腹が立つほど怪しい雲行き
ギルマスから逃げて三日。アプデまであと三日。
あれからギルマスとは普通に接してる。基本仕事から逃げ回ってるのは変わんないけど、最終日は絶対にギルドにはいかないって決めてるから罪滅ぼしの先払いとして活動中。
引率だってそこそこやってます。レベあげ大会は終わっても、初心者には優しく精神がうちのギルドにはありますので。
書類整理もやってるぜ。てか基本書類仕事の方が得意だし。後は俺の手の届く範囲でギルマスのリアルのお仕事の手伝いをね。
でも今は……。
「リリア嬢、そんな怒んないでよ。俺だっていろいろ事情ってものがさー」
俺が仕事してたら、リリア嬢よりうまくやっちゃってたのかなー? 拗ねちゃって……だから、今はご機嫌取りの真っ最中……。
「その事情ってやらを詳しく話してみろっつぅの!! ってかどういう風の吹き回しだよ!? 突然仕事しだしてさぁ!!」
「いや、最終日はどうせ俺こここないから……」
「はぁ!? ばっかじゃないの!? 最終日こそギルドで集まるんでしょうが!!」
「それができないからー……」
「バカクロ!! もうホントサイテー!! 最低男!!」
「リ~リ~ア~嬢~……」
「うっさい黙れバカ!!」
あぁ、こういう女性にはひたすら下手に出るに限る……。機嫌なおしてくださいなー(泣。
あ、そうそう。ハクからもらったこのピアス、リリア嬢だけはべた褒めしてくれた。似合うって。ヤッタネ。他の奴らは気づかねぇのか、ノーコメ。
おかげで今まで仕事しなかった分としてとられそうになったけどね。あぶねぇあぶねぇ。
アプデまであと二日。
「んふふ」
「……」
「おやおや、無視かい? つれないねぇ」
お付の奴らが誰もいない帽子屋に街中でつかまった。
「なぁに? 俺ちょっと急いでんだけど……」
嫌そうに言っても帽子屋には通じない。
「いやいや。礼をね。噂は今では知らないものはいない」
「俺だけのせいじゃねぇよ。他にも口のかるぅい奴らがよ?」
「せい、という言い方は面白くないけれど、まぁ、楽しいことはその噂の主に期待するとしよう」
運営さんはその噂の主に恐怖を抱いていたりするけどな。
「んふふっ。楽しいことだよ。きっとね。私らは楽しみにしているんだ。とてもとても。ずっと前から」
「あっそ。なんでもいいけどさ」
「ねぇ、黒鷺」
「あ?」
「君は何が楽しいことだい? 何が起きるんだろうね。何を期待する?」
楽しいこと? 期待? そんなの……。
「ないよ。なんもしない。しても無駄。どーせ愉快犯の噂だろ? ただ広めただけで終わりだろうしな。期待するってんなら、なんか起こることかねぇ」
無駄に期待して裏切られるより……ってか、期待するような大事、起きたら運営涙目だろうしな。
俺もちょっと、楽しいのはいいけど、面倒事は勘弁だなぁ。怠惰にだらだら日常を過ごす方がいいぜ。
まぁ、そこそこ楽しいことがあったらいいよな。退屈も勘弁だわ。
「ふぅん。君の世界はつまらないね」
「俺の世界に色はないよ」
帽子屋らしい返しをしてみる。
俺の苦手なあいつは少しきょとんとして、その後クスリと笑った。
「私の世界は、今はモノクロに近い。けれど、もうすぐ色がつきそうだ。味もね。あぁ、帽子屋が恋しい紅茶の味はどんなだろう! それを夢見るだけで私の世界は輝くよ」
「あっそ」
正直どうでもいい。帽子屋のイカレタお話に付き合う余裕は今はないんだよねー。
「君の世界にも色がつくといいねぇ」
「……」
元はあったさ……。
「でももうどうでもいい」
「そうかい? それはとても悲しいねぇ」
「うざってぇ」
「で、どこ行くんだい?」
「急に話かえんな」
「狼クンのところかい?」
「ちーがーいーまーすー」
「なんだ。それは残念だ」
そういって俺の後ろにくっついてくる帽子屋。
……。
「ついてこようとすんじゃねぇぇええ!!」
こいつは全くメンドくせぇ。
もう今日が終われば十周年。次の午前零時が噂の何かが起きる時間。
だが、アプデのために一時的にゲームは封鎖される、いわゆるメンテナンスだな。それは元々二時くらいにやる予定だった。
