ティータイム
いつかの、真夜中に呼び出された『空中庭園・フュー』。そこに俺たちは来ていた。
誰もいない空中庭園。ここの近くには滝があって、それを見ながら憩いの一時を満喫するのに、今はただ寒々しいだけだ。
冷たいガラスっぽい席について、俺は凍える。心が冷える。空中だしね~標高高いんじゃねぇかな~とか心の中で嘯いて。
俺が噂を聞いたのも、確かここだった。あの時は昼時間だったけど、今はもうすっかり暗い。
「あの時みたいにお茶はいいのか、帽子屋?」
雰囲気が重くて、俺はわざと軽く茶化してやった。
あの時も帽子屋は、不思議の国のアリスの帽子屋を気取って紅茶を飲んでいた。味なんてしなかったのに飲んでいたあの時。今は味を感じることができるのに取り出そうともしない。
茶化したけどさ、そんな場合じゃないって意味だろうよ。失敗したなぁ。
「ふふっ、悪いね。紅茶があんなにおいしくないとは思っていなかったものでね。嗜好品と聞いていたから少し楽しみにしていたのに」
あぁ、よかった。すべんなくて。
帽子屋は軽く笑って俺の話に乗ってくれた。疲れた様子ではあったが、そこら辺にいるような腐りきった目をしていなくて本当によかった。
知り合いが淀んだ目をしていたら、俺もさすがに胸が痛いからな……。
「おいしくない?」
楽しみにしていたって言う言葉に少し違和感を感じたけど、今まで飲んでいなかったみたい? まぁ、飲まないでもすむしな。そういうもんかね。
てかそれより俺は味の方が気になる。あんなにって、相当まずいってことだろ? んー、再現できる味には限りがあるってことか?
「しぶくて、とても飲めたものじゃないね」
「それ、淹れ方が悪いんじゃね?」
色々深読みしたけど、しぶいって……ただ淹れすぎなだけじゃね……?
「ん? そうなのかい?」
「いや、わからねぇけど……」
バックの中身を確認する。ティーポットもカップもあるし、茶葉は……んー、いろいろ種類混ざってそうだけど、まいっか。
俺は手早くお茶の支度を始める。
まぁ? 俺はコーヒー党ですけど? 紅茶だってそれなりには飲むし、淹れるのもそこそこだと思いますよ?
無駄に広い俺のバックにはカセットコンロっていう、いつ使うんだって言う謎のものもありますし。水だってレア度そこそこのものもありますし。
おいしいって言わせるようなもん、淹れてやろうじゃない?
ってわけで、きっちりと時間も量って、カップも温めたりして、俺にできる限りの最高の紅茶を作ってやった。カップもいい奴だぜ(えっへん。
「どうぞ。砂糖とミルクはお好みで」
さすがにミルクピッチャーはなかったから、瓶入り牛乳で勘弁してもらおう。砂糖も瓶詰だけど仕方ないよな!!
ちなみに俺は牛乳をドバドバいれたミルクティー。砂糖もたっぷりな。紅茶は甘いのが好きだ。ロイヤルのが好きだけど、めんどくさいからなー……。
「ありがとう。いただきます」
「召し上がれ~」
帽子屋はもちろんストレート。ちゃんと一回香りを楽しんでから口に含んだ。
「……おいしい」
「あんがと」
「だが……やはりおいしいとは思えないな……」
一瞬驚いた後、ふんわり笑んだ帽子屋だったが、またすぐに表情を曇らす。
その顔が痛すぎて、俺は美味しくないってなんだーとか文句を言うこともできなかった。さすがにこれは茶化せない。
「味がなくとも、あの夜に、他の日にでも、皆と飲んだ紅茶の方がおいしいと感じられた」
そっと紅茶を置いた帽子屋に、俺は静かに問いかける。
「……なにがあった?」
帽子屋は悲しそうに目を伏せた。
「白兎は元からいなかった。クイーンもいない。チェシャ猫は行方知れず。けれど無事を知らせてきた。三月は逃げた。アリスは拒絶した」
〈帽子屋の茶会〉のメンバーは確か六人だった。☆白ラビ☆、ハートのQ、Cheshire Cat、三月ウサギ、アリス=りでる、そして帽子屋R。
話しから察するに、白ラビと女王様はあの時ログインしていなかったんだろう。んで、チェシャ猫はログインしてたけど、帽子屋とは会っていない。が、連絡は取れたから安心って?
