1-5 「小さなSOS」
第五話
イルカショーが始まるまで、まだ三十分ほどあった。
二人はテラス席でソフトクリームを食べていた。
海が見える。
風が気持ちいい。
「一口ちょうだい。」
結が言う。
「さっきクリームパン食べてただろ。」
「甘いものは別腹。」
「それ、便利な言葉だな。」
結は笑いながら、湊のソフトクリームを一口だけ食べた。
「やっぱりこっちの方がおいしい。」
「最初から同じの頼めばよかったじゃん。」
「半分もらう方がおいしいの。」
「意味分からん。」
「分からなくていいの。」
二人で笑う。
その笑い声が風に流れていく。
少しして。
結が海を眺めたまま口を開いた。
「ねぇ。」
「うん?」
「もしさ。」
「私たちに子どもができたら。」
湊は少し驚いた。
「急だな。」
「ちょっと想像しただけ。」
「男の子がいい?」
「女の子がいい?」
「うーん。」
湊は少し考える。
「どっちでもいいかな。」
「健康なら。」
「湊らしい。」
「結は?」
「私はね。」
結は少し笑った。
「どっちでもいい。」
「でも。」
「ちゃんと家族でご飯を食べたい。」
「毎日じゃなくてもいい。」
「一週間に一回でも。」
「みんなで『いただきます』って言える家がいいな。」
湊は頷いた。
「いいね。」
そう答えた。
結も笑った。
でも。
少しだけ寂しそうだった。
「……ちゃんと聞いてた?」
結が聞く。
「聞いてたよ。」
「じゃあ。」
「私、何て言った?」
「え?」
湊は言葉に詰まる。
子どもの話だった。
家族の話だった。
そこまでは覚えている。
でも。
最後に何と言ったのか。
思い出せなかった。
「あ……。」
結はすぐ笑った。
「ごめんごめん。」
「意地悪だった。」
「気にしないで。」
「いや、本当に聞いてたんだけど。」
「うん。」
「分かってる。」
結はそう言って、最後の一口を食べた。
「ちゃんと聞いてるのと。」
ソフトクリームを見つめたまま、小さく呟く。
「ちゃんと届くのって。」
「少し違うんだね。」
「え?」
「ううん。」
結は首を横に振った。
「なんでもない。」
そう言って笑った。
湊も笑い返した。
その時は、本当に何でもない会話だと思っていた。
でも。
今思えば。
あれが結からの、小さなSOSだったのかもしれない。