噂をぶち壊しにするため、深夜零時にしようという話が運営でいったんは持ち上がったようだけど、ブーイングの量が予想できなかったために見送り。
つまり実際のアップデートは午前二時。噂の時間にアップデートのためのメンテナンスは入らない。つまりつまりぃ、運営側で噂をぶち壊しにはできなかったみたいだな。
今日はちょうど午前零時が夜時間になるように設定されてる。タイミング的にちょうどよさそうな十時から夜時間にするために、朝時間と夕時間は一時間ほど短縮されるそうだ。
俺は少し迷ったけど朝時間で一時間過ごして、そのまま五時間居座るつもり。そんでまた午前零時の一時間前くらいには入る予定。
「楽しみ楽しみ」
時間を計算してゲームにダイブして、遊びまくる。
正確にはソロオンリーの森の中でただただ敵を狩るだけという簡単なお仕事。
『梟の真暗森』。昼でも薄暗いこの森は不気味で、癖のあるモンスターしか出ないと不評で、しかもその奥深くとなると本当に人がいない。いつもいないけど今日は特にいない。
今日はみぃんなパーティとかギルドとかで大規模戦とかしてんだろうなぁ。ここはアイテムもしょっぱいから、人気なし。
昼時間から夕時間に変わったのはすぐだった。
俺は気にせず敵を狩る。無心で狩る。
梟系のモンスターが空から来る。山猫っぽい敵が跳びかかる。ネズミの化け物が足に群れてくる。
全部邪魔。さっさと死んで。そんで俺の経験値になって?
今日は俺の憂さ晴らし込みでレベあげ。ゲームじゃなかったら辺りは死屍累々だわ。怖いねぇ。
目の前の敵だけに集中して、けれど背後にも気は抜かずに、俺の愛杖をふるう。
なんも考えなくていい。ってか、集中しすぎで、頭空っぽになって、ただ体を動かすのが楽しかった。
どこかではお皿を割ってストレス発散! とか言うのがあるらしいけど、似たようなもんかね? 梟とか山猫とか引き裂いて……なんて、ちょっとおかしいか。動物愛護団体に訴えられそうだな。字面だけだと。
とかへんなことを時々考えては忘れて、繰り返して、突然気が付く。
「え?」
辺りはもう真っ暗だった。つまりは夜。
近くにいた敵を振り払って走る。いろいろ気になることはあるけれど、とりあえず敵に囲まれて死に戻りたくはない。いろいろペナルティがあるし。
だから走って、敵をまきながらステータス画面を表示する。
ステータス画面にはいろんなメニューも、掲示板への行き先なども表示される。もちろん時計も。
「え、なんで?」
時計はまだ夕方時間のはずだった。というか、夕方時間になってまだ二時間しかたっていない。今日でも五時間はあるはずなのに……。
バグ? どうしようか。いったん戻る? ここじゃ情報収集はできないけど、街に行けば多少は何かわかるかもしれない。
んー、でも時間が早まっただけでなんか問題あるか?
運営からの連絡はなし。だとすると計画されていたことではないだろう。やっぱり不具合? 危険はあんのか?
「ん~」
まぁ、大丈夫でしょ。てか、あと二時間もしたらゲーム滞在五時間になる。ゲーム機本体の安全装置で強制終了させられるし……。
時間は無駄にしたくないので、俺はそのままゲーム続行することにした。
「ちっ」
多めに持ってきたと思っていた体力回復薬が底をついた。
「……?」
よくよく考えればたくさん持ってきたんだぜ? さっきだって確認した。まだ半分くらい残ってたはずだ。
三時間で半分使って、二時間で残りを使い切る? おかしくねぇ? そんなに攻撃くらってたか? いんや。ペース的にはそんな変わらんはず……むしろ少ないと思うんだが。
「どわっ!?」
山猫っぽいモンスターが俺に跳びかかってきた。慌てて回避行動をとる。
目の前を鋭い爪が通り過ぎた。
あぶねぇ! 目抉られるところだった……。そういうエフェクトは出ないはずだけど、気持ちのいいもんじゃないし。視界関係のバッドステータスは、囲まれている状態では避けたい。
やっぱ戦闘中に気を取られちゃだめだよな! 山猫さんがお怒りでござる!!
