茶会崩壊音
前半帽子屋視点
後半黒鷺視点
~帽子屋の回想~
あぁ、あの時は、私も三月も少しウキウキしていたんだ。アリスは少し不安そうではあったけれど、どうせ単なるいたずらとでも思っていたんだろうよ。帰れるのを確信していた。たぶんね。
そう、サーカスみたいな飾り付けをされた広場でのことだよ。
私たちは質の悪いイベントくらいにしか思ていなかった。
私はね、この世界に閉じ込められた、そう宣言されたときでさえ、楽しんでいたくらいだ。
だからこそ、かもしれないね。私は皆とは違ったんだよ。だから三月やアリスの気持ちを理解できずに傷つけてしまった。
なんだったか、そう、閉じ込められた。はっきりとそれを感じた時だ。
小説やなんかであるだろう? 封鎖されてから始まる冒険譚。デスゲームではないけれど、ずいぶん胸の躍る展開だ。デスゲームでない分安心だしね。私はそう思ったんだよ。
笑いながら楽しみだな、と言おうとして、二人の顔が強張っているのを見たんだ。
どうしたんだと私は問いかけた。それはとても不思議そうな表情だったと思うよ。なぜなら、楽しい、退屈とは程遠い展開だ。私はこういうのを待ち望んでいた、と言ってもいいくらいだ。
だが二人は違った。
どうした? どうしたってなんですか!? 閉じ込められたんですよ!? 本当に出られないんですよ!? ちゃんとわかってるんですか!?
三月はヒステリックに叫んだ。もうあの子は消えていたから、その分の感情も爆発したようだったよ。
ピエロのあの子がいた時は呆然として、周りに流されることもできなかったようだから。
しかもピエロのあの子はデスゲームとも言っていたから、余計感情を抑え込むしかなかっただろうしね。
今思えばアリスは黙れと言われたときに、叫ばないよう自分の口を押えて震えていたような気がする。指の先が白くなるほどの力をこめて。
そんなことも今になって気が付くとは……本当に私は最低だ。
え? あぁ、そう。三月はピエロのあの子がいなくなって、広場の封鎖が解かれた後、私の言葉でヒステリーを起こしたんだ。
驚いた。三月はいつも脱力気味に、マイペースに、斜に構えていたからね。あんなに取り乱した姿は初めて見たよ。
私が傷つけてしまったと今になって後悔している。その時私は心がついていかなかった。どう対処していいかわからなかったんだ。
なんで、どうして!? 私が何したっていうの!? 帰れない!! 帰れない!? なんでよ!!
三月の金切り声が耳に痛くて、とりあえず落ち着かせようとした。その言葉も私は間違えた。
三月、別に死ぬわけじゃないのだし、いいじゃないか。帰れる方法はあるはずだろう? あの子の言葉だと。だったら楽しもうじゃないか?
はぁ!? あんたホントにいかれてんじゃないの!? 楽しむなんて……だいたい!! あいつの言葉が真実だなんて証拠、どこにもないじゃないですか!!
だったら、閉じ込められたって証拠も……。
私は!! 私には!! ……ログアウトボタンがないんですよ!!
そこで知ったんだ。最初のウキウキしていた様子は、偽物だったとね。ログアウトボタンがなくて、でもログアウトできないなんて信じたくなかったんだろう。だから余計楽しむふりをしていたんだ。
帰れないことが皆より重くのしかかったんだろうよ。三月は泣きそうに赤くなった目で私を睨んだ。
あなたは帰れるんでしょ? ログアウトボタンがあるんでしょ!? だから楽しむなんて馬鹿なこと言えるんですよ!!
そう言って駆け出そうとする三月の腕を私はつかんだ。
三月!!
触るな!!
すごい力で手を振り払われた。初めてだよ、仲間にあんなに敵意を向けられたのは。
驚きに固まる私を置いて、三月は人ごみにまぎれて去ってしまっていた。
追いかけようと思ったさ。けれど私も駆け出そうとした、ちょうどその時、後ろから青い炎が見えたんだよ。
お嬢さん!?
