5-5 「答えのない問い」
第五話
アルバムを閉じる。
部屋は静まり返っていた。
写真の中では、幼い自分が笑っている。
その少し後ろ。
木陰から、こちらを見つめる母。
運動会。
授業参観。
卒業式。
気付かなかっただけで。
母は、ずっとそこにいた。
湊はアルバムを抱きしめる。
「ありがとう……。」
涙は、不思議ともう流れなかった。
悲しいわけではない。
胸の奥にあった、何かが静かにほどけていく。
その時だった。
部屋の空気が、ふっと止まる。
時計の針が動く音も。
窓の外の風も。
すべてが遠ざかっていく。
静寂。
そして、突然あの声が聞こえた。
『一つ、聞こう。』
湊は目を閉じる。驚かない。
『君は、ずっと答えを探しているように見えた。』
『生きる意味を。』
『人生の価値を。』
短い沈黙。
『見つかったか。』
湊はすぐには答えなかった。
結と過ごした日々。
別れの日。
母との再会。
父。
美咲。
友達。
仕事で出会った人たち。
一人ひとりの顔が浮かび、静かに消えていく。
「……まだ分からない。」
その言葉に、声は否定もしない。
肯定もしない。
ただ、次の問いを投げた。
『もし。』
『この世界が誰かの創ったものだったら。』
『君の人生に意味はあるのか。』
湊はアルバムを見つめる。
小さく写った母。
誰にも気付かれない場所で、自分を見守っていた姿。
結からの手紙。
最後まで自分と向き合おうとしてくれた文字。
ゆっくり息を吸う。
「ある。」
『なぜ。』
「母さんが俺を想ってくれた時間は、本物だった。」
「結が俺と向き合ってくれた時間も、本物だった。」
「もし、この世界が誰かの作ったものだったとしても。」
「誰かを大切に思った気持ちまで、偽物にはならない。」
静寂が訪れる。
長い、長い沈黙。
やがて声は、小さく言った。
『そうか。』
それだけだった。
声の主はわからない。
答えも与えてくれない。
静けさだけが部屋へ戻ってくる。
時計の針が、再び時を刻み始めた。
カチ。
カチ。
カチ。
湊は立ち上がる。
アルバムを棚へ戻そうとして、少し考える。
そして引き出しを開ける。
そこには、結からの手紙が入っていた。
手紙とアルバムを並べて、そっとしまう。
どちらも、自分の人生だった。
湊は窓を開ける。
春の風が部屋へ吹き込む。
空を見上げる。
「ありがとう。」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
それでも、その一言だけで十分だった。
湊は静かに部屋を後にした。