逃げ切るぶんくらいの体力はあるから……ごり押しで抜けよう。
絶対何かがおかしい。時計を今すぐ確認したいけど、後で全部まとめて確認することに決めて出入り口までダッシュ。
このエリアは帰還呪文が使えない。“帰還呪文”や『転移結晶』などは一瞬で町や自分の家、設定や記録によっては特定の地点までいけるものだ。それが規制されてる区域は結構あるけど、出ればすぐに使えるから問題なし。
体力がかなり削られたけど、ギリギリもった。
俺は『魔術師』だからね。特別な帰還呪文もあるわけですよ。行ったことがある場所なら設定せずとも、その場で転移先を決められたりするのだよ……。その分一日の使用制限があるわけだけど。
「“転移呪文・行き先・ミライト・エレキ広場東入口”」
視界がぶれて、光が舞って、その一瞬後にはミライトについていた。
「っ?」
エレキ広場はいつもは誰もいない。過疎ってるって感じだから。
でも今は? 人がゴミのy……やめよう。でもほんと、ごみごみしてる。
「何事……?」
たくさんの人が喚いて、怒って、不安そうに話している。
情報交換だろう。人はそうやって集まっていろいろ自分の必要なものをそろえるんだから。
ってことは……何かあった? 俺の知ってるよりもすごい何か?
俺は時計を確認することから始めた。
時間は十時。もう予定でも夜時間になっている。
……やっぱり五時間は過ぎてる。安全装置は機能していないってこと? おかしい。
時計をにらみつつそう考えていたら、不自然な点に気が付く。
「動いてなくね?」
いつもは点滅して一秒の感覚を教えてくれる、時と分の間の点が固まったまま動いていない。あ、二十四時間表示のデジタル時計ね。
つまり22:00で固まっている。
「ちっ」
思わず舌打ちを撃つ。あぁ、腹立つなぁ。
自分の手の届かないところで何かが起きて、それに何も関係なく巻き込まれるのは腹が立つ。自分の力じゃどうにもできないってことにむかつくのかな。
なんでもいいや。とりあえず情報収集したい。
だからいろんな人に聞くため、ボイスチャットを開こうと思ったけど、開かない。混みあってる、っていうわけじゃなさそうだ。
つながらない。なんで? あぁ、いらいらする!
そういえばいつもならギルマスが仕事しろってメールもチャットもしてきてうるさいはずなのに、それもなかった。チャットはリアルタイム対応しかできないけど、メールならいつでも読めるからってとりあえず送りつけることも多いのに。
それに気が付かなかったのにも腹が立つ。
広場から離れてギルドホームに走る。
「ギルマスいるぅ!!??」
エントランスで叫ぶ。いつも一階には誰もいないことが多いのに、今日に限って人だかり。
なんだよなんだよ、今日ばっか。よりにもよって、今日ばっか!!
もしかして? 認めたくねぇけど、もしかして? 噂の正体って、ゲーム世界ふうs……?
「クロちゃん!!」
嫌な予想をすべて形にし終える前に、甲高い声が俺の思考を霧散させた。
リリア嬢が急いで駆け寄ってくる。いつもは勝気なのに、今は少し不安そうに視線をさまよわせていた。
「ギルマスは? 何があったんだ?」
焦らないように、少しゆっくり気味にリリア嬢に尋ねる。
「わかんない! チャット繋がんないし、時間もおかしいし、時計も止まっちゃったし……!! ギルマスまでどっか行っちゃって!!」
あぁ、自分より焦ってる人を見ると逆に落ち着く法則。
大丈夫。まだ考えられる。
「わかってんのはそれだけ?」
リリア嬢が話した情報は、すぐにわかることだった。俺も知ってる。もう少し情報が欲しい。
「人によってはログアウトボタンもなくなってるとか……」
「!?」
ログアウトボタンがなくなる!?
急いで確認。
「……」
「クロちゃん……?」
「お前は、ある?」
「ある。無いって言ってるのは本当一部で……だからこういう時に不安煽って、騒ぐ馬鹿の話だろうから気にするなってギルマスが……」
「そっか……」
「もしかしてクロちゃん……?」
「あー、うん。ログアウトできないみたい」
いつもある場所にログアウトボタンの姿はなかった。
ちょっと、ログアウトできないなんてどこの小説? 恐れていたことが本当になりそうだねぇ……。
あぁ、もう、ホント、腹立たしい。腹が立ちすぎて笑っちゃいたくなるほど怪しい雲行きじゃぁないかよ……クソッ。