お嬢さんは青いマントをすっぽりとかぶっていてね、口元しか見えなかった。そう、今のお前みたいだよ黒鷺。
それでお嬢さんは自分の体を抱くようにして、ずっと何かをぶつぶつつぶやいていたんだ。
青い炎って言うのはお嬢さんの召喚獣のものだと思う。召喚者の体力をずっと奪い続ける代わりに攻撃力が上がるような効果の付いた召喚獣だった。
ずっと使い続ければ死んでしまうものだよ。
どうにかして止めようとしたけれど、近づこうとすると体を丸めてしゃがみこんでしまった。
触れようとすると過剰に震えるんだ。どうしたらよかった?
お嬢さん、止めよう? このままでは……。
アリスは首を振るばかりで、止めようとしなかった。
もう私も混乱して、どうしていいか全く思いつかなかった。言葉だけでは止められないし、触れるのも嫌がる。
三月の負の感情にあてられてね、もう怖くて仕方なかったんだよ。
私は何度も呼びかけた。三月も気になったが、死に進むアリスの方が放っておけなかった。というより、目の前のことにしか集中できなかったんだ。
やだ、やめて、ごめんなさい、いや、いや、いや……。
かすれていて聞こえづらかったが、どうもそんなようなことをずっと呟いていたような気がするよ。いや、正直なところ、わからない。ともかく苦しそうな、吐息のようなものだったんだ。
召喚獣の効果は緩やかだった。でも着実に、アリスの体力を奪って、そして、終わらせた。
最後の瞬間、アリスは少しの間私を見つめた。
そして笑って、消えた。口元がね、笑ったんだ。
ただのゲームと同じように、光を残して消えたんだ。あとには何も残らなかった。いや、雫が残っていたよ。涙、かもな。
苦しそうな声も、表情もなかったのが救いだった。それくらいしか救いを見いだせなかった。
もう私に残ったのは虚無だけだった。空っぽになってしまった。
しばらく呆然と立ちすくんでいたけれど、広場に人がいなくなった後、我に返って探したよ。
死んだのなら神殿にいるはずだと思って、いろんな町の、大陸の、神殿を探した。
逃げ出したというのだったら、街中を隅々まで走り回った。
けれど二人とも、どこにもいなかった。探し出せなかった。
チャットが回復してから、何度も何度も連絡したさ。けどどれにも反応がなかった。
どうしたらいいか。そればかり考えて、大陸中彷徨って、お前を見かけた。
黒鷺、お前ならどうにかしてくれそうだと、最後の頼みの綱だったんだ。
わかってるさ。勝手な考えだ。お前には関係ないことだろう。
でも、もう、本当に、わからないんだ……。
~~~~~
「え、ちょっと待った。お前一睡もしてないの? あんときから!?」
三日は経ったぞ!? おかしいだろ!?
「一度死んで、二度ほど気絶したが、それ以外はずっと探し続けていた」
「死ぬ!? なんで?」
「人は、寝ないと死ぬ生き物らしい」
「……」
思ったより重症だ。くっそ。俺が今、お前に対してどうしていいかわからねぇよ!!
俺にもいろいろやりたいこと、やんなきゃダメそうなこと、あるけどさ。目の前でこんな憔悴しきったやつ放っておけるほど良心がないわけじゃねぇしな……。
「……はぁぁ……」
ホント、どうしてくれようこの状況……。
「……すまない」
「謝んなよ。だったら迷惑かけんなって言いたくなるから」
「あぁ……」
俺がちょっとイラついてたから、また帽子屋がすまないと言いそうになった。ま、睨んで黙らせたけど。
……見えないか!!
「わかった。何ができるかしらねぇけど、協力してやる。まずは二人の……三人か? 居場所くらい……」
仕方ない。優先度で言ったら、何が一番か?
ハク? ギルド? それとも目の前のこいつ?
違うな。アリス嬢だ。
いくらゲームだっつっても、実際に死を体験することになる。それって実はかなり精神に来るんだ。
死に癖がついたら困る。現実に戻った時、切り替えられなくなったりして、現実での死まで軽くなってしまう。鬱みたいになるっての? 簡単に死ぬようになってしまう。
死を逃げ道に使う。死ぬって言うことがちゃんと理解できなくなる。そんなの絶対だめだ。今だって逃げられないのに、時々死んでる? そんなのダメ。そのまま現実に戻っても、復帰なんてできない。現実で死を逃げ道になんてできないんだから……。
「黒鷺?」
「あ、あぁ? 何?」
ちょっと物思いにふけりすぎたもよう。帽子屋の呼びかけに気付かなかった。
「いいのか?」
「あぁん? 何が?」
「お前もいろいろ……」
「それ、今更じゃね?」
そう思うんだったら話さなきゃよかった。あとで後悔するかもしれないが、少なくとも今はどうこうしてやろうって頭悩ませずに済んだ。
遅いんだよ、気が付くのが!
