4-5 「話したかったこと」
第五話
『五年目の記念日から少し経った頃。』
『久しぶりに映画を観に行こうって約束した日、覚えてる?』
湊はゆっくりと息を止めた。
もちろん覚えている。
休日に映画館へ行くなんて久しぶりで、
二人とも少し楽しみにしていた日だった。
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あの日ね。
本当は映画が目的じゃなかったの。
映画を観たあと、
ゆっくり話したいことがありました。
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喧嘩がしたかったわけじゃないよ。
湊を責めたかったわけでもない。
ただ、
『最近、ちゃんと話せてないね。』
って。
『少しだけ二人の時間を作れたら嬉しいな。』
って。
それだけを伝えたかった。
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最近の湊は、
本当に忙しそうだった。
帰ってくる頃には疲れ切っていて、
休日も仕事の電話が鳴って。
それでも私は、
『頑張ってるんだな。』
って思っていました。
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だから、
我慢しようって思ってた。
『仕事だから仕方ない。』
『もう少し落ち着いたら。』
って。
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でもね。
あの日だけは、
少し勇気を出してみようと思ったの。
『ちゃんと向き合おう。』
って。
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家を出る準備をしていた頃。
湊から電話が鳴りました。
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『ごめん。今日どうしても外せない仕事が入った。』
『今日は本当にごめん。楽しみにしてたのに。』
『映画館の予約もキャンセルしておいたから。』
『また予定合わせて行こう。』
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『うん。』
『分かった。仕事頑張ってね。』
そう答えて電話を切りました。
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怒ってはいませんでした。
本当に。
嘘じゃないよ。
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湊は仕事に一生懸命だった。
私は、
そんな湊が好きだったから。
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ソファに座って、
少しだけぼーっとしていました。
テレビもつけないまま、
時計の針だけを眺めていました。
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『また今度話そう。』
そう思いました。
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でも。
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私が話そうとしていた『また今度』は、
少しずつ、
遠くなっていきました。
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湊は優しい人です。
私のことを大切にしてくれていることも、
ちゃんと伝わっていました。
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だから、
『寂しい。』
『もっと一緒にいてほしい。』
そんなことを言ったら、
困らせてしまう気がして。
私も少しずつ、
自分の気持ちをしまうのが上手になっていました。
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そして、
初めて思ったんです。
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『私たち、ちゃんと向き合える日は来るのかな。』
便箋を持つ湊の手が震えた。
あの日。
電話を切ったあとも、
「次がある。」
そう信じていた。
映画はまた観られる。
食事もまた行ける。
時間は、また作れる。
そう思っていた。
でも。
結が会いたかったのは、
映画じゃなかった。
話したかったのは、
映画の感想でもなかった。
ただ、
二人の"今の時間"だった。
そのことに、
湊は今になって初めて気づいた。
震える指で、
次の便箋をめくった。




