3-7 「当たり前だった日常」
第七話
日曜日。
昼過ぎに目が覚めた。
何をするでもなく、ソファで時間だけが過ぎていく。
夕方になり、ようやく立ち上がった。
「……何か作るか。」
冷蔵庫を開ける。
昨日買った野菜が並んでいる。
玉ねぎ。
じゃがいも。
人参。
そして、中辛のカレー。
「久しぶりだな。」
独り言が漏れた。
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玉ねぎを切る。
じゃがいもの皮をむく。
鍋に具材を入れる。
炒める。
水を注ぐ。
煮込む。
どれも体が覚えていた。
包丁を動かしながら、ふと笑う。
「結。」
『玉ねぎ、また大きい。』
『気のせい。』
『絶対気のせいじゃない。』
『大きい方が食べ応えあるだろ。』
『私は小さい方が好き。』
そんなやり取りをしながら、一緒に料理をしていた。
気が付けば、玉ねぎは昔より小さく切っていた。
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鍋が煮える。
ルーを割る。
中辛だけを入れる。
スプーンでゆっくり混ぜる。
手が止まる。
いつもなら。
ここで甘口を半分入れていた。
「……。」
鍋の中を見つめる。
昨日、棚へ戻した甘口を思い出す。
そのまま蓋を閉めた。
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皿を取り出す。
一枚。
ご飯をよそう。
カレーをかける。
テーブルへ運ぶ。
椅子に座る。
静かだった。
テレビはついている。
でも、何を話しているのか頭に入らない。
「いただきます。」
小さく手を合わせる。
返事はない。
前は。
『いただきます。』
と結が笑っていた。
スプーンを口へ運ぶ。
「……。」
美味しい。
ちゃんと、美味しい。
でも。
もう一口食べる。
やっぱり、美味しい。
それなのに。
何かが足りなかった。
「そういえば。」
ふと呟く。
「いつも、『辛い』って言ってたな。」
思い出して、小さく笑う。
『だから言ったじゃん。』
『甘口も入れようって。』
『これくらいが美味しい。』
『湊だけだよ。』
そんな声が聞こえてきそうだった。
気付けば、向かいの椅子を見ていた。
誰もいない。
湊はゆっくりとスプーンを置いた。
「ごちそうさま。」
静かな部屋に、その声だけが響く。
返事はなかった。
その瞬間。
胸の奥で何かが崩れた。
「……。」
涙が、一滴だけ皿へ落ちた。
湊は顔を覆った。
別れた日よりも。
今日の方が苦しかった。
毎日交わしていた言葉。
何気ない会話。
向かいに誰かがいること。
それが、どれほど幸せだったのか。
失って初めて気付いた。
⸻
食器を洗い終えたあと。
湊はノートを開いた。
ペンを持つ。
昨日と同じように、言葉が浮かばない。
何度も書こうとして、止まる。
結局、何も書けなかった。
静かにノートを閉じる。
今日は、言葉にしない。
まだ、この気持ちは言葉よりも大きかった。




