける。キンッ、と済んだ高い音がして、ハクが不満そうに動きを止めた。杖の上の蛇は牙をむいて、完全に攻撃態勢。
ハクサン、さすがにこの場でPvPはまずいと思うの。俺が言うのもあれだけど、手は出してなかったぜ、俺?
「クロのは俺が買う」
俺の喧嘩はハクが買っちゃうんだよなぁ、しかも大金出して釣りはいらん状態で。
俺はこれで完全に冷静になる。あかんは。喧嘩だめね。うん、そーりー。
「あ!? ざけんなよ、このっ!!」
「ばかー! もうマジでやめろって! ダメだってば! 白狼様の前でフタケタは禁句なんだって!! あの事件忘れたの!?」
俺がハクを押さえてる間に、今度は神父服が侍男にタックルをかましてやめさせようとする。
……ちょっと待ってあの事件ってなんですかね?
「ハクぅ?」
ハクは心当たりがあるのか、視線を逸らして杖を待機状態に戻した。ちょっと、本気で何やったのかな???
まぁ、いったん落ち着いたみたいだし結果オーライしとくか。……本当に何やったんだか。神父服が恐怖でガクブルしてんぞ?
「ま、俺はフタケタで結構だけどね。いや、もうミケタなんだけどさ?」
侍男に向き直って、今度は冷静に、冷静に! 言葉を続ける。
「はんっ! ザコにはかわんねぇだろうが!」
「バカ! ばかばか!! やめろっつぅの!!」
ザコ発言でまた不機嫌さを表したハクに、神父服は顔を青くする。泣きそう。可哀想。でもそのくらいこういう時のハクはやばい。
俺もさすがにまずいと思って、ハクの前に出て制する。うっかり殺したらシャレにならん。でも侍男はそんなこと気にしてないみたいで、神父服もハクも無視で俺を睨み付けた。
「俺がザコいんは認めるぜ? でもハクはちげぇよ。撤回しろ。ハクは強いさ。まだ負けてねぇ」
「負けただろうが! だから俺らここにいるんだろ!? ……あいつ殺したら帰れるかもしれねえっつうのに、頼りにしてたやつは役立たずで、これからどうしろっつぅんだ! 責めて悪ぃのかよ!!」
はぁーん? つまりこいつはとっとと帰りたいがためにこの攻略に参加したわけね。で、当てが外れたから怒ってるって。
……はぁ?
「あんたバカァ? あ、ごめん! バカだよね! ごめんねぇ、当たり前のこと聞いちゃって!」
うっかり口がすべってよくあるセリフを呟いちゃったけど、こいつはバカだ。聞かなくてもわかるわこんなん。すまんすまん。
俺の言葉の意味がわかるのに、ちょっと時間が必要だったのか、ワンテンポ遅れてそいつの顔が真っ赤に染まる。はい、理解力もなしっと。
「ん、だとぉおおおお!?」
「お前、自分の言ったことわかってねぇの? おんぶにだっこで攻略できると思ってんの? てか、それするつもりでここいんなら、お前こそお荷物なんだけど?」
頼りにするのはいいけどさ、頼りきりになるのはだめでしょ。ハクはサポートもできる強い子なのに、ただの大砲としてしか認めてねぇのこいつ。そんなん許せないよね。ただの火力要員じゃないんだよ。
「それにさ、こういう大規模攻略って、一発クリアなんてそうそうねぇんだよ。お前、他のやつに参加したことねぇの? 新ダンジョンに、新ボス。最先端走ってるギルドがどんだけ地味な作業繰り返してるか知らねぇの? 挑んで負けて覚えて、ちょっとずつ進んでくんだぜ? それを、お前、知らねぇの?」
俺達だって新ダンジョンに挑んだことある。てかここにいるやつはそういうやつらを集めてる。そう言う地道な工程に耐性があるやつを集めてるんだよ。一発クリアなんて、できたらいいなって言う夢幻レベルの気持ちしか持ってないんだよ。
それなのに、何? 一回死んだくらいでこんな怒ってさぁ、もしかして一発クリア前提で挑んでんの? どんだけ舐めくさってんの?
そもそもハクだって得意属性だってあるんだぜ? 今回はどういうダンジョンかもわからないから、いろんな属性が高水準で使えるチートを呼んだだけであって、本当はハクは水属性とかもあんまりなんだよ。火に弱い植物系のボスが相手だったなんてラッキーなの。それも多分わかってないよな。未知の領域に挑んでるんだって意識、ある?
「ふざけたことばっか言ってんなよ、甘ちゃん。そんなに怖くて怯えてんなら、お前こそこんなとこ来んなよ。オヒィさんみたいに家の奥にでも引きこもってたら?」
さすがに呆れが強すぎて、相手にする気力もわかなくなってきた。興味を失って、侍男から目を逸らす。
なんか精神的に疲れたなー、とか思ってたら、侍男がまだ噛みついてきた。うぜぇ。
「ざけんな! てめぇらは後ろで俺達に守られてて、だからそんなことが言えんだよ! 吹っ飛ばされる恐怖とかわかってねぇから、そんなことが言えんだよ!!」
ただのゲームだったら、リアルっぽくても大丈夫。でも今はここが現実と同じ価値を持って、しかも血が流れるってリアリティもある。だから前衛である侍男はビビっちゃってる。つまりそう言う事?
