5-1 「会いに行く」
第一話
スマートフォンを握る手に力が入る。
『今すぐ来て。』
妹の声が、何度も頭の中で繰り返される。
湊は玄関へ駆け出した。
エレベーターを待つ時間さえ惜しい。
階段を駆け下りる。
夜の風が頬を打った。
タクシーを止める。
『○○総合病院までお願いします。』
車が走り出す。
窓の外では、街の明かりが流れていく。
その景色を見ながら、湊はスマートフォンを開いた。
着信履歴。
母。
一時間前。
『……母さん。』
何を話そうとしていたんだろう。
もっと早く手紙を読んでいれば。
もっと早く電話に気付いていれば。
そんな考えが頭をよぎる。
その時だった。
結の文字が浮かぶ。
『後悔したまま終わらないで。』
湊は目を閉じる。
『……そうだ。』
過去は変えられない。
でも、今ならまだ間に合う。
窓に映る自分を見つめ、小さく呟いた。
『ちゃんと向き合おう。』
⸻
病院の自動ドアが開く。
消毒液の匂い。
静かな待合室。
受付の前で辺りを見回すと、一人の女性が立ち上がった。
『お兄ちゃん。』
妹だった。
目元は赤く腫れている。
湊は駆け寄る。
『母さんは。』
妹は病室の方を見る。
『今は落ち着いてる。』
『でも先生が……いつ急変してもおかしくないって。』
湊は黙って頷く。
妹は少しだけ笑った。
『来てくれてよかった。』
その一言に、胸が締めつけられる。
『お母さんね。』
『さっきまで、お兄ちゃんは仕事だから仕方ないって笑ってた。』
湊は何も言えなかった。
妹は病室の扉へ歩く。
ノブに手を掛けると、一度振り返った。
『私、少し席を外すね。』
『お兄ちゃんと二人で話してきて。』
静かに扉が開く。
ベッドの上で、母がゆっくりとこちらを向いた。
目が合う。
少し驚いたような顔をして、
すぐに優しく笑った。
『来てくれたんだね。』
湊は一歩、また一歩と近づく。
言いたいことはたくさんあった。
謝りたいことも。
伝えたいことも。
それなのに、最初に口から出たのは一言だけだった。
『……ごめん。』
母は首を横に振る。
『いいの。』
『来てくれたでしょう。』
その言葉だけで、
湊の中に張りつめていた何かが、少しだけほどけた。




