5-2 「時間」
第二話
病室には、規則正しい電子音だけが響いていた。
窓の外は、少しずつ夕焼けに染まり始めている。
湊は母のベッドの横に腰を下ろした。
『美咲は?』
『売店。』
『お兄ちゃんと二人で話してきなって。』
母は少し照れくさそうに笑う。
『あの子、昔から空気読むの上手だったから。』
『そうだな。』
湊も笑った。
少しだけ、昔の親子に戻れた気がした。
沈黙が流れる。
その静けさを破ったのは母だった。
『ねえ、湊。』
『うん。』
『謝りたいことがあるの。』
湊はゆっくり顔を上げる。
『離婚した時ね。』
『お母さん、自分のことで精一杯だった。』
『あなたを置いて家を出るしかないって、自分に言い聞かせてた。』
『……。』
『でも、本当は違った。』
『どんな理由があっても、あなたは寂しかったよね。』
湊は目を伏せた。
幼い頃の景色が浮かぶ。
父と二人で食べた夕飯。
運動会。
授業参観。
母はいなかった。
会おうと思えば会えた。
でも、会うたびに別れが来る。
その繰り返しが怖くて、
いつしか自分から連絡を取らなくなった。
『俺も悪かった。』
やっと言葉が出る。
『母さんが嫌いだったわけじゃない。』
『会いたくなかったわけでもない。』
『でも、どう接したらいいか分からなかった。』
『だから仕事を理由にして逃げた。』
母は静かに頷く。
『うん。』
『分かってた。』
『だから無理に来てとは言えなかった。』
二人とも笑った。
どこか寂しく、
どこか安心した笑顔だった。
しばらくして母が言う。
『でもね。』
『あなたが送ってくれた仕送り。』
『本当に助かった。』
湊は照れくさそうに笑う。
『それくらいしかできなかったから。』
母は首を横に振る。
『違うの。』
『ちゃんと愛されてるって思えた。』
その一言に、湊は驚いたように顔を上げる。
『でもね。』
母は優しく微笑んだ。
『お金より。』
『一時間でもいいから、一緒にお茶を飲んだり。』
『他愛ない話をしたり。』
『そういう時間が、一番嬉しかった。』
病室に沈黙が落ちる。
湊は母の細くなった手をそっと握った。
『……ごめん。』
母はゆっくりと首を振る。
『どうして謝るの。』
『今日、来てくれたでしょう。』
『それだけで十分。』
二人で少しだけ笑う。
沈黙が流れる。
その沈黙は、不思議と居心地がよかった。