後ろにも攻撃は来るときゃ来るし。つーか俺も吹っ飛ばされましたけどね? てか他の前衛さんはつっかかるなんて子供っぽい真似してないんだけどね? つまりこいつがブルっちまって、八つ当たりしてるだけじゃん。
はぁ、なんなのこいつ、まじうぜぇ。
「だったらまじで、お前ここにずっと引きこもってたら? お前みたいなやつに足引っ張られるより、お前の穴埋める方が楽だと思うよ、本気で」
ため息まじりにそう吐き出すと、急に足が浮いた。息が苦しい。
「テメェに埋められるわけねぇだろうが!!」
あー、胸倉つかまれとりますわ。体格差が厳しいね。まぁ、逃げられないことはないけど、どうしようか。
「ハク、待て……」
とりあえずこの男を殺しかねないハクにはストップかけて。……あー、早くして。
「そこまでだ!!」
今までずっと様子をうかがってた桔梗さんが声を上げる。遅いよ。しかも言葉だけじゃ止まりそうにないからさ、桔梗さん、早く何とかして。俺がこいつと話すのあきらめたの察してましたよね?
「武闘、止めろ。今すぐだ」
少しの間。それからしぶしぶって感じで下される。やっとまともに息が吸えるけど、急に吸うと痛めちゃうからゆっくりを心がけた。
「けほっ……ん、はぁ……」
ちょっとHP削れたかな。まぁ、これくらいなら時間経過で治る治る。装備品効果万歳。
ふらつく体をハクに支えられて、桔梗さんの方を見る。
「おせー」
「悪い。でもこのくらいでちょうどいいだろ?」
「けっ」
ひそひそっと言葉を交わしてから、桔梗さんは声を大きくして、皆に向けてのパフォーマンス。
「悪い、黒鷺。こちらのミスだ。まさか大規模戦闘未経験者がいるとは思わなくてな」
「なっ!」
桔梗さんの言葉に侍男はまた怒ったみたいだけど、桔梗さんが一睨みで黙らせる。きゃーおっかない。さすがに貫禄的なのもあるし、侍男もビビったみたいで引き下がった。こいつ、想像以上に若いな?
「いや、いいけどね。でも、まだ負けてないよ。でしょ?」
思った以上に手も足も出なくて、皆想像以上に打ちのめされてる。だからこそのこの騒動。
……いや、嘘です。本当は俺が勝手にぶちぎれただけ。でもこれも良い材料になるかなって思ったのは本当。侍男の言いがかりは、けっこうみんな思ってる。チートって言われてるけど、そこまででもないじゃん、みたいな失望。
でもハクはまだ負けてないよ。俺たちまだ負けてないよ。チートに完全敗北なんて似合わない。
でしょ? って俺を支えてくれてるハクに目を向ける。意味が通じたのか、表情を柔らかくして、頷いてくれた。やぁ、心強いや。
「……でも」
ハクがそっと口を開く。
「でも、お荷物だって言われるなら、俺は手を出さない」
…………え
「白狼!? 話が……」
桔梗さんが慌てて声を上げるけど、それをハクはさえぎった。その鋭い目つきは桔梗さんもたじろぐほどで。いやぁ、美人さんの切れ味はやばいね!
「クロを攻撃して、俺が黙ってると? 早く帰りたがるなら、その分手間取らせる」
あら、思ったよりこりゃハク様ご立腹でしたわ? 珍しく滑らかな強い口調。激おこですわ? 侍男に対する嫌がらせが酷い。一番望むものを与えない。ヤダ強い。
ちょっと待って……それって桔梗さんの頭と胃にもダイレクトアタックだから!! やめてよ桔梗さん、俺を睨んでも仕方ないよ!? こうなったらハクサン説得に応じてくれんからね!?
「面倒なことしてくれやがって……」
桔梗さんが思わずって感じで侍男を睨み付ける。本音、漏れてますよ。
「はぁ? 元々役立たずなんだから、手をださねぇも何もねぇだろ?」
このKYはさすが空気読めてない。何当たり前のこと言ってんだ、みたいな表情。ざけんな。
「他にも色々手はあったんだよ、くそっ」
「あー、ハク、考え直さん?」
「直さない。……クロの補助はする。それだけ」
「……桔梗さん、禿げないでね」
「現実の俺の髪がなくなったら、お前に植毛代請求してやる」
「いやん、俺の貯金はゲームのためにしか存在しないんだけど」
なんて軽口をたたいて、頭抱えちゃった桔梗さんを慰める。……追い打ちになってないよね?
ちらっと侍男を見て、とりあえずお前も禿げろって呪いをかけておく。毛根一本も残さず死滅してしまえ!!
「はぁ、じゃ、俺が頑張ればいいってことでおけ?」
「頼んだ」
ハクの体から離れて、俺は真正面から侍男を睨みあげる。
「おめーがびびって前線出れないって言うなら、俺が出るよ。お前、姫様みたいにすっこんでて?」
「は?」
俺の一撃に、侍男は本気で意味がわからないという表情。でも関係ないね。理解するのを待たずに、桔梗さんに宣言する。
「桔梗さん、次で終わらせるよ、いいね」
「いけるかぁ? さすがにもう一戦……」
「ここまで馬鹿にされたんだ、次で終わらせてやるよ」
実際結構厳しいかもだけど、やるしかないぜ。やってやんよ。
「寝言は寝て言え!」
反射的にか、侍男が噛みついてくる。
「黙れよ屑。お前には髪一本も期待してねえから、失せて?」
ぴしゃりと言ったら、さすがに絶句した。うせての意味が通じてない可能性もあるか? まぁ、なんでもいいや。そのまま口閉じてろ。
「じゃ、俺いったん解析してくるよ。作戦たてて、全部だめだったら……ごり押せば死ぬだろ」
「俺らが死ぬわけじゃねえよな?」
「これだけ大口叩いたんだよ、俺達が死んじゃ、大草原どころじゃないよね」
それだけ言って、ハクの手を引いて歩き出す。もう侍男の事はどうでもいいから、頭から追い出してっと。
さて、まずは解析……。