問題は兎嬢とアリス嬢か。
きっとピエロが宣言したあの時あの場所で、帽子屋は兎嬢とアリス嬢の三人でいたんだ。チェシャ猫は別行動のまま、そのまま行方をくらました。
三月は逃げた。ってことだから……広場の封鎖が解けた後、帽子屋を振り切ってどこかへ行ってしまったのか。どこへ逃げると言うのかね。
アリス嬢は自殺したって言ってたし、封鎖されたというのが受け入れられなかったのか? それで死ねば戻れるって? よくある夢みたいに?
どっちも問題だけど、アリス嬢、自殺ループしてないだろうな……?
「バラバラになってしまった。私は、どうしたらいい? ギルドマスターだと言うのに、逃げるのも止められず、目の前で死んでしまうのをただ見ているだけだった」
さすがに自殺を生で見るのはトラウマか。生き返るってわかっていても、そりゃなぁ……。
一気に死って言うのが現実と似たような重さを得た。それについてなんていけねぇよな。
「アリス嬢、ちゃんと生き返ってるの? 何回も死んでたりしてない?」
「死んでしまった後、少しの間フレンドリストにOUTの文字が浮かんでいたが、今はちゃんとログインになっている。今まで三回OUTになったのを見たよ」
なるほどね。ゲームと同様ちゃんと生き返るし、それで逃げることは不可能だった。
それはちゃんと理解したとは思うんだけど、もしかしてって思いが消えないのかな?
痛くないとか言うのが救いか。帽子屋の言葉が本当ならば。
「で、俺にどうしてほしいわけ?」
それを話して、俺にどうしてほしいの? 俺に何ができるっつうの?
三月嬢も、アリス嬢も、俺には救えるとは思えない。だってそんなのゲームの封鎖が解かれないと救えない問題じゃんか。
「具体的に、俺にどうしろと?」
「……」
はっきりという俺は冷たい人間? でもさ、しょうがないじゃんか。
話をすれば楽になるってんなら、聞いてやるよ? 何かが欲しいなら、代わりに取りに行っても、手伝ってやってもいいよ。
でも、この問題は、どうしたらいいかなんて、俺にもわからねぇよ。
「……すまない」
「謝られてもねぇ」
「どうやら、私も相当まいっているようだ」
「そのようではあるな」
「すまない……」
ただ疲れたように肩を落とす帽子屋に、俺はため息をついて少し話題を変えてやる。
「……はぁ、お前さ」
「……?」
「どうしたいわけ? 皆一緒、に戻りたいわけ? だったらなんで自分でいかないの?」
あぁ、自分でも思ってたんだ。帽子屋は俺の言葉に過剰に反応した。肩を大きく震わせる。
「……怖いんだ。拒絶されるのが」
「そう」
「三月は、私に何がわかる、と怒鳴って、私の手を弾いた。あんなに負の感情をぶつけられたのは初めてだ。怖かった」
「そう」
「お嬢さんは泣いていた。怖いと言って泣いていた。戻りたいと言って泣いていた。そして死んだ。私は何もできなかった。無力な私が怖かった」
「そう」
俺はただ相槌を打つだけ。帽子屋の懺悔にも似た言葉を聞いていた。
「私は、二人を傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。お前なら強いから、できるだろう、助けてほしいと思ってしまったんだ。」
「買い被り」
その後にも続きそうだった言葉を短い言葉で遮る。
「そうか、そう……すまない」
はっとしたように俺を見て、また顔を伏せた。声が、肩が、震えている。
……こいつをどうしてくれようか。イライラするし、話は長くなりそうだけど、さすがにこの状態を無視るのは良心が……。
「詳しく……」
俺の絞り出した声に、あいつはゆるゆると顔をあげる。続く言葉がしみ込むにつれてその顔は、徐々にきりっとしまっていく。
「詳しくそん時の状況話せ。少しくらいは助言できるかもしれねぇし。嫌ならそれでいいけど」
「頼む。私は友達が少ないようでね。お前しか頼れなかったんだ」
「けっ、コミュ障が」
あぁ、なんだよ、なんだかなー! イラッとするのは最初に冷たい雰囲気装ったくせにこうやって何とかしてやろうとか思ってる俺のバカさ加減か、ただ単純に帽子屋のうだうだ加減か。どっちにしろ叫びまわりたいほど腹が立つ!!
「なんとでも。お前が少しでも協力してくれる気になったようで、私は嬉しい限りだよ」
そう言って笑む帽子屋に、さっきまでの悲壮感は見当たらない。
騙された!? 手のひらの上とか言うんじゃねぇよな!?
とかいって……
「むー」
……なんだかんだ、俺は頼られんのが嫌いじゃないんだよなぁ……。