「うっ……」
いかにも図星をつかれましたっていう声をあげやがる。イラッ☆
とか茶化してる場合じゃない。マジで。
「アリス嬢ははっきり言ってヤバい。すぐにでも保護した方がいい」
「どういうことだ?」
「自殺しまくると廃人になるぞ」
「!?」
帽子屋の顔色が一気に白くなった。ざっと音がしそうなくらい? あー、もう、笑えるわー(棒
「アリス嬢はさっさと見つける」
「あ、あぁ! そうだ、見つけないと……」
頭ん中が空回ってるのが横から見てもわかる。ばっかだな。意味ねぇって。
必要な情報は俺が聞かなきゃいけないらしい。
「お前らギルドホーム持ってないよな?」
「ない」
「じゃ、宿だな。わざわざ遠くに行く必要はないから……マシロの広場で死んだだったな?」
「あぁ、そうだ」
「お前ら最後に登録した神殿は?」
基本的に最後に行った神殿に復活させられるはずだが……色々な神殿回ったっていうから、もしかしたら知らないかもしれないからちゃんと聞いておく。
「わからない。私だけ少し用事があって、単独行動していたんだ。三月ならわかるかもしれないが……」
兎嬢は行方不明ット。
「じゃ、無理だな」
「あ……あぁ! でも直前までマシロでうろうろしていたと言っていたから……」
「ん。じゃぁ、復帰地点の神殿もマシロでとりあえず確定すっか。したら、値段はそこそこ高い所か、安宿だな」
「? なぜそこなんだ? 宿なら色々あるだろう?」
宿泊施設にもランクがある。ランクによってサービスの違いもある。もちろん高い方が安全性も高かったりするぜ?
でも、ここは……。
「ほとんどの奴らは自分の家とか持ってないと思うんだよな。基本的に不必要だし。だから宿に殺到すんだろ。何はともかく拠点は必要だし、個室に閉じこもりたい奴って多いと思う。で、アリス嬢の心情的には最高ランクにしたいだろうけど、懐具合から無理。だったらそこそこ高いとこが一番だな。でももしそこが取れなかった場合、真ん中へんか? けど、真ん中らへんには皆殺到すんだろ? そうなると、アリス嬢は死んで生き返るっていう分遠回りで出遅れてる。つまり、そこそこんとこが取れなかったら、生存競争負けたってことで最安。以上。なんか文句ある?」
「……アリマセン」
ふっ、論破してやったぜ。とかやってる場合じゃねぇんだよ!?
「よろしい。ならまずそこそこランクから探せ。初心者の街が怪しい。俺はアリス嬢探しながらハクも探すから。悪いけど」
「いや、手伝ってくれるだけ助かる。というよりも、本当、お前に会えてよかった。心から感謝するよ」
しみじみ言われた。だめだーこーゆーのむずがゆーい。しかもまだなんもしてねぇのにさぁー。アリス嬢、助けられないかもなのにサー。
「まぁだ何もできてねぇぞ。何ができるかどうかもまだわかってねぇのにさ」
「それでも……ありがとう。今度お礼させてくれ。私にできることなら何でもしよう」
「え、今なんでもって言ったよね?」
こういう時のお決まりの文句を言ってやる。
「はやまったか? 何かとんでもないものを請求されそうだ……」
空を仰いで乾いた笑いをもらすがもう遅い。
「言質はとったかんな」
「あぁ、了解だ」
そう言ってさっそく席を立とうとする帽子屋を引き留める。
「ちょいまち」
「なんだ?」
「俺まだアリス嬢とかの容姿聞いてないんだけど」
「あぁ……すまない」
「それと」
これ重要。テストに出るよー。
「お前寝ろ」
「ぇ」




