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『デジャブの先で、君にもう一度』  作者: Toi
第一章 喪失
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1-3 夢の続き

第三話


休日の水族館は思ったより混んでいた。


家族連れ。


制服姿の高校生。


手を繋いで歩く恋人たち。


その間を縫うように歩きながら、結は急に立ち止まった。


「見て。」


大きな水槽の向こうで、一匹のマンボウがのんびりと泳いでいる。


「マンボウって、ぼーっとしてるように見えるよね。」


「実際もそうなんじゃない?」


「失礼だなぁ。」


結は笑いながら、水槽に顔を近づけた。


「でもね。」


「うん?」


「この子、毎日ここで泳いでるんだよね。」


「たぶん。」


「それでも、お客さんは毎日違う人が来る。」


湊は首を傾げる。


「だから?」


結はガラス越しにマンボウを見つめたまま、小さく笑った。


「同じ毎日でも、誰かにとっては特別な一日なんだなって。」


湊は少し考えてから答えた。


「結らしいな。」


「褒めてる?」


「褒めてる。」


結は満足そうに頷いた。


少し歩くと、クラゲの水槽が見えてきた。


暗い部屋の中で、青白い光に照らされたクラゲがゆっくりと漂っている。


「私ね。」


結がぽつりと言った。


「小さい頃、水族館で働くのが夢だった。」


「そうなの?」


「うん。」


「初めて聞いた。」


「話したことなかったもん。」


結は笑う。


「叶わなかったけどね。」


「なんで諦めたんだ?」


「諦めたっていうより……。」


少しだけ考えてから、照れくさそうに言った。


「保育士になりたいって思う人に出会ったから。」


「先生?」


「ううん。」


結は首を横に振る。


「幼稚園の先生。」


「毎日楽しそうで。」


「この人みたいになりたいって思ったの。」


「だから今がある。」


湊は結の横顔を見る。


本当に楽しそうだった。


夢が変わったことを、少しも後悔していない顔だった。


「でもね。」


結が続ける。


「今でも水族館は好き。」


「なんか安心する。」


「夢の続きを少しだけ歩いてる気がするから。」


湊は笑った。


「じゃあ、また来よう。」


「来年も。」


「再来年も。」


「おじいちゃん、おばあちゃんになっても。」


結は少し驚いたように目を丸くした。


そして、ふっと笑う。


右目だけ少し細くなる。


「約束?」


「ああ。」


「約束。」


結は小さく「よかった」と呟いた。


その声は、人混みのざわめきに溶けるくらい小さかった。


だから湊は、聞き返すこともしなかった。


あの時、もう少しだけ立ち止まっていたら。


あの「よかった」の意味を、聞いていたら。


未来は、少しだけ違っていたのかもしれない。

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