4-1 「覚悟」
第一話
月曜日。
仕事は、いつも通り始まった。
朝礼。
メールの確認。
部下からの相談。
会議。
気付けば昼になり、気付けば夕方になっていた。
忙しかった。
でも、不思議と充実感はなかった。
仕事をしている間も、頭の片隅には昨日見た写真が残っていた。
水族館。
旅行。
桜。
結の笑顔。
何度も追い払おうとした。
それでも、忘れられなかった。
⸻
帰宅する。
部屋は静かだった。
スーツを脱ぎ、ネクタイを外す。
冷蔵庫から水を取り出し、一口飲む。
何をするでもなく、押し入れの前まで歩いた。
昨日閉じた箱。
ゆっくり蓋を開ける。
アルバム。
映画の半券。
旅行先で買ったキーホルダー。
そして、一番上に置かれた白い封筒。
『湊へ』
その文字を見つめる。
昨日と同じ。
手を伸ばす。
指先が震える。
封筒を持ち上げる。
軽い。
たった数枚の紙しか入っていないはずなのに、
どうしてこんなに重く感じるのだろう。
「……。」
喉が渇く。
心臓が速くなる。
怖い。
もし。
自分を責める言葉が書いてあったら。
もし。
「もう忘れて。」
そう書かれていたら。
もし。
最後まで、自分の知らない結がいたら。
読むことで、
本当に終わってしまう気がした。
湊は目を閉じる。
深く息を吸う。
そして。
静かに封筒を元の場所へ戻した。
「まだ……読めない。」
その一言だけが、部屋に残る。
⸻
スマートフォンが震えた。
画面には、母の名前。
昨日までなら。
きっと「あとで掛け直そう」と思っていた。
でも今日は違う。
湊は迷わず通話ボタンを押した。
「もしもし。」
『あ、湊?』
いつもの母の声だった。
「どうした?」
『仕事終わった?』
「うん。」
『よかった。』
それだけだった。
何か用事があったわけじゃない。
話したかった。
ただ、それだけだった。
『昨日ね。』
「うん。」
『カレー作ったの。』
思わず笑う。
「偶然。俺も作った。」
『そうなの?』
『また作りすぎちゃった。』
「昔から変わらないね。」
『そう?』
二人で笑う。
しばらく他愛もない話を続ける。
その時間が、どこか懐かしかった。
電話を切る前。
母が静かに言った。
『今度、帰っておいで。』
湊は少しだけ黙る。
昨日までなら。
『落ち着いたらね。』
そう答えていた。
でも今日は違う。
「来週の日曜日。」
「帰るよ。」
電話の向こうが静かになる。
『……約束?』
「約束。」
『じゃあ、カレー作って待ってる。』
「甘口も?」
『もちろん。』
「中辛も忘れないで。」
母が笑う。
『分かった。』
電話が切れる。
湊はスマートフォンを机へ置いた。
その隣には、
まだ開かれていない白い封筒があった。
母とは約束できた。
でも。
結とは、まだ向き合えていない。
湊は封筒を見つめる。
「もう少しだけ。」
誰に言うでもなく呟く。
その言葉は、
結ではなく、
弱い自分へ向けた言葉だった。




